第十六話 眼鏡の奥
リゼリアが十歳。
ノアが十二歳になった頃。
二人は以前より自然に笑い合えるようになっていた。
そんなある日。
「ノア様、今日は図書室へ行きませんか?」
「はい」
レイヴェルト公爵家の図書室は、王都でも有数の蔵書数を誇る。
天井まで届く本棚。
古い紙の香り。
リゼリアの好きな場所の一つだった。
◇ ◇ ◇
「これ、おすすめです」
ノアが一冊の本を差し出す。
「ありがとうございます」
リゼリアが受け取ろうとした、その時だった。
ごつん。
「あっ」
二人の手がぶつかった拍子に、本が床へ落ちる。
同時に身をかがめる。
「ごめんなさい!」
「いえ、私こそ――」
ガツン。
今度は額同士がぶつかった。
「いたっ」
「す、すみません!」
慌てたノアが立ち上がろうとして――
カタン。
眼鏡が床へ落ちた。
「あっ!」
ノアは珍しく焦った声を上げる。
ころころ、と転がる眼鏡。
リゼリアは反射的に拾い上げた。
「はい、ノア――」
そこで言葉が止まる。
眼鏡のないノアと、目が合った。
「……え」
息を呑む。
整った眉。
長い睫毛。
宝石のように澄んだ瞳。
眼鏡がないだけで、まるで別人のようだった。
いつもは前髪に隠れていた顔立ちがはっきり見える。
こんなに綺麗な人だったの?
思わず見惚れてしまう。
「リゼリア様?」
ノアが困ったように首を傾げる。
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌てて眼鏡を差し出す。
ノアは急いで受け取ると、すぐに掛け直した。
「ありがとうございます」
「……」
「リゼリア様?」
「ノア様って」
ぽつりと呟く。
「とても、お綺麗なお顔をされているんですね」
「…………え?」
ノアは固まった。
「その……眼鏡がない方が、お顔がよく見えて」
みるみる耳まで赤くなる。
「ぼ、僕なんて……!」
「そんなことありません」
リゼリアは素直に言った。
「本当に綺麗でした」
「……」
ノアは何も言わない。
ただ、俯いたまま。
「ノア様?」
「その……」
小さく咳払いをしてから。
「リゼリア様に、そう言っていただけて……嬉しいです」
照れ笑いを浮かべる。
その笑顔を見て。
リゼリアも自然と笑っていた。
眼鏡があっても。
なくても。
やっぱりノアはノアだ。
優しくて。
少し気弱で。
照れ屋な婚約者。
その日からリゼリアは、ときどき思うようになった。
眼鏡のないノアも、もう一度見てみたい――と。




