第16話 光あれ、と聖女は言った
帝国生活2週間目。
離宮での引きこもりライフも板についてきた。
お風呂は完璧。食事も自分で作れるようになった。こたつも再現した。
あとは、一日中好きなだけ研究して、好きなだけ寝て、好きなだけミカン(温室栽培の成果)を食べる生活だ。
……一つだけ、問題があった。
「暗い」
夜になると、離宮は松明とランプの光しかない。
手元が見えない。
魔石の加工は精密作業だ。暗がりで術式を刻むと、ミスが起きる。
昨夜も魔石に傷をつけてしまい、1日分の作業が台無しになった。
それに。
昨日、本城でジークハルトの執務室を覗いたら、松明の薄暗い光の中で書類の山と格闘していた。
目を細めて文字を読んでいる姿が、なんだか痛々しかった。
……別に、気にしたわけじゃないけど。
ともかく。21世紀の人間に、この暗さは無理だ。
「これは何とかしないと……」
21世紀の人間にとって、暗い環境での作業は生産性の敵だ。
電気がないなら、作ればいい。
いや、電気ではなく、光を作ればいい。
◇
私は手元にある小さな魔石を取り上げた。
太陽魔石の変種――「光魔石」だ。
通常の光魔石は、魔力を注ぐと短時間だけ強い光を放つ。
松明の代わりに使われるが、消費が激しく、長時間の使用には向かない。
私がやろうとしているのは、この光魔石の出力を「安定化」させることだ。
強烈な一瞬の閃光ではなく、柔らかく持続的な光。
太陽光に近い色温度で、目に優しく、長時間使っても疲れない照明。
前世で言うところの、LED照明だ。
術式の設計に取りかかる。
まず、光魔石の出力カーブを分析する。
通常は「一気に放出して消える」という直線的な出力だが、これをフィードバックループに組み替える。
(出力の10%を再充電に回す循環術式……これなら、魔石が枯渇する前に自己補充が間に合う)
帝国の高純度魔石なら、この循環効率を極限まで高められる。
理論上、1個の魔石で数十年は持つだろう。
次に、光の質を調整する。
色温度4000K前後――暖かみのある白色光だ。
青味がかった冷たい光では落ち着かないし、赤味が強いと作業には不向きだ。
さらに、明るさを段階的に調節できる調光機能を組み込む。
「完成」
私は加工した光魔石をランプスタンドにセットし、術式を起動した。
パッ――と、柔らかな光が部屋に広がった。
「……おお」
暗かった作業室が、昼間のように明るくなった。
しかし、太陽光のような眩しさはない。
まるで曇りの日の自然光のような、目に優しい光だ。
壁に作った調光パネルに触れると、光の強さが変わる。
最小にすれば枕元のナイトライト、最大にすれば手術室並みの明るさ。
「これで夜でも作業できるわ」
私は満足して頷き、作業室だけでなく、離宮全体に光魔石ランプを設置した。
玄関、廊下、リビング、寝室、浴室。
松明の煤で汚れることもなく、火事の危険もない。
消費魔力は従来の松明の1/100以下。
離宮が、文字通り「光の城」になった。
◇
その夜。
暗闇に包まれた帝都の中、西の離宮だけが煌々と輝いていた。
「何あれ……!」
「離宮が……光っている……!?」
「火事か!? いや、炎の色じゃない……なんだあの光は!」
夜間巡回中の兵士たちが、離宮を指差して騒いでいた。
帝国の夜は暗い。松明とランプの弱々しい光だけが頼りだ。
その中で、離宮だけが昼間のように白く輝いている。
報告を受けたヘルガが飛んできた。
「アリス様! 一体何を……」
「照明を作ったの。暗いと研究できないから」
「これは……すべて魔石で?」
「うん。光魔石に循環術式を刻んで、持続型の照明にしたの。消費魔力はほぼゼロよ」
ヘルガは壁に設置された光魔石ランプを食い入るように見つめた。
そして、彼女の頭脳が回転し始めた。
「……アリス様。この照明装置は、量産可能でしょうか」
「術式のパターンを複製すればいいだけだから、素材さえあれば」
「もし、これを城壁の上に設置したら……夜間でも城の周囲を照らし出せますか?」
「え? まあ、出力を上げれば」
ヘルガの目が、またあの「軍略家の目」になった。
「帝国の防衛における最大の弱点は、夜間の視認性です。敵の夜襲に対し、我々は松明の範囲内でしか対応できません。しかし、この照明があれば――」
「夜が昼になる、ってこと?」
「まさにそのとおりです。夜戦の概念そのものが覆ります」
……また軍事転用の話だ。
私はただ手元を明るくしたかっただけなのに。
翌日、ジークハルトが参謀たちを引き連れて離宮を視察しにきた。
「これが、アリスの作った照明か」
彼は光魔石ランプを見上げ、術式を解析した。
「……循環型の持続照明。しかも色温度まで調整されている。消費魔力がほぼゼロだと? 従来の技術では不可能な領域だぞ」
「そう? 普通に作っただけだけど」
「『普通に作った』でこれか……」
参謀長が口を開いた。
「陛下! この照明を城壁全周に配備すれば、夜間防衛力が格段に向上します! さらに、前線拠点に設置すれば、夜戦における我が軍の優位性は――」
「分かっている。すぐに導入計画を策定しろ」
「はっ!」
……。
あの、私の照明が軍事兵器扱いされてるんですけど。
ただの卓上ランプなんですけど。
「アリス。貴様はどこまで私の帝国を高みに連れていくのだ」
ジークハルトが感動したように呟いた。
うっとりとした目で私を見ている。
「ただ部屋を明るくしただけなんだけど……」
「その『ただ明るくしただけ』が、帝国の軍事戦略を根本から変えるのだ。やはり貴様は天才だ。いや、天意そのものだ」
天意って。
大仰すぎないか。
◇
数日後。
帝都全体に、噂が広がった。
「皇妃様が、光を創り出す術を発明された」
「夜を昼に変える魔法……聖典に記されている『光の奇跡』そのものではないか」
「聖女が帝国に光をもたらした……」
城下町を歩くと、住民たちが私を見て跪こうとする。
怖い。
やめてほしい。
「ヘルガ、なんかみんな拝んでくるんだけど」
「帝国の民は敬虔な信仰を持っております。『闇を払う光』は、聖典における聖女の象徴です」
「ただのランプだよ?」
「ただのランプが、暗闇に生きる民にとっては奇跡なのです」
ヘルガは淡々と説明した。
帝国の冬は長く厳しい。日照時間は短く、夜は暗く冷たい。
その暗闇を文字通り照らし出す存在が現れたのだ。
彼らにとっては、聖女と呼ぶに値する出来事なのだろう。
……理解はできる。
でも、聖女じゃないんだよなあ。
ただの手元が暗くて困ってた引きこもりなんだよなあ。
こうして、帝国での「勘違い聖女伝説」は、さらに加速していった。
……私はそれを知らない。知る気もない。
今夜も、こたつでミカンを食べながら、次の研究の設計図を描いているのだから。




