5-9 地下駐車場での戦闘
ある商業施設の地下駐車場には、真っ白な仮面を付け、心臓部に穴を開けた二十人程の人間の群れ。その中には腕がありえない角度に曲がっている者や、下半身が折り畳まれ上半身のみで這いずっている者までいる。
彼らは『デザイア』に侵食された元人間であり被害者。
「戒刃、あれって侵食者だよな?」
「恐らく」
侵食者とは、その名の通り『デザイア』に侵食された者たち。
俺のような適合者との違いは、『触れた時の結果』だ。
適合者が他人に触れても、『デザイア』の拒絶反応は起こらない。
一方で、侵食者は他人に触れた場合、『デザイア』の拒絶反応が起こる。
命術使える人間は、肉体の強度が違うため耐性があるが、この世界の一般人で命術を使える人間は殆どいない。つまり、触れただけでほぼ確実に死亡。死を免れたとしても、通常の社会生活復帰は不可能。
「……」
俺は両手を前に出して、拳を握る。
侵食された彼らを早く弔ってやること。それが俺達に課せられた任務であり責務だ。
俺は両脚から救焔を噴射させ、侵食者達を殺そうとした。
その時。
「そんじゃ、一番槍行きま〜す!」
その叫びが地下駐車場に響き渡ると同時に、槍華が地面を蹴る。一瞬の跳躍で、槍華は彼らに距離を詰める。
「えっ」
俺の間抜けな声が落ちた瞬間、翡翠色の槍から風が巻き起こり、侵食された人間達へ向けられ───
「『風絶槍』!!」
槍華は命術の名を叫びながら槍の穂先を向けて突進し、彼らの群れに大きな風穴を開ける。
「ッ……!」
目も開けられない程の暴風が地下駐車場内に荒れ狂い、彼らは地面や壁、柱に衝突して力無く倒れる。
その攻撃で十人程度の侵食者達は、白い仮面が溶けていき、そのまま動かなくなる。
「やったか!?」
「それ自分で言わねぇんだよ」
反射的にツッコミを入れてしまうが、槍華の特攻で半分は弔うことができた。
槍華の命術『風絶槍』は、穂先から発生する風があらゆるモノを拒絶する。
つまり『触れられない』という結果を生み出す。
拒絶は肉体や物体だけでなく、その特定の空間も対象。特定の空間を拒絶し、『触れられない』結果を生み出す事で、その空間から反射させられる。その特性を利用して高速移動をする事もできる便利な能力。
とにかく、あいつの特攻は普通に危なかったが結果オーライ。あとは、残りの半分を倒すだけ。
そんな呑気な事を考えていた時。
「避けろッ!」
戒刃の切羽詰まった叫びが響き渡る。
同時に、白い仮面を被った侵食者達が槍華に襲いかかる。
「ヤベッ!」
槍華がそう叫んだ瞬間。
俺が咄嗟に拳を握り、迎撃体制を整えようとした瞬間。
「『夜紅』」
戒刃が呟くと、握る赤黒い刀の刀身が伸びる。
そして赤黒い斬撃が、流星の如く一直線の軌道を描き、侵食者達の肉体を切断する。
「急に飛び出すな。死ぬぞ」
戒刃は刀身を本来の長さに戻しながら、赤黒い刀身を鈍く輝かせる。
戒刃の命術『刃威』は、剣や刀を変形させる能力。
先ほどのように単純に刀身を伸ばしたり、曲げたりする事はもちろんのこと、刀を戒刃の肉体と同じ物質にして、体内に埋め込む事も可能らしい。つまり、戒刃の肉体は多くの剣や刀が内包されている。
戒刃が持っている刀の『夜紅』は、彼の肉体に埋め込んでいた刀の一本で、その刀にも命術が刻まれている。つまり戒刃は実質、命術複数持ちなのだ。ずるくね? こいつ。
ちなみに、『夜紅』の命術は『因果の否定』らしい。前に聞いたけどよくわからなかった。
「すまん!」
槍華がパチンッ! と音を立てて両手を合わせると、戒刃はため息を吐いて応える。
「あのなぁ……そうやって特攻して自滅した奴、55,000人は見てきたぞ」
「大阪ドームの最大収容人数じゃん」
「ここ大阪だからそのボケしたの?」
「ボケてねぇよ」
戒刃のそのツッコミにケラケラと槍華が笑う。戒刃ってたまに天然ボケ出るよな。
「……まだいるな」
ふと、戒刃がそう言いながら柱の向こうへ顔を向ける。
そこには、柱の陰に隠れていた、おぼつかない足取りの侵食者が四人。
戒刃と槍華が侵食者の大半を倒したんだ。残りは隊長の俺がやるべきだ。
「おっし、あれは俺が───」
そう言いかけた瞬間。
「『星撃』」
シロアの錫杖から、黄金を纏った四本の白い光線が射出され、侵食者達の顔面を貫いた。
顔面を喪失した侵食者達は、電池が切れた玩具のように地面に倒れる。
「……ふぅ」
シロアはその光景を確認して、安心したように息を吐く。
これで全ての侵食者を弔う事ができた。一件落着……あれ? 俺、何もしてなくない?
「……シ、シロア、ありがとう」
「いえ」
シロアは俺の言葉にふわりと優しく微笑む。
その隣にいた戒刃は腰に手を当てながら呆れたように言い放つ。
「……お前、何もしてなくない?」
「言うな」
図星なんだよ。
そんな事を思いながら、目線をシロアへ向ける。
すると、シロアの左手の指が一本もない事に気がつく。
「……指、大丈夫?」
「あ……はい」
シロアはそう言うと、左手の指が少しずつ、生えるように再生していく。
シロアの命術『星の贄』は、命力と自身の身体を代償に、光線や白炎、結界や盾などを顕現させる事ができる。通常、身体を損失させる事は、デメリットの方が大きい。
しかし、シロアは再生する肉体を持つ為、肉体の損失というデメリットを踏み倒して『星の贄』を使用する事ができる。だから、ゲノムさんはこの命術がシロアに適してると思い、教えたらしい。
「……」
しかし、再生するとはいえ、戦うために肉体損失させるのは心が痛む。
彼女の再生する肉体を利用するのは、シロアをあの檻に閉じ込めていた、あの建物にいた逆蟲の連中と一緒ではないのか? と思わざるを得ない。
「……おい、今は余計なこと考えるな」
戒刃は呆れたように強く言い放つ。見透かされていた。
「あ……ごめん」
「とりあえず、地下駐車場にいたサテライトの隊員に報告するぞ。あの人がこの現場の結界張ってるからな」
「お、おう……」
「戒刃が隊長みたい〜」
戒刃の的確な指示に槍華があっけらかんと呟く。その発言は魂に効く。
俺達四人はそのまま、地下駐車場の出口に向かおうと、足を動かす。
そんな時だった。
地下駐車場の奥から、人影が見えた。
「……誰だ?」
反射的に言葉が漏れる。
その人影は2mほどの身長で、Tシャツから見える皮膚は赤く、頭部からは二本の鋭い角が生えていた。
その姿を形容するなら、鬼だった。
「おぉ……お前らサテライトか!」
鬼の姿をした大男は、低く軽快な声を放ちながら、俺達へ近づいてくる。その右手に握られていたのは、入り口にいたサテライトの隊員の頭部。
「……」
俺だけじゃない。シロアも戒刃も槍華も確信しているだろう。
あの入り口にいた隊員は殺された。そして同時に、目の前にいるこいつは敵だと。
「おい、お前何者だ? この人達はお前がやったのか?」
戒刃が大男への牽制のように、侵食者達を指差しながら、敵意を込めた言葉を放つ。
すると、大男は弾んだ声で答える。
「ん〜? いや、これは俺の雇い主がやった事だ。俺は特になにもしてない」
「……お前の手にいるその人は?」
「あーこれは俺がやったよー?」
大男は頭部を床に落として、両手をポキポキと鳴らしながら言葉を続ける。
「俺はお前らを殺しにきた。仕事でな」
「……殺しに?」
「ああ。俺は逆蟲の鬼兵だ。よろしく」
大男、もとい鬼兵は嬉々として言い放つ。
「っ……!?」
言葉が詰まる。
アン・ゾウルという事は、こいつはゲノムさんが言っていた、犯罪組織の一員だ。
シロアを傷つけ、槍華とその友達を傷つけた、犯罪者。
その事実に、俺は身体が一瞬強張る。
「じゃあ……やるか!」
瞬間、鬼兵の弾んだ叫び声が地下駐車場に響き渡ると同時に、鬼兵の肉体が膨張していく。
Tシャツは破れ、地面は割れ、赤い肉体から軋む音が聞こえる。
5mを悠に超えたその躯体を直視して、戒刃が声を上げる。
「戦闘準備!!」
戒刃の叫びを掻き消すように、鬼兵は嬉々として叫ぶ。
「邪魔が入る前に、お前らを殺すのが今日の仕事なんでな!!」
鬼兵はそう叫びながら跳躍し、丸太のように長く太い腕を槍華へ振り上げる。
あれに直撃したら、間違いなく深傷を負う。
「こいっ!!」
槍華は逃げる事はせず、風絶槍の穂先を鬼兵に向ける。
なぜなら、それは最適解だからだ。槍華の『風絶槍』の穂先に当たれば、鬼兵の拳を拒絶し、カウンターを決める事が出来る。
つまり、槍華の行動はなにも間違っていないと、そう思っていたが。
「なんてな」
鬼兵は拳をパッと離し、『風絶槍』の穂先を避けて槍華の真横まで腕を伸ばす。
「ちょっ……!?」
槍華は『風絶槍』を避けられ、焦燥を滲ませる。
それを嘲笑うかのように、鬼兵は槍華の肉体を平手打ちで、張り飛ばす。
「グッ……!!」
槍華の呻き声が零れた次の瞬間には、彼はコンクリートの壁に叩きつけられた。
「槍華ッ!!」
「あの馬鹿ッ……!」
戒刃がそう叫びながら跳躍。
鬼兵がそれに気がつき、戒刃を左腕で薙ぎ払おうとする。
「邪魔だ」
しかし、それよりも疾く、戒刃の『夜紅』が鬼兵の左腕を斬り落とした。
「痛いなぁ」
しかし、鬼兵は腕を斬られても、その顔には明確に余裕が見えた。
瞬間、斬られた断面から筋肉繊維が伸び、斬られた左腕に絡みつく。そして、斬られた事実などなかったかのように腕は結合された。
「なっ……!?」
「お返しだ」
鬼兵がそう軽快に言うと同時に、もとに戻った左腕で戒刃を薙ぎ払う。
「だっ……!」
戒刃は『夜紅』で防御体制を取るものの、そのまま殴り飛ばされ、柱を貫通して遠くまで飛ばされる。
「戒刃ッ!!」
「『星撃』!」
瞬間、シロアが黄金を纏った白い光線を放ち、鬼兵の赤い肉体に衝突する。
「お〜……痛いし痒いよ〜」
しかし、鬼兵は頭をかきながら、わざとらしく言い放つ。
肉体からは煙が上がっているもの出血はなく、肉体を貫通もしていない。
さっきの戒刃といい、今のシロアといい攻撃が効いていない。
それでも、やるしかない。
「今だ……!」
俺はシロアが作ってくれた隙を利用して、鬼兵の顔前まで一気に飛行する。そして、鎧躯の黒い鎧で構築した右腕に救焔を纏い、業雷で強化した膂力で、鬼兵の顔面を全力で殴る。
───ドゴンッ!
鈍く重い音が、地下駐車場に響き渡る。
「おいおい、超痛いぜ〜」
鬼兵はわざとらしく痛がるような声を出す。
「クソッ……」
やっぱり効いてない。俺の攻撃も効かない。
ただの攻撃じゃダメだ。もっと強い攻撃をこいつにぶち込まないと。
「お返ししちゃおっかな〜!」
鬼兵はそう言いながら、俺に殴りかかる。
「ッ……!」
俺は手脚から救焔を噴射させ、独楽のように身体を回転させ回避する。
「いいじゃん!」
それを見た鬼兵は、満面の笑みを浮かべて、再び腕を振り下ろす。
その猛攻を俺は躱わすことしかできない。再び攻撃へ移る程の隙がない。
「お前が『レッド・デザイア』だろ?」
鬼兵は殺気を帯びた拳を何度も振り下ろしながら、俺に話しかける。
「前の奴は滅茶苦茶強かったからな。ほんと、お前みたいな雑魚が『レッド・デザイア』持ってくれて嬉しいよ」
鬼兵の猛攻を掻い潜りながら、『前の奴』という言葉に引っ掛かりを覚える。
前の『レッド・デザイア』など、一人しかいない。
「前の奴って……零奈の事か!?」
「ああ。『レッド・デザイア』を殺せば、逆蟲内での俺の評価は圧倒的に跳ね上がる。でも前の奴、強すぎて殺せなかったんだよ。でもお前は弱いから、殺せる」
「死ぬかよ!」
俺はそう叫びながら、救焔を纏わせた脚で腹部を蹴り上げる。
しかし、鬼兵の肉体はびくともしない。
カウンターのように放たれる鬼兵の猛攻を再び躱しながら、言葉をぶつける。
「お前ッ……零奈が強かったから戦わなかったのか!?」
「ああ。だって嫌じゃん。強い奴と戦うなんて」
瞬間、救焔に纏われた脚を、鬼兵の手が掴む。焔などなかったかのように、いとも簡単に掴まれた。
「弱者蹂躙が、俺のモットーなんでな」
鬼兵は当たり前のようにそう言いながら、俺の身体を投げ飛ばす。
「ッ……!!」
ドゴオンッ! と鈍い音と同時に、俺の体躯はコンクリートの壁に叩きつけられる。
「ガハッ……!」
土煙の中、口から唾液と血液が反射的に吐き出される。
痛い。全身が割れたような鋭く重い痛みが身体中を疾る。
「まだまだぁ!」
その喜びを爆発させたような声と同時に、土煙の中から鬼兵が拳を握りながら現れる。
「しまっ───」
俺が両腕を盾のように前に組む。
しかし、それよりも速く。
「『穹星盾』!」
俺の前方に白い盾が顕現する。そして、鬼兵の拳はその盾に阻まれる。
「盾……はっ、つまんねぇなぁ!」
鬼兵はそう言いながらも、意気揚々と盾に再び拳を叩き込む。
この盾はシロアの命術だ。しかし、シロアの命術は肉体の一部を代償にする。ここまで高度な命術を使ったなら、ただの損失じゃ済まないはずだ。
俺はシロアがいた方向へ目を向ける。
「はぁ……はぁ……うぷっ……!」
そこには、右手で握った錫杖をこちらに向けて、口から大量の血液を吐き出していたシロアがいた。
やばい。あの様子、内臓を代償にしたのか……!
「邪魔だなぁ!」
鬼兵は玩具を与えられた子供のように、何度も何度も盾を殴る。
重低音が響く回数が増す毎に、白い盾にヒビが入る。
このままじゃ殺される。逃げないと。
けれど、投げ飛ばされたせいで、身体が軋んで動けない。
「死ねや!」
鬼兵が叫びながら『穹星盾』を殴ると、ガラスのように白い盾が割れる。
「───」
そのまま、流れるように拳が俺に叩き込まれる。
はずだった。
───バンッ!!
「ッだ!?」
突如、銃撃音と共に、鬼兵の肉体が光と共に飛ばされる。
「……え」
無意識に驚愕が漏れる。
今の攻撃はシロア? でも、さっきの光……稲妻みたいで……
「……またお前か」
鬼兵の言葉が落ちる。
それは、さっきまでの軽快なものではなく、苛立ちと不快感を混ぜた棘のある声だった。
「……あれは」
俺は銃撃音がした方向へ顔を向ける。
そこには黒いフードを被った、両手に拳銃を持つ人間。
「どうも」
フードの人間がそう言い放った瞬間、確信してしまう。
知っている。俺はその透き通った声を俺は知っている。
そして、反射的にその名が口から零れてしまう。
「雷矢……!?」
その言葉に共鳴するように、その人間はフードを外す。
そこにいたのは、短い金髪に碧眼と長い睫毛、そして青色の眼鏡をかけた男。
───影本雷矢だった。
お読みいただきありがとうございます。
残業ってこの世全ての悪じゃね?




