第9話 断罪イベント、開催
学園に到着すると、そこはすでに異様な熱気に包まれていた。
煌びやかなドレスや礼服に身を包んだ貴族の子弟たち。
楽しげな談笑。華やかな音楽。
しかし、私が会場に足を踏み入れた瞬間、その空気は一変した。
ざわっ……。
まるで冷水を浴びせたように、静寂が広がった。
そしてすぐに、ヒソヒソという嘲笑の声がさざ波のように広がる。
「見ろ、来たぞ。ローゼンバーグ家の悪役令嬢だ」
「よく来れたものね。ミリア様をあんなにいじめておいて」
「王子の婚約者という立場にあぐらをかいていた報いよ」
聞こえる聞こえる。
悪口のオンパレードだ。
普通なら針のむしろで逃げ出したくなるところだろう。
だが、私は悠然と微笑んだ。
(ふふふ、いいわね。最高に嫌われてる)
これぞ悪役令嬢の醍醐味だ。
彼らの軽蔑の視線こそが、私の自由へのパスポート。
私は扇子で口元を隠しながら、心の中でガッツポーズをした。
私は壁際へ移動し、一人優雅に食事を楽しむことにした。
どうせ誰も話しかけてこないのだ。気を使う必要もない。
ヒールに仕込んだ「衝撃吸収魔法」のおかげで足の疲れもなく、コルセットの締め付けもない快適なドレスで、ビュッフェを堪能する。
(……このローストビーフ、意外とおいしい。タレが絶品ね)
私は肉を口に運びながら、会場を見渡した。
向こうの方で、ミリアが取り巻きたちに囲まれて何やら話している。
時折こちらを見ては、被害者ぶった顔で眉を下げているのが見えた。
演技派だこと。
その時。
会場の楽団が演奏を止め、静寂が訪れた。
壇上に、カイル王子とミリアが姿を現したのだ。
スポットライトが二人を照らす。
カイル王子は私を指差し、会場中に響き渡る大声で叫んだ。
「アリス・フォン・ローゼンバーグ! 前へ出ろ!」
来た。
私は最後の一切れを口に放り込み、ナプキンで口元を拭うと、ゆっくりと前に進み出た。
優雅にカーテシーをする。
この10年で染み付いた、完璧な礼儀作法だ。
「お呼びでしょうか、カイル殿下」
「白々しい! 貴様、自分が何をしたか分かっているのだろうな!」
カイル王子が怒り心頭といった様子で怒鳴る。
その横で、ミリアが「怖い……」と怯える演技をして、王子の腕にしがみついている。
はいはい、テンプレ乙。
「貴様は、私の愛するミリアに数々の嫌がらせを行った! 教科書を隠し、階段から突き落とし、ありもしない悪評を流した! これは未来の王妃としてあるまじき行為だ!」
やってない。全部冤罪だ。
まあ、ここで弁明しても無駄なのは分かっている。
私は無表情のまま、王子の言葉を待った。
「さらに貴様は、その冷酷な性格で周囲を不快にさせ、私の忠告にも耳を貸さなかった! 『人形』のように感情を持たず、民の痛みに寄り添う心もない! そのような者が王妃になれば、国は滅びる!」
随分と言うじゃない。
まあ、半分くらいは合ってるけど。
私は「早く終わらないかな」と心の中で欠伸を噛み殺した。
長い。前置きが長いよ、殿下。
「よって! 私、カイル・フォン・グラン・カイゼルは、アリス・フォン・ローゼンバーグとの婚約解消を、今ここで宣言する!」
ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうな決め顔だ。
会場がどよめく。
さあ、悪役令嬢アリス、どうする!?
泣いてすがるか? それとも逆上するか?
私はスクッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「はい! 謹んでお受けいたします!!」
元気よく答えた。
あまりにも元気すぎた。
会場が一瞬、シーンと静まり返った。
「……は?」
カイル王子がポカンとしている。
隣のミリアも、涙拭く演技を忘れて固まっている。
「あ、ありがとうございます! いやあ、長かった! この日をどれほど待ちわびたことか!」
「ま、待ちわびた……?」
「はい! これで私は自由ですね! もう王妃教育も受けなくていいし、面倒なパーティーにも出なくていい! 最高です! 殿下、ミリア様、どうぞお幸せに! それでは私はこれで失礼します!」
私はペコリと頭を下げると、踵を返して出口へと向かおうとした。
足取りが軽い。スキップしたいくらいだ。
早く帰って、イチゴにお祝いのケーキを作らせよう。今日は宴だ。
「ま、待てぇぇぇい!!」
背後から、裏返った声が聞こえた。
カイル王子だ。
彼は顔を真っ赤にして震えている。
「き、貴様……ふざけるな! なんだその態度は! 婚約破棄だぞ!? もっとこう、ショックを受けるとか、泣き崩れるとかあるだろう!」
「え? 時間の無駄ですので」
「ぐぬぬ……! このアマ……!」
プライドを傷つけられた王子が、わなわなと震えている。
ミリアも焦ったように王子に耳打ちする。
「殿下、このままでは私が嘘をついたことに……!」
おっと、聞こえてますよ。
「ええい、衛兵! この無礼な女を捕らえろ! 王家への侮辱罪で、地下牢へぶち込んでやる!」
ああ、やっぱりそうなりますか。
円満退社とはいかないようだ。
ガチャガチャと音を立てて、会場の警備兵たちが私を取り囲む。
槍を向けられ、逃げ場はない。
(……面倒くさいなあ)
私はこっそりとドレスの袖の中で指を動かした。
無詠唱で爆裂魔法でも放って、混乱に乗じて逃げようか。
いや、それだと国際指名手配犯になって、スローライフどころではなくなる。
どうしたものか。
衛兵の手が、私の肩に伸びてきた――その時だった。




