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5-6 箒の訓練

 8月1日。14時11分。

 福岡での『デザイア』争奪戦から一日後。

 俺達が集められたのは、無機質な白い壁と床で構成された、サテライトの訓練室。

 そんな部屋に俺・シロア・戒刃・槍華の四人が集められた。

「よし、それじゃこれ持って」

 そう言いながらゲノムさんが差し出したのは『箒』だった。

 木の棒に固そうなブラシ、某宅急便のやつだ。おちこんだりしても、げんきな魔女が跨ってるやつ。

「これから、四人にはこの箒で空を飛んでもらいます」

 ゲノムさんは四本の箒を順番に俺達に渡す。

「飛ぶんすか?」

 槍華がそう問いかけると、ゲノムさんは親指を立てニッコリと微笑む。

「そ、これは命力出力と操作を安定させる訓練」

「……随分と初歩的なことしますね」

 戒刃がため息混じりに呟く。

「まぁね。戒刃以外の三人が、命力出力と操作に難ありだから」

 ゲノムさんは一歩後ろに下がり、少しだけ申し訳なさそうに零す。

「暁理とシロアには、死なない為に戦闘訓練ばっかり叩き込んでたからね。順序が逆になっちゃった。ごめんね」

 そう言いながら、ゲノムさんは虚空から箒を取り出す。戒刃もやってた虚空から物を出し入れする技術なに? 怖いんだけど。

「そもそも命力ってなんですか?」

 ふと、槍華が首を傾げながら問いかける。そうだ。こいつ昨日サテライト入ったから、命力とかの基礎的な事、何も知らないんだ。俺もよくわかってないけど。

「命力っていうのは、生物に巡る生命力のこと。体力や気力、魔力や呪力、妖力やオーラの総称」

「あー……四肢もそんなこと言ってた気がする」

 槍華は『ぼけー』とした顔で零す。

「そして、その命力は命術のエネルギー源。命術は、槍華が使う槍みたいなもの」

「これすか?」

 瞬間、槍華の左手に翡翠色の槍が顕現する。翡翠色の槍からは、まるで何かが爆発したような風が湧き出る。

「うわっ! びっくりした」

「急に出すな!」

 俺と戒刃が驚きながら言い放つと、槍華はケラケラと笑いながら「あ、ごめん」と答える。こいつほんま。

「そうそれ。それが命術。じゃ、槍華しまって」

「はい」

 槍華はそう返事すると、一瞬で翡翠色の槍を消失させる。

「で、命術の使用には一定の命力出力が必要になってくるんだけど、槍華の場合はちょっとイレギュラーなんだよね」

「イレギュラー?」

「スポーツで例えると、ドリブルとかパスみたいな技術あるでしょ? それはその技術を頭でイメージして、次に体の使い方を覚えて、反復練習を繰り返して習得する」

「確かに」

 槍華が手をポンッと叩く。

「命術も同じ。習得したい命術をイメージする。次に命力の出し方、体への流れ方、操り方を理解して、反復練習を繰り返す。そして、技術が上昇していき、初めて命術を習得する。これが命術習得の基本の流れ」

「……なるほど」

 無意識に関心が溢れる。

 スポーツだけじゃなく、勉強とか、自転車の乗り方とかと一緒なのか。それなら、そこまで難しいことじゃないのかな。

「で、槍華の何がイレギュラーかって、四肢のせいなのよね」

 四肢。福岡で俺たちと対峙したスーツの男だ。

 戒刃の話によれば、彼の命術は『命力の増加』であり、彼に命力を流し込まれた人間は、命力の増加に肉体が耐え切れず、爆散してしまう。しかし、その命術を受けた槍華は、たまたま命術を習得してしまったらしい。

「四肢の命術で命力を増加させられた槍華の身体は、恐らく無意識に命術を目覚めさせたんだろうね」

「無意識?」

「そう、生きるために。命力の増加で肉体が爆散するよりも先に、命術を目覚めさせて、増加した命力の逃げ場を作った。たまにあるのよ。本能で命術習得しちゃう事」

「つまり俺って凄いってことっすか!?」

「そ。でもそこが問題」

 ゲノムさんは槍華に指を向けながら告げる。

「槍華は命術習得の過程をすっ飛ばしてる。命力の出し方、流れ方、操り方を習得していない」

「結果だけを求めてしまったってこと?」

「そう。槍華に足りないものは『真実に向かおうとする意思』だと思っている」

「真剣にやってくれませんかね」

 本能的に槍華とゲノムさんのやり取りにツッコミを入れてしまう。なんで急に五部の話してんだよ。戻ってこい。

「ちなみに、暁理もだよ。『レッド・デザイア』に覚醒したから命術が使えるだけで、訓練して命術を習得した人とは天と地の差があるからね」

 急に、ゲノムさんは俺に顔を向けて言い放つ。

 その声は槍華と話していた時とは違い、淡々と冷たい熱のような声色だった。

 な、なんか俺に厳しくない……?

「てなわけで、前置きが長くなりましたが、今回は命力操作の訓練です」

 ゲノムさんは箒を床と平行に持ちながら語る。

「命術は昔は『願魂術』って呼ばれててね。その名の通り、『魂の願いを叶える術』と信じられてきた」

 瞬間、ゲノムさんの周囲から風が湧き上がる。

「箒に命力を流し込む。そして願うの」

 ゲノムさんは一瞬だけ目を瞑り、告げる。

「『浮け』」

 瞬間、ゲノムさんの手から離れた箒がふわっと宙を浮いた。

「うおおおおお!! すげえええええ!!」

 その光景に、槍華が興奮しながら叫ぶ。元気だなこいつ。

「おい凄いぞ暁理! これ!」

「あぁ……うん」

 耳元で叫ぶ槍華の声が、頭にガンガン響く。うるさい。

「そんな興奮する事か?」

 ふと、隣にいた戒刃が呆れたように零す。

 反射的に戒刃へ顔を向けると、戒刃の目の前には箒が浮かんでいた。

「えええ!? 戒刃も出来るのか!?」

「当たり前だろ。初歩も初歩の命術だぞ。物を浮かせるの」

「すげえええ!!」

 そう叫ぶ槍華の目は星を塗したように輝いている。

 一方で、戒刃の目は宇宙の一番寂しい所をそのまま念写したように真っ黒。対照的な二人すぎる。

 ……てか、この箒を浮かせる命術。

「念動力みたいだ」

「お、御名答」

 俺がそう零すと、ゲノムさんが嬉しそうに答える。

「世界によって呼び方は違うけど、念動力みたいな浮遊の命術は訓練すれば誰でも使える。まあ戦闘で使えるまでの念動力使いは本当に少ないけどね」

「そうなんですか? 強そうですけど」

「昔は強かったよ。だから、今は常に対策されてる。念動力や浮遊の命術は、初歩的な命力操作の訓練とか、補助命術としてはオススメされてるけど、今からメインウェポンとして念動力を選ぶのは避けられてる」

「……命術に歴史ありなんですね」

「まあね。当然だけど、念動力を主軸として戦ってる人も沢山いるよ。でも、そこまで念動力を昇華させるには、暁理ならあと三百年必要かな」

「死んでます」

 ゲノムさんは俺の言葉に「そっか」と微笑む。

 その瞳は何故か遥か遠くを見ていたように感じた。まるで、本当に三百年先を見ているように。

「ま、とりあえずやってみな?」

 ゲノムさんは浮いた箒を掴んで、命術を解除する。

「……」

 とは言われても……やってみろで出来るなら苦労しない。

 とりあえず、命力を流し込んでみるか。

 俺は箒をギュッと握り、力をこめる。

「……」

 出来ない。浮かない。

 てか、命力ってどうやって流し込むの? そもそも、命力ってどうやって操るの? どうやって出すの?

 その訓練なのは分かってるけど、そもそも命力が体のどこにあるか分かんない……

「暁理は命力操作を『デザイア』に頼りきりだったからね。『デザイア』なしの命力操作は多分しんどいと思うよ〜?」

 ゲノムさんはニヤニヤと笑いながら言い放つ。

 つーか、俺って『デザイア』に頼りきりだったんだな……それすら分かってなかった。

「……シ」

 とりあえず、俺は同胞を探すために、隣にいるシロアに声をかけようとした。こんな難しいこと、誰もサクッと出来る訳ない。そう思っていた。

 しかし、そんな予想は簡単に外れる。

「……」

 シロアの目の前には、ふわっと浮いた箒が。

「……え?」

「あ、暁理さん……で、出来ました」

 シロアはオドオドとしながらも、少しだけ口角を上げている。そして、体をこちらに向けて、フードを被った頭をさりげなく差し出す。

 それはまるで、犬が投げたおもちゃを飼い主の元に持ってきた時のような動作。撫でろって事か? 

「……偉い偉い」

 俺はシロアの頭をフード越しに、恐る恐る撫でる。実際、一発で出来たのはめちゃくちゃ凄いと思う。

「……えへ」

 シロアは目を細めながら、嬉しそうに小さく零す。犬か?

「よっしゃあ!!」

 唐突に、背後から槍華の叫び声が聞こえる。

 俺とシロアは肩を大きく揺らす。そして、シロアの頭から手を離して勢いよく振り返る。

 そこには、箒を浮かしている槍華の姿が。

「見て! 出来た!」

「……えぇ」

 驚愕。それ以外の言葉が見当たらない。

「おお、凄いね二人とも。天才じゃん」

 ゲノムさんは顎に手を当てて、満足そうに微笑む。

「……おい、あとお前だけだぞ」

 戒刃がそう言いながら、俺に肘を二度当てる。

「わ、分かってる……」

 俺は箒に力を込める。とにかく、命力と思われるものを流し込む。

 しかし、箒はウンともスンとも言わない。

「……」

 十分が過ぎる。

「…………」

 二十分が過ぎる。

「………………」

 三十分が過ぎる。

「……とりあえず、補習は暁理だけかな」

 ゲノムさんはため息混じりにそう零す。

「……すみません」

「謝ることじゃないよ。あと三百年あれば出来る」

「死んでますって……」

 俺は肩を落としながら零す。

 ゲノムさんの向こうには、箒に跨って飛行するシロアと戒刃、槍華の姿が。

 戒刃が箒で飛行しながら、命力操作の指導をしている。

 つまり、シロアと槍華は命力操作の次のステップにいた。

「……っ」

 胃が痛くなる。この経験は何度もしたのに、慣れない。

 落ちこぼれで無能の俺は、学校でも習い事でも『出来ない』側にいた。そして、『出来る』側の景色を『出来ない』側から眺めていた。

「大丈夫よ。ゆっくりやっていけばいい」

 ゲノムさんはふわっと微笑み背中に手を当てる。

 勿体無い。その励ましは、俺には勿体無いですよ。

「……はい」

 俺はその優しさに応える為に、何度も箒に命力を流し込む。

 ゲノムさんや戒刃、シロアや槍華のアドバイスを参考にして、何度も何度も箒に命力を流し込む。

 

 そして、二時間後。

 結局、俺は箒を浮かせることはできなかった。

お読みいただきありがとうございます。

次回投稿、明日の5/9(土)です。

理由は書けたからです。

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