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ホワイトデーのジンクス④

「浅間、次は自力でやりなよ。貸し、特大だからね!」


ひらひらと手を振りながら、私は一度も振り返らずに校門を後にした。 背中越しに、三橋さんの泣きじゃくる声と、浅間のたどたどしい慰めの言葉が聞こえてくる。


(……ったく。あんなに全力で泣けるんだから、可愛いよね、三橋さん)


駅へと続く並木道。夕日に照らされた自分の影が、アスファルトの上に長く伸びている。 私は、三橋さんを安心させるためにわざと乱暴に鳴らしていた足音を、ふっと緩めた。


「……あーあ。ほんと、アタシ何やってんだろ」


思わず漏れた独り言は、春の湿り気を帯びた風にさらわれて消えた。


昨日の夜、ルミネの閉店間際。  アタシが選んであげたギフトセットじゃ納得がいかないって、棚の前で一歩も動かなくなった浅間の横顔を思い出す。あんなに必死な目をして、あんなに不器用な手つきで三橋さんのための「正解」を探して……。


その視線の中に、アタシが入る余地なんて、最初から一ミリもなかった。


「……ま、わかってたけどさ」


駅のホームへ向かうエスカレーター。夕闇に包まれる街並みを眺めながら、私は一年前の、土砂降りの日のことを思い出していた。


あれは、一学期の中間テストが終わった直後。色々と重なって自暴自棄になっていたアタシは、学校の裏階段で、テストの結果をぐちゃぐちゃに丸めて投げ捨てていた。


誰もいないと思っていた。なのに。


「……これ、お前のだろ」


アタシが投げたそれを拾い上げ、不意に声をかけてきたのは、同じクラスのいつも無表情で何を考えているか分からない浅間千冬だった。


「ほっといてよ。そんなの、もうゴミだから」


私が尖った声で返しても、あいつは動じなかった。泥に汚れたテスト用紙を黙って拾い上げると、無機質とも言える淡々とした声でこう言ったんだ。


「ゴミじゃない。お前、ここ。……第4問の計算、最後まで解こうとした形跡がある。この執着は、ゴミには見えない」


「……はぁ? 何、今の一瞬で計算ミスまでチェックしたの? 気持ち悪いんだけど」


私が鼻で笑うと、浅間は真っ直ぐに私の目を見て、一歩も引かなかった。


「……ミスをした事実は変わらない。でも、お前が諦めなかった形跡まで無かったことにするな。それは、お前自身に対する侮辱だ」


あいつはそう言うと、丸まった紙を私の膝に置いて、雨の中を傘もささずに去っていった。


その不器用で、かつ狂気じみた誠実さに、私は救われてしまった。 みんなが私の「派手な女の子」という表面しか見ない中で、泥だらけの答案用紙から私の「足掻き」を、あいつだけは見つけてくれた。


(……ほんと、理屈っぽくて可愛げのない男)


私は手首のジャスミンの香りをもう一度吸い込み、ふっと自嘲気味に笑う。あいつが誰かのためにその「執念」を燃やす時、その相手が私じゃないことくらい、最初から分かっていた。分かっていて、それでもあの日救われた分を、今度は私が返してあげたかった。


「……ま、これで借りは返した。あとのことは、知らないからね」


独り言とともに、私は駅の改札へと吸い込まれていく。  改札を通る瞬間、スマホの画面が反射して、そこにはいつも通りの、少し派手で気の強そうな私の顔が映っていた。


浅間に見つけてもらった「あの日」の自分は、もうどこにもいない。あいつに救われたあの日から、私は私の足で、ちゃんとこの街を歩けている。


ふと視線を落とすと、自分の手には先ほど買ったばかりの、自分用の小さなリップクリームが握られていた。  三橋さんに渡されたあの華やかなバッグとは比べるべくもない、無機質な日用品。でも、それでいい。


(……アタシはアタシで、勝手にやるから)


ホームに滑り込んできた電車の風が、私の髪を激しく揺らす。私は一度だけ深呼吸をして、ジャスミンの香りを胸の奥に閉じ込めた。


明日、学校で会ったら。「三橋さんとどうなったのよ?」って、茶化して、呆れて、笑ってやるんだ。それが、あいつが認めてくれた私の「足掻き」に対する、私なりの誠実さだから。


私は迷わず電車に乗り込むと、流れていく大宮の夜景を見つめながら、ただ一度だけ、小さく口角を上げた。

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