第十三話 初めて繋いだ手
その日。
二人は庭園の奥にある温室へ向かっていた。
「この季節は、珍しい花が咲くそうですよ」
リゼリアがそう言うと、ノアは嬉しそうに頷いた。
「リゼリア様は、本当にお花がお好きなんですね」
「ええ。見ていると落ち着くんです」
「……分かる気がします」
「ノア様も?」
「はい」
少し考えてから、ノアは照れくさそうに笑った。
「好きなものを見ている人って、幸せそうな顔をするでしょう?」
「……」
「その顔を見るのが、好きなんです」
リゼリアは思わず足を止めた。
まただ。
ノアは時々、さらりと恥ずかしいことを言う。
本人に自覚はないのだろうけれど。
「ど、どうしました?」
「いえ……何でもありません」
顔が熱い。
恥ずかしくて、ノアの顔を見られなかった。
◇ ◇ ◇
温室へ続く石畳は、昨夜の雨で少し濡れていた。
「きゃっ!」
足を滑らせる。
転ぶ。
そう思った瞬間。
ふわりと身体が支えられた。
「だ、大丈夫ですか!?」
ノアだった。
咄嗟にリゼリアの腕を掴み、支えてくれていた。
「……あ」
二人の距離が近い。
近すぎる。
「ご、ごめんなさい!」
ノアは慌てて手を離した。
「と、とっさに……!」
「いえ、助けていただきました」
「でも、その……」
ノアは困ったように自分の手を見つめる。
「婚約者とはいえ、勝手に触れてしまって……」
その言葉に。
リゼリアは少し驚いた。
今までの人なら。
こんなこと、気にも留めなかった。
当たり前のように手を取り。
当たり前のように腰を抱き。
当たり前のように隣へ引き寄せた。
でも。
ノアは違う。
ちゃんと謝る。
ちゃんと距離を守ろうとする。
だから。
安心できる。
「ノア様」
「は、はい」
リゼリアは、そっと右手を差し出した。
「もう一度」
「……え?」
「今度は、転ばないように」
ノアは意味が分からないという顔をした。
「手を、繋いでいただけますか?」
しばらく。
時間が止まったようだった。
「ぼ、僕が……?」
「嫌ですか?」
「ち、違います!」
ノアは慌てて首を振る。
「嫌じゃありません!」
震える手が。
恐る恐る伸びてくる。
そっと。
壊れ物に触れるように。
二人の手が重なった。
「……」
「……」
温かい。
こんなに。
手って温かいんだ。
リゼリアは少しだけ握り返した。
すると。
ノアの肩がぴくりと震えた。
「ノア様?」
「……すみません」
「?」
「嬉しくて」
その一言に。
リゼリアの頬も赤く染まる。
「わ、私も……」
思わず口をついて出た。
ノアは目を丸くする。
「え?」
「嬉しいです」
小さな声でそう言うと。
ノアは、安心したように微笑んだ。
二人はそのまま。
ゆっくりと温室まで歩いた。
繋いだ手を離すことなく。
その日。
リゼリアは初めて知った。
誰かと手を繋ぐことは。
怖いことではなく。
こんなにも安心できるものなのだと。




