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第12話 皇帝陛下は過保護すぎます

 翌朝。

 私は久しぶりに、死ぬほど熟睡した。


 理由は簡単だ。

 昨晩、離宮の一室を寝室に仕立て、王国から持ち込んだ低反発スライムクッションを敷き詰めたのだ。

 壁の隙間は即席の断熱魔術で塞ぎ、室温は24度に固定。

 雨漏りする天井には防水結界を張った。

 完璧とは言えないが、一晩の突貫工事としては上出来だ。


「ふあ……よく寝た」


 あくびをしながら寝室のドアを開けると、廊下に人影があった。

 ジークハルトだ。

 壁に背を預け、腕を組んで目を閉じている。


「……おはよう」

「おはよう、アリス。よく眠れたか?」

「うん。……あんた、まさかずっとここにいたの?」

「当然だ。昨夜は初めての場所だろう。万が一のことがあっては困る」


 この男、私の部屋の前で一晩中張り番していたらしい。

 皇帝が、だ。

 廊下の石畳で。


「……寝てないの?」

「私は3日程度の徹夜なら問題ない」

「人間の規格じゃないわね」


 呆れ返っていると、バタバタと足音がして、ヘルガがやってきた。

 彼女は廊下に佇むジークハルトを見て、一瞬固まった。


「……陛下。まさか、ここで一晩を?」

「ああ」

「……そうですか」


 ヘルガは深いため息をついた。

 あとで聞いたところ、ヘルガは帝国初の女性侍従長らしい。

 ジークハルトが実力で抜擢した人事だとか。

 なるほど。だから彼に率直に物を言えるのか。


「陛下、本日は朝から元帥府との会議、その後は貴族院(ヘレンハウス)への報告、夕方には南部辺境の報告書の決裁がございます」


 多いな。皇帝って大変だ。


「……ああ、そうだったな。アリス、朝食はこちらで用意させる。少し待っていてくれ」

「別に待ってないから、さっさと行って」


 私に追い払われるように、ジークハルトは渋々と本城へ戻っていった。


 ◇


 朝食は、ヘルガが手配してくれた。

 テーブルの上に並んだのは――黒パン、塩漬け肉、チーズ、そして薄い灰色のスープ。


 ……。


 私は黒パンを一切れ齧った。

 硬い。そして酸っぱい。

 塩漬け肉を口に入れる。

 しょっぱい。ただひたすらにしょっぱい。

 スープを一口だけ啜る。


「……味がない」


 塩水を薄めたような味だ。

 いや、味というか、「味の不在」がはっきりと主張している。


「帝国では質素な食事が美徳ですので」


 ヘルガが淡々と言った。

 ……道理で味がしないわけだ。

 「美味しいもの食べたい」=「軟弱」。

 この国、食文化は死んでいる。


(……まずい。これはまずい。物理的に)


 3日はもつ。

 いや、5日はもつかもしれない。

 でも、1週間はもたない。

 このまずい食事を一生続けるなんて、拷問だ。

 死刑よりつらい。


 私の脳内で、「キッチン改革計画」のフラグが立った。


 ◇


 朝食後、ヘルガに頼んで宮殿の中を案内してもらった。


「こちらは大広間。公式の式典や舞踏会が催されます」

「ふーん」

「こちらは武器庫。帝国が誇る魔剣や神具が保管されております」

「へえ」

「そしてこちらが宝物庫です。歴代皇帝が集めた至宝の数々が」


 ヘルガが重たい扉を開けると、そこには目がくらむような光景が広がっていた。

 金貨の山、宝石の山、美術品の山。

 ……しかし、私の目は別のものに釘付けになった。


「あれ。あの棚の上にあるの、なに?」


 宝物庫の片隅、目立たない場所に無造作に置かれた鉱石。

 一見するとただの石だが、内部に渦巻く魔力の密度が尋常ではない。


「ああ、あれは未加工の天然魔石(ヴァージン・ストーン)です。純度が高すぎて、通常の加工では爆発する危険性があるため、保管のみに留めております」

「……その純度、計測値は?」

「最終測定時で、純度98.7%でした」


 私は息を呑んだ。

 王国で手に入る魔石の純度は、よくて70%。

 私が離れで使っていた特注品ですら85%が限界だった。

 98.7%だと?


「これ、もらっていい?」

「……は?」

「この魔石。もらえない?」


 ヘルガは口を開閉させた後、慎重に答えた。


「それは……陛下のご判断になりますが。あの魔石は帝国の国家財産であり、軍事転用の可能性もあるため――」

「ジークハルトに聞いてみるね」


 その日の夕方、離宮を訪れたジークハルトに聞いてみた。


「あの宝物庫の魔石、もらっていい?」

「好きなだけ持っていけ。宝物庫にあるものは全て貴様のものだ」


 即答だった。

 ヘルガが遠い目をしている。


「陛下……あの魔石は国家財産で——」

「アリスの方が国家より重要だ」

「……」


 ヘルガは無言で頭を下げた。

 その表情は「この方の教育係が必要です」と訴えていた。


 ともあれ、最高純度の魔石を手に入れた。

 これで、あの実験もできる。

 この実験も試せる。

 ああ、素材の宝庫だ。

 帝国に来て最初にして最大の収穫かもしれない。


「ありがとう、ジークハルト。大事に使うわ」

「……ふ。宝石には見向きもしなかったくせに、未加工の魔石には礼を言うのか」

「だって宝石は綺麗なだけじゃない。でも魔石は役に立つもの」


 ジークハルトが黙った。そして一言。


「やはり貴様は……面白い」


 そうですか。

 私は魔石を抱えて、意気揚々と離宮へ戻った。

 後ろでヘルガが「あの魔石、城一つ分の価値があるのですが……」と真顔で呟いていたのは、聞こえなかったことにした。

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