第三十六話 浮き上がる恐怖
俺は、会議室に向かう前にルンの研究室へと立ち寄った。
ドアの前で耳を澄ませてみる。しかし、何も聞こえない。
耳を直接ドアに押し当てると、紙をめくるような微かな音が聞こえてきた。
何か本で調べものをしているのか?
にしても、このヘルシャースに本というモノがあるのが驚きだ。
剣、本などなど、昔は外の世界と交流していたようにしか考えられない。
ならば、どうやって?
いや、今考えることはそれじゃないな。
俺はコンコンとドアを手の甲で叩く。
すると、ドタドタと足音が聞こえ、バッとドアが開く。
「今回は来るのが――」
今回は来るのが早いんだなと皮肉を言おうとしたが、ルンが言葉を被せる。
「なんの用件ですか??」
食い気味にルンは言う。
なにかを心配しているように瞳が揺れている。
そして、艶やかな唇を歯で噛んでいる。
彼女は、感情が揺さぶられた時、唇を噛む癖がある。
キングバッタの件について心配しているのだろう。
「キングバッタについての会議についてだ。全員、作戦から情報共有のために戻ってきた。だから、ルンにも出席してほしい。謎な点を一緒に考えてほしいんだ」
ルンは、全員と聞いた瞬間、胸を撫で下ろしたかのように瞳が和らいだ。
「はい。会議室へ行けばいいんですか?」
「ああ、頼む」
「分かりました」
ルンはスタスタと行ってしまった。
◇
俺は会議室の席に座った。
全員の顔がハッキリと見える場所だ。
だから、気付いた。
どんよりとした雰囲気に。
分かっていた。
皆が戻ってきた時の顔を見た時、不安が募った苦しい顔をしていたからだ。
だけど、俺を見ると無理に表情を変えようとするから、もっと苦しそうだった。
「まず、入手した情報を皆んな言ってくれ」
「まずは」
とナギが手をあげた。
そして、席から立つ。
「キングバッタの尾行をする為に、狩をしているキングバッタを追いかけることにしました。狩で仕留めた獲物は、普通ならば巣に持って帰るだろう。女王バッタがいる場所に。だから、キングバッタは全員同じ道に一斉に帰るだろうと踏んだが、四方八方に散り始めたんです。何が起きているか分かりません」
そう言うと、ナギは席を座る。
「私もさっぱりです」
そして、次はラロットが手をあげ席を立つ。
「従来のキングバッタは一箇所に卵を産むというやり方だったんです。そこには必ず女王バッタがいるのが普通だった。しかし、キングバッタ達を殺している時に、違う箇所に卵の巣がチラホラとあったんです」
ラロットがそう言うと、ルーディアが手のひらを机に叩きつけ、机に身を乗り出す。
「私の所にもキングバッタの卵が産んである巣がありました。女王卵もないただの卵の巣です」
志願兵達も席から立ち、女王バッタは戻ってこなかったと言った。
しばらく、沈黙が続いた。
皆、顔を俯け何かを考えているようだ。
とても深刻そうな顔をして。
レインは、頭を抱え震えているので多分怖がっているだけだ。
「皆の集めた情報は全て出たようだな。ならば、ルンの意見も聞きたい」
「すみません。少し時間をください」
ルンは、瞳を揺らし唇を強く噛んでいた。
今のでた状況を整理しているのだろうか。
それにしても、皆の情報は俺らが前に会議室で仮定したキングバッタが取るような行動とは、大きく外れている。
獲物を抱えながら四方八方へと散っていったとか言ったよな。
その獲物は女王に献上するものではないのか?
なんで四方八方へと散るんだ。
卵は一箇所にしか産まないんじゃないのか?
それも女王バッタが孵った場所でだ。
なんで卵を産み付けれいる巣が幾らかとあるんだ。
なんでなんだ....なんでなんだ。
俺はそうやって頭を悩ましていると、ルンが口を開く。
「キングバッタは、私達が想像しているよりもずっと重大な脅威なのかもしれません」
声が心なしか震えているようだった。
「ナギさんとラロットさんが言っていた情報を整理するとこうなります」
そう言ってルンは説明した。
説明した内容はこうだった。
ナギ達が見た四方八方に獲物を持って散ったのは、ラロットとルーディアらが見た各所に散りばめられている卵がある巣のせいだろうと。
うむ、それならば謎は繋がる。
そして、各所に卵がある理由を話し出す。
「前、この会議室で女王バッタは、急激な進化を背景に女王卵を産めなかったのではないかと私は言いましたよね。でもそれは違うんだと思います。産めなかったのではなく、“産まなかった”。もっと具体的に言えば、“その場では”産まなかったんだと思います」
「どういうことだ??」
リエルが目を大きく開ける。
「もしもキングバッタが進化により、人間までとはいかなくても、それなりの知能を持ち出したら?それが、虫という範疇を大幅に超えるものだとしたら?」
「....」
「なにが言いたいんだ?」
俺はそう言うと。
「女王バッタは、リスクを減らす為に卵を一箇所に集めず、あらゆる巣に産んでいる可能性があります」
会議室の空気が凍った。
皆薄々気付いていたのかもしれない。
だが、心のどこかでそうではないだろうと願っていた。
しかし、ルンの言葉が答え合わせのように聞こえ、心が締めつけられる。
「そうなると、卵の数は未知数になるでしょう。巣を見つけ出し数えている暇などない。それにキングバッタを尾行し女王バッタがいる場所に辿り着くなど不可能です。無数といるバッタの中から、女王に繋がっているバッタなどを探しきれない」
「まさか――」
「はい。女王バッタを見つけるのは非常に困難になるでしょう」
「なら、多量の巣にあたって女王バッタを見つけるしか――」
「それしかないです。しかし、おそらく巣の数など無数とあるでしょう。その中で、バッタの目を盗み、或いは戦いながら、女王バッタの巣を見つけるのは、砂浜に紛れた一粒の金を探し出すようなものです」
ルンは、そう言うと申し訳なさそうに目を伏せた。




