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第三十九話 ロイ

 少年は、声にならない声で叫んだ。


 何かを思い出し、苦しんでいるようだった。


 今起きたばかりの少年。

 どんな少年かも分からない。

 だけど、この少年がどれだけ辛い経験をしてきたのか分かる。


 関わっているのは、キングバッタなんだろうな。

 やはり、有益な情報を持っているかもしれない。


 しばらくすると、少年は叫ぶのをやめ、生気を失ったように体を脱力した。

 俺は、少年のベッドの前に椅子を置き、座る。

 どんな声をかければいいのだろうか。

 ここで何があったんだ?とか聞いてみたら、またこの少年は辛い経験を思い出すことになる。

 そうなると、何をしでかすか分からない。

 有益な情報を聞き出すにあたっては愚行であろう。

 それなら、どうすれば。


「ヴゥ....」


 少年は、自分の服を掴み、何かを恨んでいるような険しい顔をした。


 うーん、このままじゃ話が進まないな。

 これは、初対面の人と喋る時に使うテンプレート。

 名前を聞く!を実践してみるとしよう。


「名前は?」


 俺は優しい口調でなるべく怖がらせないように聞いた。


「....」


「....」


 少年は押し黙ったままだ。

 うわ、やらかしちゃったか?

 警戒されたのかもしれない....

 確かに見ず知らずの人に、名前を聞かれたら警戒するよな。

 ましてや大きな人に囲まれた子供。

 俺はなんとか打開しようと焦ってよく分からないことを口走ろうとした瞬間、少年が話した。


「ロイです!!ここはどこか分かりませんが、みなさんが助けてくれたんですよね!!ありがとうございます!!」


 俺は拍子抜けした。

 俺以外のラロット達も拍子抜けをしていただろう。

 驚くように明るい返事で、しっかりと感謝も伝えていたからだ。

 先ほどまで、苦しんでいた一人の子供とは思えない。

 どうなっているんだ?この少年。

 まるで、幽霊に人格を乗っ取られたかのようだった。

 しかし、話し合いはできそうなので、こちらからすれば好都合だ。


「名前は、ロイか!いい名前だ。俺の名前はユレンだ!」


 そして、皆この少年に自己紹介をしていく。


「この三人の兄ちゃん達が川に流れ着いていた君を助けたんだ。今はこの村で君を保護しているという状況だ!」


「そうでしたか....本当に助かりました」


 ちゃんとコミュニケーションは取れてるな。

 今からロイの素性を掘り進めていくのもありだが。

 警戒されて嘘のことを喋られても困る。

 なので、もう少しだけ打ち解けてから掘り下げていくことにしよう。

 なので....


「アスナ、頼む!」


「はい!」


 アスナが部屋を出て2分後、湯気が出ているあったかいご飯が運ばれてきた。

 ご飯は、お肉の上に卵が乗せられているやつだ。

 肉汁たっぷりでジューシーさがあり、卵で食べやすくされている。

 良い香りが鼻を通る。

 見ただけで涎が出てくる。


「やっぱり、何も食べていないからお腹が空いているだろ?食べてくれ!!」


 うむ、人間は美味しい食べ物を出されると弱い。

 よく言うやつだと、女の人が男の人の胃袋を掴み、結婚などをする的な(?)

 つまり、そういうことだ。

 うん。


「でも....」


 少年は遠慮した。

 腹が空いているはずなのに、こんな美味そうなご飯を出されても遠慮するのか?

 俺が少年ならものの数瞬で飯に手をつけるだろう。

 もしかして....毒が入っているかもと警戒されているのか....?


「あ、いきなりご飯出されても怖くて食べれないよな。俺が先に毒味するよ」


 ちょっとだけ頬を膨らまし不貞腐れるアスナの顔が見える。

 だが、分かってくれ!この少年の気持ちを。


「いえいえ。僕を救ってくださった人達のご飯を怪しむなどそんな失礼なことは思っていません....ただ助けてもらった上にここまでして貰うとなると、遠慮してしまってるだけです」


 ロイは首を横に振りながら答える。


 待て待て待て!!

 おいおい、さっきまで叫んで生気を失ったように脱力していた少年か?

 どれだけ礼儀正しいんだ....

 育ちが相当良さそうだ。


「そうか。なら食ってくれ!食ってくれた方がコチラとしたら嬉しいんだ」


 ロイが少し悩んだ末、なら遠慮なくと。


「ありがとうございます」


 と言い、ご飯を一気に平らげた。


「美味しかったですか?ロイ君」


 アスナが腰を下ろし、ロイと目線を合わせながら、そう質問する。


「はい!とても美味しかったです」


「それは良かったです!!」


 ロイのことをよく見ると、大きなクリクリとした琥珀色の瞳に、艶やかな黒色の髪。

 童顔で可愛らしい顔。

 だが、何を考えているか分からないミステリアスな感じもある。


「ご飯を食べてすぐで悪いが、質問をしていっていいか?」


 ラロットが口を開いた。

 ま、ご飯を食べさせて警戒心もなくなったであろう。

 時間もないし今から質問をしていくのもありだ。


「はい!」


「なぜあそこに?」


 ラロットがそう質問すると、ロイは少し、困ったような顔をした。


「えーと....家族と仲間と一緒に暮らしていると、突然バッタが襲い掛かってきたんです。そして、僕達が得意とする手で奏でる音で、魔物を誘導する技がバッタに対し効き目が薄く、なすすべなく僕以外全滅しました。僕はお母さんに助けられ逃げてきましたが、後を振り返る時、二本足の変なのにお母さんは殺されてしまいました....僕は逃げる途中に、躓いて川に落ちてしまったんです。そこから意識をなくして....って感じです」


 ロイは暗い顔をした。

 事情を話したことで、自分の身に何が起きたかまた再確認してしまったからだ。


 嘘はなさそうだ。

 バッタのことはキングバッタのことを言っているのだろう。

 二本足....お前が主体として襲ったのだろう?

 クソ野郎め。


「そうだったのか....辛い思いをまた掘り返してもらってすまない。君だけでも生き残っててくれて良かった」


 ラロットの言葉にロイは困ったように乾いた笑い声を溢す。

 ロイはきっと無理をしているのだろう。

 家族と仲間が一人残らず死んでしまうなんて....俺なら耐えられない。

 ロイはきっと強いんだろうな。


 ラロットが続ける。


「ロイは、どこに住んでいたんだ?」


「木です。木の上の方が地上よりも比較的安全で、周囲を見やすいですからね!」


 おいおい、めちゃくちゃアフリカの原住民みたいなことをしているじゃねぇか。

 木で生活??

 マジかよ....


「それは興味深い生活方法だな」


 とラロットが返す。


「あなた達は、地上でこんな変な壁に囲まれた所で暮らしているんですもんね!なんなんですか!このフワフワとしたのは!」


 とロイはベッドを見ながら呟く。


「それはベッドと言うんだ。柔らかくていいだろう?」


 とラロットは笑って返す。

 それからロイは、色んなものを質問していた。

 無邪気な少年のように。

 リエルもリドルも楽しそうだった。

 多分一番楽しんでたのは、リドルだ。


「バッタが取った変わった行動などあったか?」


 俺がそう質問する。


「いえ....音を奏でても効き目が薄かったぐらいしか....すみません!あまり記憶がなくて」


 音を奏でても効き目が薄かったのか....

 キングバッタは耳が聞こえないと言う筈はないんだよな。

 実際、音を鳴らし仲間を呼ぶんだから。

 逆に耳は良い方であろう。

 なぜ効き目が薄かったのかのか不思議だがな。

 女王バッタに近付く情報にへとなり得ないかな?

 ルンに相談してみよ。


 にしても記憶がないって....それほどの壮絶な現場だったんだろう。

 どんな現場だったのか想像もしたくない。

 もしかして、ロイみたいにまだ熱帯に住んでいる種族達がいるのかもしれない。

 その人達に被害を出さない為に早めに対処をする必要がある。


「貴重な情報ありがとな!心身共に疲れているだろうから、この村で休んでいてくれ!ここはある程度、安全が保障されている。それにみんな良い奴ばっかだからよ!」


「ありがとうございます....!」


 ロイへの質問も終わり、お開きな雰囲気になった。

 ラロットは、腰を上げる。


「それじゃ自分達はまた作戦にへと出ます」


 ラロット組が立ち去ろうとすると、ロイが引き止める。


「どこにいくんですか?」


 ラロットは、バッタ共を倒す為に村の外へと出るんだと説明する。


 すると、ロイがベッドから降りた。


「僕も行きたいです」


 ロイはそう言い放ったのだ。

 ラロットは困惑しつつも、それは無理だと言う。


「なぜですか!!」


 ロイは声を荒げた。


 ロイはバッタ共に復讐したいのか。

 そりゃそうだ、親も仲間も殺されて。

 自分は何もできないって屈辱の極みである。


「ロイ、君は子供だ。戦場で死なせるかもしれない。それに今、自分達の保護下にある。だから、自分達の意見を受け入れてもらう」


 ラロットは優しく、でも冷徹な声でロイに理由をキッパリと話す。


 俺は、これでロイが納得すると思った。

 ロイは子供ながらも常識があり、物分かりも良い。

 だから、理屈の通った意見に自分の意見を曲げると思ったからだ。

 だけど、違った。


「知っていますか?人間の体は、木の幹よりも特段に柔らかいと」


 ロイは鋭い目つきに変わり、さっきの明るい声とは裏腹にドスの利いた鋭い声になった。

 そして、自分の首に人差し指を立てる。

 

 まさか、自分の人差し指で、自分の首を刺す気か?


「――何をしているんだ?」


「やめて!ロイ君!!」


 あまりの豹変ぶりにラロットに限らず、みんなの動揺が部屋中に広がる。

 だがロイは何も動じない。

 ラロットだけをしっかりと見据えていた。


「さっきも言ったと思うが、俺は木に住んでいた。故に、木の幹など指一本で削れるようになった。だから、俺の首を俺の人差し指で刎ねるなど造作もないんだよ」


 先程の敬語は使わなくなり、口調が変わった。


 ロイは分かっていた。

 自分が子供であり、守られる立場なことを。

 それ故に、自分の命を逆手に使えば、大人の立場であり、子供の命を守る立場でもある俺達を翻弄できることを。


「分かっているさ。戦いに行く以上、全てが自己責任であることも。邪魔になれば、俺を見捨てたっていい。だから、連れていってくれ」


 ロイは、爪を首に食い込ませていく。

 指は震えず、ただひたすら自傷行為を続けていく。

 血が傷口から首へと滴っていく。

 まるで、自分の死を返答するまでの時間制限とでも言いたいように。


「ロイを連れて行くメリットは?」


 ラロットはそう一言。


「手で奏でる音―― 幻奏掌(フランツェルテ)。バッタに対し効き目が薄いとは言ったが、ある程度の時間なら、バッタを錯乱させることができる」


「分かった。でも本当に死ぬかもしれん」


 ラロットの了承を聞くと、ロイは首から指を引き抜く。

 血飛沫がバッと飛び散り、ベッドの白いスーツに付着した。


「ああ、バッタに殺されなかろうが、勝手に俺は死ぬつもりさ」


 ロイは微笑んだ。

 ロイのハッキリとした物言いに、ラロットは何も言えずにただ悲しい顔をした。


 アスナがロイに急いで駆け寄り、回復魔術を施す。


「すみません。ユレンさん。こんな事はしたくなかったんだけど、やむを得ずやってしまいました」


 鋭い声は緩和されていた。

 俺は何も言えなかった。

 有無を言わせないロイの気迫にただ足をすくませていただけである。


 ラロットは後ろを向き、ドアの手すりに手をかけた。


「死ぬかどうかは、この戦いが終わってからまた考え直せばいい」


 と一言。


「全く、命をなんだと思って....」


 とリエル。


「ロイ....お前結構エグい奴だな」


 とリドル。


 ロイはただ愛想笑いをした。


「大丈夫ですよユレン様。任してください!」


 ラロットは、俺を安心させる為に言った。

 あれ、俺はなにか心配そうな顔をしていたのか?

 無意識にやっていたのだろうか。


「時間がないお前ら行くぞ!」


 ロイ含むラロット組は、村の外へと飛び出していった。


 俺は、その後ろ姿を見送る。


……大丈夫だろうか。


 あんな小さな身体で、あれほどの覚悟を持っているなんて。


「ユレン様、大丈夫でしょうか……」


 アスナも心配そうに呟いた。


「ああ……大丈夫だと信じよう」


 俺はただただ見送ることしかできなかった。

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