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サイアク  作者: 雑魚犬屋
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51/58

5-8 逆蟲

 8月2日。

 昨日に引き続き、命力操作の訓練は続いた。

 箒だけじゃなく、刀や盾、ぬいぐるみや風船など、とにかく様々なものに命力を込める。それが一番適切な訓練らしい。

 そして現在、俺は水が入っているコップに命力を注いでいる、が。

「っ……!」

 パキッと無機質な音が訓練室に響き渡ると同時にコップが割れ、水とガラスの破片が指の間から落ちていく。

「あーまた壊した」

 ゲノムさんはポッケに手を入れながら、なぜか嬉しそうに笑う。

「コップに命力流し込むの難しいですよ……」

「まぁガラス容器がそもそも弱いからねー。モノに命力を流し込みすぎると、器に限界がきて壊れる。これ常識だからね」

「知らない常識」

「肉体も同様だからね〜。四肢がやってたみたいに、命力を肉体に流し込みすぎると、その肉体が壊れちゃうよ」

「それは十回くらい聞きました」

 ゲノムさんは昨日から口酸っぱく同じようなことを言っている。

「言うよ。だってそれで事故って死んだ隊員たくさん見てきたし」

「こっわ」

 ゲノムさんはあっけらかんと言い放つが、その瞳には影が差していた。

「……てか、大阪の『デザイア』は探しに行かなくていいんですか?」

 一昨日、大阪に『デザイア』反応があった。俺達の次の任務はその『デザイア』探しの筈なのだが、昨日から訓練ばかりだ。

「あー……本当はダメだけど、大阪の『デザイア』の反応があまりにも微弱でさ、しかも一回しか反応なくて……探そうにも探せないの」

「俺のセンサーは?」

「暁理が『デザイア』の場所わかってたら、訓練放って大阪行くでしょ。今ここにいるのが、暁理のセンサーが反応していない証拠」

 ゲノムさんはウインクをしながらそう断言する。

「ぐぬぬ……」

 図星。実際、俺の中の『デザイア』センサーは一切反応してない。なんなら、最初の反応すら感じ取れていない為、探しに行こうにも、ただ大阪観光するだけの高校生になってしまう。つまり、俺達は大人しく訓練を受けるべきなのだ。

「あー! また割れた!」

「……難しいです」

 訓練室に、槍華とシロアの嘆きとコップが割れる音が響き渡る。二人もコップに命力を流し込む訓練中なのだ。

「お前ら下手くそだな」

 戒刃は俺達三人を眺めながら、コップに命力を流し込んでいる。ドヤ顔で。殴りたい。

「はぁ……これじゃあ次にいけないぞ?」

 戒刃が煽るようにため息を吐くと、ゲノムさんがニヤニヤしながら戒刃に話しかける。

「えー? 戒刃もこれ、零奈に教えてもらうまで全く出来てなかったじゃん」

「黙ってください」

 ゲノムさんの言葉に、戒刃の声が堅く冷たくなる……てか、零奈?

「零奈と!?」

「ほら、零奈キモオタが寄ってきた」

「誰がキモだ!」

「オタクは自覚するんかい」

 戒刃は腕を組みながら語る。

「俺がサテライトに入った頃に、零奈に命力操作を教えてもらってたんだよ。それだけだ」

「二人っきりか!?」

「あぁ、そうだが……お前やばいぞ。目がガンギまってる」

 戒刃は顔を青ざめながら半歩後ろに下がる。

「二人っきりって……」

 本能的に、頭を抱えて膝を落とす。

 クソッ……素直に羨ましい。

「……大丈夫ですか?」

 シロアが俺の背中を柔らかくさする。優しい。

「……」

 実は、全然大丈夫じゃない。

 昨日、俺にとって零奈がどれだけ大切か、改めて自覚した。俺を構成する為に最低限必要なものが、空気、水分、食料、そして零奈になってきているのを理解した。

 そのせいか、想像してなかったぐらい、零奈が恋しくなってしまっている。しかも、零奈と会えない、話せない状況がもうすぐ一ヶ月になるのだ。6歳から零奈と一緒にいて、こんなに会えなかったのは初めてだ。禁断症状が出てもおかしくない。

 クッソキモいのは重々承知。それはそれとして、零奈ともう一度だけ会いたい。話したい。

「……ッ」

「……お腹痛いですか?」

 シロアは背中をさすりながら、そんな優しい言葉を投げかけてくれる。

 嗚呼、なんて優しいのだろう。ただのキモオタにかけていい優しさじゃないよ。

「あ、そういえば昨日言ってた真弓と雷矢。影本家のことだけど」

 ゲノムさんがこの澱んだ空気を察してくれたのか、話題転換をする。

 真弓と雷矢の件とは、二人の父親が母親を殺した。しかし、実は母親を殺したのは真弓なんじゃないか、という件だ。

「調べてくださったんですか?」

 戒刃はゲノムさんへ顔を向けながら、淡々と言う。

「うん。それで、サテライトが調べた結論は、父親が母親を殺した。真弓が殺した、なんて事実はないよ」

 ゲノムさんは静かに、しかし確固たる自信を込めた言葉を落とす。そして、白衣を揺らしながら言葉を続ける。

「その佐藤って奴が言ってた事、嘘だと思うよ」

「サテライトが間違ってる可能性は?」

 槍華があっさりと問いかける。こいつ怖いものなしか?

「当然あるけど、サテライトの調査力なめるなよ〜?」

 ゲノムさんはニヤニヤとしながら槍華に言い放つ。

「……じゃあ、あの噂は嘘か」

 俺は立ち上がりながら、無意識に零す。

 佐藤が言っていた、真弓が人殺しなのは嘘。

 その事実に俺は胸を撫で下ろす。

 よかった。彼女は地獄(こっち)には来ていないんだな。本当によかった。

「あ、そうだ。暁理、四肢を尋問してて分かったんだけどね?」

「尋問て」

 ゲノムさんが、あっさりと言い放つがスルーできるわけない。そんな世間話みたいに尋問の話されても困る。あと四肢生きてたんだ。

「あいつ『逆蟲(アン・ゾウル)』のやつだった」

「……あん・ぞうる?」

「あぁ。日本語では『逆蟲(さかむし)』と言う」

「酒蒸し?」

「逆さに蟲だ」

 戒刃がため息混じりに言葉を続ける。

「逆蟲は数多くのある異世界で、最も勢力を増している犯罪組織。殺人はもちろん、強盗や違法売買……あとは、言うのが憚れるような悪行ばかりのクズ共だ」

 戒刃は顔を曇らせ、言葉を再び訓練室に落とす。

「お前とシロアがいた建物。あそこの人間達は逆蟲に請負されてた下部組織だ」

「そうなの?」

 初耳……いや、そういえばあの建物にいたときに、シロアからあの建物にいた人間達は『アン・ゾウル』の下請けだと教えてもらった気がする。

「……」

 俺はシロアの方へ顔を向けると、そこにいた彼女は平然を装っているが、顔は確かに青ざめていた。

「……大丈夫?」

「っ……は、はいっ……」

 シロアはそう答えるが、その様子は明らかに大丈夫ではない。さっきの俺の零奈発作とは違い、トラウマを引き起こさせた、パニックのようなものに見える。

 念のため、俺はシロアの側に移動して、彼女が倒れたりしても大丈夫なように準備する。

「……」

 シロアは何も言わず、長い前髪を弱々しく靡かせた。

「逆蟲ってそんなにどこにでもいるの?」

 急に、槍華が何事もなかったかのように問いかける。この空気を読んだのか、ただの天然か。多分後者だ。

 その問いに、戒刃は淡々と答える。

「いる。ゴキブリみたいにいるぞ」

「きも〜」

「お前の顔の話か?」

「死ね〜」

 槍華は笑いながらそう言い放つが、その目は笑っておらず、微かに殺気が感じ取れる。

「それで───」

 ふと、ゲノムさんが開いていた口を閉じ、顔が顰める。そして、耳元を人差し指と中指で押さえ、何かを聞く仕草をした後、淡々と言い放つ。

「緊急。四人に対応してほしい任務ができた」

「任務?」

「うん。大阪の『デザイア』が動き始めた」


 ――――――――


 そこは、ある商業施設の地下駐車場。

 俺達は『デザイア』の反応があると連絡を受けた場所に辿り着いた。

 先に到着していたサテライトの隊員が既に人払いを済ませており、人が侵入しないように結界も張っていた。

「……いた」

 結界の中に入ると、そこは『デザイア』の拒絶反応により侵食された二十人程度の人間達の群れ。

 その人達は例外なく、全ての人に真っ白な()()が装着され、その心臓部には貫かれたかのような大きな穴が開いている。

 その異常な現実に共鳴するかのように、体内の『デザイア』のセンサーは五月蝿い程に反応している。

「……あれは、生きてるのか?」

 槍華が困惑と動揺を混ぜたような声色で問いかける。

「見てわかるだろ、手遅れだ」

 戒刃は淡々と、事実を述べる。

 戒刃の言う通り、あれはどう足掻いても手遅れ。しかも、あれが『デザイア』により起こったことならば、他の一般人に危害を加えるかもしれない。

 ならは、やることは一つ。

「弔ってやるぞ」

 俺は『レッド・デザイア』を起動させる。

 鎧躯で四肢に黒い鎧を纏わせ、救焔を噴射させる。

 シロアは錫杖を召喚し、戒刃は体内から刀を取り出し、槍華は翡翠色の槍を顕現させる。

 それが大阪での初戦闘であり、既に奴らの術中だった。

お読みいただきありがとうございます。

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