第十五話 初めての嫉妬
季節は秋。
リゼリアは九歳、ノアは十一歳。
この日、二人は王都で開かれる子ども向けの交流会へ招待されていた。
同年代の貴族子息や令嬢が親睦を深める、小さなお茶会だ。
「リゼリア様、緊張していますか?」
馬車の中でノアが尋ねる。
「少しだけ」
本当は違う。
緊張ではない。
大勢の貴族が集まる場所は、過去の記憶が蘇りそうで苦手だった。
それでも今日は、ノアがいる。
それだけで安心できた。
◇ ◇ ◇
「リゼリア様!」
会場へ入ると、数人の令嬢が声を掛けてきた。
「こんにちは」
笑顔で挨拶を返す。
その隣では、ノアが少し後ろに下がっていた。
人が多い場所は苦手なのだ。
「エヴァンローズ嬢、その方が婚約者のノア様?」
「ええ」
「素敵な方ですね」
ノアは慌てて頭を下げる。
「は、初めまして……」
その様子に令嬢たちは微笑み、リゼリアはどこか誇らしい気持ちになった。
その時だった。
「リゼリア」
聞き慣れた声。
振り返ると、幼い頃から交流のある侯爵家の嫡男、エリオットが立っていた。
「お久しぶりです、エリオット様」
「最近なかなか会えないね」
エリオットは気さくに笑う。
「婚約してからは、ずっとノア殿と一緒だと聞いたよ」
「ええ」
「今度また一緒に乗馬でもどう?」
リゼリアが返事をしようとした、その時。
「……」
隣を見ると、ノアが黙っていた。
眼鏡の奥の瞳が、少しだけ伏せられている。
「あ、ノア様?」
「……すみません」
小さく笑う。
「僕、少し飲み物をいただいてきます」
そう言って、一人で離れていってしまった。
◇ ◇ ◇
交流会が終わる頃。
リゼリアは庭園でノアを見つけた。
「ノア様」
「……リゼリア様」
「どうしたんですか?」
「何でもありません」
「嘘です」
リゼリアはノアの前に立つ。
「いつもと違います」
ノアは困ったように笑った。
少しだけ沈黙して。
観念したように口を開く。
「……あの方と、とても仲が良さそうだったので」
「エリオット様ですか?」
「はい」
ノアは視線を落とした。
「昔からのお知り合いなんですよね」
「そうですが……」
「楽しそうに笑っていたので」
その言葉で、リゼリアはようやく気づいた。
「もしかして」
思わず笑みがこぼれる。
「嫉妬、ですか?」
「…………」
ノアは固まった。
耳が、みるみる赤くなっていく。
「ち、違っ……」
「違うんですか?」
「……」
「ノア様?」
しばらく黙っていたノアは、小さく息を吐いた。
「……少しだけ」
その声は、とても小さかった。
「婚約者なのに、情けないですよね」
リゼリアは首を横に振る。
「情けなくなんてありません」
「でも……」
「だって」
リゼリアは微笑んだ。
「私も、きっと同じですから」
「え?」
「もしノア様が、他の令嬢と楽しそうに話していたら……少し寂しいと思います」
ノアは目を見開いた。
「本当に?」
「はい」
「……よかった」
心の底から安心したような笑顔だった。
その笑顔を見て、リゼリアも嬉しくなる。
嫉妬されても、不思議と怖くはなかった。
それは束縛ではなく。
大切に思ってくれている証だと感じたから。
二人は並んで屋敷へ戻る。
秋風が、優しく二人の間を吹き抜けていった。




