第10話 魔王降臨、さらば祖国
ズズズズズ……。
不気味な地響きが、会場全体を揺らした。
シャンデリアがガシャガシャと音を立て、貴族たちの悲鳴が上がる。
「な、何だ!? 地震か!?」
「いや、外からだ! 何かが近づいてくる!」
衛兵たちが慌てて窓の外を確認しようとした、その時だった。
ドオォォォォォンッ!!!!!
凄まじい轟音と共に、講堂の重厚な扉が吹き飛んだ。
破片が飛び散り、土煙がもうもうと舞い上がる。
会場中がパニックに陥り、カイル王子もミリアを突き飛ばして腰を抜かしている。
静寂。
土煙の向こうから、カツ、カツ、カツ……と、冷たく響く足音が聞こえてきた。
煙が晴れると同時に、その姿が露わになる。
漆黒の正装。真紅のマント。
その背後には、完全武装した屈強な騎士たちが、不穏な気配を漂わせて整列していた。
先頭に立つ男は、会場を見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。
「……随分と楽しそうだな、貴様ら」
地獄の底から響くような、低く、ドスの効いた声。
その声の主を認めた瞬間、国王陛下が椅子から転げ落ちんばかりに仰け反った。
「ジ……ジークハルト皇帝……!?」
その名は、死神の宣告のように会場に広がった。
隣国ガルディア帝国の皇帝。
冷酷無比な戦争の天才。
なぜそんな怪物が、ここにいるのか。
「……私の女に指一本でも触れてみろ。この国を地図から消すぞ」
ジークハルトが指を鳴らすと、背後の騎士団が一斉に抜刀した。
その圧倒的な威圧感に当てられ、会場の衛兵たちは武器を取り落とし、震え上がって動けない。
完全な制圧だ。
「ジ、ジークハルト……あんた何やってんの!?」
私が叫ぶと、彼は私を見て、先ほどの冷酷さが嘘のように甘く微笑んだ。
そしてツカツカと歩み寄り、私の前で片膝をついた。
「迎えに来たぞ、アリス」
彼は懐から小さな箱を取り出し、パカッと開けた。
中には、先日私が突き返した国宝級魔石『星の涙』が――指輪に加工されて収まっていた。
「アリス・フォン・ローゼンバーグ。私の妃として、帝国へ来てくれ。貴様の望む『平穏』と『研究費』、そして『完璧な風呂環境』を約束しよう」
会場が、しんと静まり返る。
公開プロポーズだ。
しかも相手は他国の皇帝。
カイル王子は口をパクパクさせて、言葉が出てこないようだ。
「……あのねえ。これじゃ目立ちすぎて、平穏どころじゃないんだけど」
「心配するな。邪魔な虫は全て私が排除する」
彼はニッコリと笑った。
その背後では、騎士たちがカイル王子たちを睨みつけ、無言の圧力をかけている。
排除って、物理的に?
「……はあ」
私はため息をついた。
もう、どうあがいても逃げられないようだ。
それに、実家からも絶縁され、国からも追放される身だ。行く当てはない。
ならば、最高待遇で迎えてくれる「就職先」に行くのが賢明だろう。
「……分かったわよ。お風呂と研究費、無制限ね?」
「ああ、約束する。国家予算の半分を使ってでもな」
「じゃあ……行きます」
私が頷くと、ジークハルトは満足げに立ち上がり、私の腰を抱いた。
「契約成立だ。……総員、撤収! 我らが聖女を確保した! これより帝国へ帰還する!」
「「「イエッサー!!!」」」
騎士たちの怒号のような返事が響き渡る。
ジークハルトは私を軽々とお姫様抱っこすると、踵を返した。
「ま、待て! アリスは私の婚約者だぞ!」
カイル王子が慌てて叫んだが、遅い。
「貴様は今、彼女を捨てただろう? 拾う権利があるのは私だけだ」
ジークハルトは冷たい視線で王子を射抜くと、鼻で笑った。
「感謝するぞ、愚かな王子よ。おかげで私は、世界最高の至宝を手に入れることができた」
それだけ言い残し、彼は嵐のように去っていった。
私を抱えたまま、堂々と。




