第十一話 初めての手紙
婚約してから半年が過ぎた。
以前より会う機会は増えたとはいえ、それでも毎日会えるわけではない。
だからだろうか。
レイヴェルト公爵家からの使者が屋敷を訪れたと聞いた瞬間、リゼリアの足は自然と玄関へ向かっていた。
「お嬢様、お急ぎにならなくても……」
「ご、ごめんなさい!」
頬を赤くしながら歩く速度を落とす。
玄関では使用人が、一通の封筒を恭しく差し出した。
「ノア様からのお手紙でございます」
「……!」
リゼリアは思わず目を輝かせた。
「ありがとうございます」
大切に受け取り、自室へ戻る。
椅子に座ると、そっと封を切った。
中には、丁寧な字で書かれた便箋が一枚。
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リゼリア様
この前、一緒に見た白い花が庭に咲きました。
教えていただいた名前を忘れないように、本にも書き留めています。
次にお会いした時、ちゃんと覚えていたら褒めていただけますか。
朝晩は少し冷えますので、お身体にお気をつけください。
またお会いできる日を楽しみにしています。
ノア・レイヴェルト
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「……ふふ」
気づけば、笑っていた。
たった一枚。
短い手紙。
それなのに。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「褒めていただけますか、だなんて……」
本当にノアらしい。
もっと自信を持てばいいのに。
あんなに優しくて、真面目で、素敵な人なのだから。
リゼリアはもう一度、手紙を読み返した。
そして、もう一度。
三度目を読み終えたところで、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
侍女が机の上の手紙を見て、微笑む。
「ノア様からですか?」
「えっ」
慌てて手紙を隠す。
侍女はくすくすと笑った。
「そんなに大事そうに読んでいらしたので、すぐ分かりました」
「そ、そんなこと……」
「お返事を書かれるのでしょう?」
「……!」
その発想はなかった。
「返事……」
そうか。
もらったのだから、返すものなのだ。
リゼリアは引き出しから便箋を取り出した。
けれど。
ペンを持ったまま、ぴたりと止まる。
「何を書けばいいの……?」
ありがとう。
体に気をつけてください。
私も会える日を楽しみにしています。
頭の中ではいくらでも浮かぶのに。
いざ書こうとすると、どれも違う気がした。
「うぅ……」
十分後。
便箋は真っ白だった。
二十分後。
ようやく一行書いては、ぐしゃりと丸める。
「違うわ……」
これでは堅すぎる。
かといって、親しげに書くのも恥ずかしい。
前世では。
手紙を書くことなど、ほとんどなかった。
贈り物は毎日のように届いた。
会いたいと言われれば、断ることもできなかった。
だから。
誰かに、自分の言葉を届けたいと思ったのは初めてだった。
「……よし」
深呼吸を一つ。
新しい便箋を広げる。
今度は、飾らない言葉で書こう。
思ったことを、そのまま。
そう決めると、不思議なくらいペンが進んだ。
書き終えた手紙を読み返し、リゼリアは小さく笑う。
「これなら……いいかな」
封筒にしまい、大事そうに胸へ抱く。
早く。
早くノアに届くといい。
そんなことを思いながら窓の外を見る自分に気づき、リゼリアは少しだけ照れくさそうに笑った。
「私……楽しみにしてるんだ」
次の手紙も。
次に会える日も。




