第二十六話 二本足のバッタ
「お前は、俺の後ろにいろ。そっちの方が守りやすい」
とナギと並行に歩くルンをナギが手で制止する。
「は....はい」
と、魔物の存在を意識し、少し怖気づき、自然と持っていた小さな杖に力が入る。
辺りはすっかり暗くなっており、今にも草むらから、魔物が一匹二匹飛び出してきそうだった。
「行方不明になった三人組が担当していたエリアは、ここからか」
「はい。このエリアを見て回れば、三人組の痕跡が見つかると思います。それを探しましょう!」
「三人組は、行方不明になってから、ある程度時間が経っているらしいから、走って急ごう」
とナギは、走り出すと、ルンも置いてかれるまいと走り出す。
熱帯気候の夜は暑い。
走っていると、ジメジメとした温かい風が頬を撫でる。
非常に気分が悪いものである。
道中に魔物も十匹程、出てきたが陣風風速の如くナギが一瞬で沈める。
ルンは、あくまで研究者であり、非戦闘員である。
それ故に、ナギがルンを守り切る必要がある。
だが、ナギの力では、そのような事は容易い。
だから、ユレンもナギにこの任務を渡したわけである。
「ここに血の跡がある」
ナギは、血痕をしゃがみながら、見つめる。
黒色の血が、地面にべったりと付いている。
「本当ですね。この血は、体外から出てから、時間が経ってそうです」
ルンは、最悪なパターンが脳裏にちらつき顔を顰めた。
ナギは、鉄のような匂いが奥にも漂ってくるのが分かり、前方へと目をやると、黒色の血痕が、大量に地面にこぶりついていた。
「この血の量。三人組が生きている可能性はないな。なんの魔物の仕業かをルンは、調査してくれ。俺は、周りを見張っている」
ナギは、近くにあった岩の上に座り、周りを注意深く見渡している。
「ありがとうございます」
ルンの声は、小刻みに震えていた。
仲間を失った悲しみもあるが、ここまで無惨にやる事ができる魔物に少しばかりの恐怖を抱いていた。
ナギが一緒にいてくれる事だけが、ルンにとって、唯一、この場で精神を保たせている要因であった。
ルンは、ちょっとした血溜まりに、手を近付ける。
「女神よ、隠された理を紐解き、私めにその真姿をここに映し出せ」
手の中から優しい光が放出される。
その優しい光が、血溜まりを囲んだ。
ルンのユニークスキル『女神の識別眼』は、魔力の分析/解析を行う事ができる。
魔力には、それぞれの人が出す魔力に違いがあり、その差を判断し、識別する。
今回の場合は、血痕に残された僅かな魔力を抽出し、識別している。
ルンは、解析し終わると、「まさか....」と唖然とした。
「解析が終わったか?」
とナギは顔だけを動かし、ルンの方に視線をやる。
ナギは、ルンの方へと向いても、ルンはこちらを見て、指を差し、血の引いた顔を振るばかりである。
「どうしたんだ?」
ナギは不思議に思い、問うと、ガサガサと音がたった。
草が何かの動物の体に触れ合い掠れる音である。
すぐ後ろへ振り向くと、何もいない。
だが、何かがナギとルンの周りに確実にいる。
ガサガサ
ガサガサ
次第に音がデカくなっていく。
ナギはすぐにルンのそばにより、戦闘体制へと入る。
ルンは、震えている。
見えない何かが、ルン達を狙っているという事実が、精神を恐怖の渦へと蝕む。
「解析結果は、キングバッタ一匹による殺戮でした」
その瞬間、草むらから隠れていた“何か”がナギとルンの方へと四方八方から飛び出してくる。
その数は四匹。
「剛糸」
ナギは、すぐさま反応し、ルンとナギを囲う形で、剛糸を放出する。
何かが足止めを喰らい、その隙にルンを端っこへと寄せる。
そして、ナギは、何かの方へと視点をやると、そこにはバッタがいた。
緑の体に、バネのような長い後ろ脚。
焦点の合わない目に、肉、骨をも容易く噛みちぎりやすそうな鋭い顎。
あれは、キングバッタだとナギはすぐに分かった。
「キングバッタが肉食系なんて聞いた事がない」
とナギは苦言を呈しながら、無作為に飛んでくるバッタ一匹に膝をお見舞いする。
頭上を一匹が横切った。
振り下ろされる長い後ろ脚は、遥かに重く速い。
ナギは、身を低くし、避けた。
直後、後ろから一匹のバッタが奇声を出しながら、襲い掛かってくる。
避ける時間がないと判断したナギは、カウンターを用意する。
「鋭糸」
ナギがそう唱えた瞬間、手から細く鋭い糸がバッタを捉えた。
鋭糸は、剛糸とのように耐久力を捨てる代わりに、攻撃力に振った糸である。
だが、バッタは深く傷を負ったが、死ぬまではいかなかった。
「今、殺す気で糸を放ったんだぞ。どれだけ硬いんだ?その身体は」
キィアアッ!!
深傷を追われたバッタは、不快な叫び声を出し、他のバッタがそれに応えるかように、羽重なり合わせ、不協和音を作り出す。
その瞬間、三匹同時にナギに襲いかかった。
「剛糸」
ナギは、剛糸で自分を守りつつ、どこか隙がないかと探る。
すると、一匹のバッタが体勢を一瞬ながら崩したのが見えた。
ナギは、そんな僅かな隙を捉える。
ナギはそいつへと裾に隠し持っていた短剣を握り、殺そうとした。
だが、他のバッタがナギにへと後ろ足を振り下ろし、ナギは咄嗟に短剣で攻撃を防ぐ。
その一撃は重く、足で踏ん張っても、地面を滑るように後退する。
「大丈夫ですか....!」
「あぁ、大丈夫だ」
幸い、短剣に魔力を込めていたので、軽い傷で済む。
この程度なら戦いに支障はないと見る。
キングバッタは、中型魔物だが、強さの秘訣は、社会性により構築されたチームワークにある。
脳筋大型魔物よりチームワークがしっかりとしている中型魔物の方が余程、攻めにくく戦いにくい。
ルンをも庇いながら、戦うことになるのだから、尚更だ。
しかし、ナギも戦いに慣れてきた。
このまま詰めれれば、このキングバッタ共を殺せるだろう。
その後すぐに帰り、ユレン様に報告するとしようと、脳内で未来のスケジュールを作る。
だが、そんな楽観的思考は、すぐに崩れ去った。
「よ....こ」
ルンも声を振り絞るのがやっとであった。
そう、横には黒光りした二本足で立っているバッタがナギを見下ろしていたからだ。
いつそこにいた?
いや、空気の流れが今変わったから、たった今こいつが現れたのか?
バッタなのに二本足?
この二本足バッタから溢れ出す魔力の密度が桁違いだ。
こいつは一体なんなんだ?
全身の毛が逆立った。
背筋を冷たいものが這い上がる。
息が止まり、身体が本能的に強張った。
――やばい。
そう理解するより先に、身体が恐怖を叫んでいた。
ナギは、おもいっきり短剣を振り下ろし、二本足にぶつけたが、二本足の身体に傷がつくところか、ナギの短剣がパキン!と音を立て折れてしまった。
――硬いッ。
ナギはそう唸り、距離を置こうと後ろへと重心を持っていくが遅かった。
二本足の太い脚がナギの胴体へとめり込む。
バキッ!
ナギの体は木に打ち付けられ、思うように動かなくなる。
なんかしらの骨が逝ったんじゃないか?と思い、手探りで確認すると、肋骨が二、三本折られている。
あの黒い身体は鎧の様に硬く、自分の攻撃は通らないとナギは、逃げの方向へシフトする事にする。
二本足は、ナギを尻目に無防備なルンの方へと足を進める。
「来ないでください....」
ルンは首を振りながら、逃げようと必死になる。
しかし、足が完全に力が抜けており、手で後ろへと進んでいく。
ルンは、二本足から目を離せないままだ。
「撓糸....!!!」
ナギが撓った糸を出すと、その糸は空に弧を描き、ルンの元へと届く。
その糸は、ルンの体にへと結びつき、ナギの側にへと戻った。
ルンを片腕で持ち、村の方へと一目散に逃げる。
バッタの身体は大きく、獣道などの狭い道などは、スピードが遅れると踏んだナギは、獣道を進んだ。
◇
どんだけ経っただろうか?
後ろを見てみると、バッタ達はもういない。
いや、最初から追いかけられていたかも不明である。
それ程、ナギは焦っていたのだ。
ナギもこれだけ焦ったのは、初めてと言ってもいいかもしれないくらいだった。
あの二本足は一体何なんだ?
そんな思考が頭の中をぐるりと回る。
だが、今は考えても仕方ない。
ここから村まではもう少しだ。
帰ることだけを考えるんだ。
ルンは、ここまで来て少し安心したのか眠っている。
すまない研究員にこんな怖い思いをさせてしまって、とナギが心の中で謝る。
村までの距離が鼻の先と言えるところまで来ると、拠点の見張りをしていたリザードマン達に見つかる。
「どうしたんですか?」
「大丈夫でしょうか??」
「何があったんですか!?」
と続け様に質問されるが、生憎疲れている為、ナギは何一つその言葉を理解できなかった。
「すまない。今は疲れている」
と言い村の中へと入っていくと、騒ぎを聞きつけたユレンがすぐ駆けつけてきた。
その他の仲間も駆けつけてくる。
「ナギどうしたんだ?」
とユレンの声にナギは、少し安心をし、体の力が抜ける。
そこら辺にあった壁にもたれかかると、事情を話す。
「キングバッタがもう活動を始めています」
そのナギの一言にその場の空気が凍りついた。




