5-3 団欒の終わり
「みなさん、お待たせしました」
雷矢はそう言いながら、山盛りの唐揚げがのった大皿をテーブルに置く。
「すっご……」
その光景はまさしく圧巻。反射的に感嘆が漏れる。
テーブルにはシーザーサラダとアヒージョ、フライドポテトとウインナーに唐揚げ。そして、中心に置かれた大きなホットプレートには丁寧に盛り付けされたビビンバがあった。
「おお」
「おおじゃないが」
目の前の天国を見て槍華がそう零すと、戒刃が反応してペシっと頭を叩く。
「わー美味しそー! ありがと雷矢!」
「いえいえ」
真弓の透き通った声に雷矢は応えながら、タオルで手を拭く。
「シロアちゃんも、美味しそーだよね!! ねーーー!!」
真弓は腕の中にいるシロアを撫でながら、意気揚々と問いかける。
「……ぃ」
シロアは顔を真っ赤にして、目をぐるぐるとさせながら、小さな口からよだれを垂らし、腹の虫を鳴らしている。羞恥と空腹が混ざり合って、カオスが極まってる。
「それじゃ、みなさん座って」
雷矢はコーラをグラスに注ぎながら、着席を促す。
未成年にとっての酒であるコーラを用意してるとは、用意周到すぎてもう逆に怖いんだけどこの人。
「よしよし、それじゃ……」
槍華は素早く席に座り、グラスを持つ。
残りも席に座り、最後に座った雷矢がグラスを持った所を確認して。
「かんぱーい!!」
槍華の乾杯の声が上がると同時に、「乾杯」の弾んだ声と硬く透き通ったグラスの合わさる音がリビングに響いた。
俺はグラスを胸元に戻して、コーラを喉に流し込む。
瞬間、炭酸と甘味が激流のように体内に流し込まれる。それは、福岡で死線を越える戦闘を何度も繰り返した身体にはあまりにも劇物だった。
「……ぷはっ、うっま!」
「そこまで?」
隣に座る真弓はどこか嬉しそうに笑う。
「おい暁理! このビビンバめっちゃ美味いぞ!!」
槍華はビビンバを頬張りながら目を輝かせる。
「アヒージョもいけるな……酒呑みたくなってきた……」
戒刃は小皿に分けたアヒージョを口に運び、口端を上げながら零す。待て、酒? お前未成年だろ?
「ほら、シロアちゃんも食べて食べて!」
真弓はシロアに唐揚げやポテト、ビビンバを取り分けてシロアの前に置く。
「おいひぃ……おいひぃですぅ……」
シロアは感涙しながら、幸福に塗れた顔でご飯を頬張る。こいつ、飯食う時が一番幸せそうだな。
そう思いながら、俺も唐揚げを一口齧る。
瞬間、肉の旨味と油が口内を刺激する。
「うっま〜……」
これは感涙してもおかしくない。そのレベルで美味い。
「なんか、凄い美味しそうに食べてくれるな……」
正面にいた雷矢が嬉しそうに、同時に少し引いた様子でそう零す。
まぁ確かに、俺達四人全員オーバーリアクションな気がする。でも、それくらい美味いのだ。
「雷矢って料理上手いんだな」
戒刃がシーザーサラダを口に運びながら問いかける。
「うん、親がいなくて昔から料理してたからね」
一瞬、リビングの空気が静まり返る。
「そうか、凄いな」
しかし、その静寂を打ち破ったのは戒刃。彼は何もなかったかのように言葉をリビングに落とす。
気を遣っている様子はない。本当に、彼にとっては『親がいない』など普通だと言うような様子。
「いやいや、普通だよ」
雷矢は少し小っ恥ずかしそうに笑う。
「てかさ、2人は兄弟なの?」
槍華が唐揚げを口に運びながら問いかけると、真弓が明るく答える。
「うん! 双子!」
「マジ!? 似てないな!」
「二卵性だからね」
「一卵性が似てるんだよな」
戒刃がそう言い、雷矢も自然と会話に交じる。
「そうだね。一卵性でも似てない人はいるけどね」
シロアは、その会話にあまり交じることはなかったが、その会話を聞き目を細めながら、ご飯を頬張っていた。
それはきっと、何処にでもある談笑であり、なにも特別な事じゃない。そんな普遍的な時間は十分、二十分と過ぎてゆく。
「真弓って弓道部なの!? 弓使えるの!? すげー!!」
特に理由もなく、部活動の話になる。
槍華が目を輝かせながら真弓を誉めると、真弓は前髪を掻き上げて目を細める。分かりやすく調子に乗ってるよあの人。
「そ……かっこいいでしょ?」
「弓ってかっこいいか? 刀だろ」
ふと、戒刃がサラダを口に運びながら呟く。
「いやいや、槍でしょ」
今度は槍華が手を横に振りながら、自信満々に呟く。
それを見た真弓は、鼻を鳴らしながら口を開く。
「やっぱり男子は分かってないな。一番かっこいいのは弓!」
「弓とか距離詰められたら負けるじゃん。やっぱ刀なんだよ」
「いや槍な?」
「その前に射る! 飛び道具最強!」
「無理だろ、その矢すら弾けるぞ? 刀なら」
「いや槍もな?」
「無理でしょ!?」
戒刃と槍華、真弓はビビンバをつつきながら武器談議に花を咲かせていた。
実際、弓矢を刀や槍で弾けるのだろうか。テレビの企画とか検証動画とかありそう。
「刀が一番だ。異論は認めん」
「槍!!」
「弓だよ!! 雷矢もそう思うよね?」
真弓が味方を探すように雷矢に顔を向けると、雷矢は「また言ってるよ……」と呆れたような顔をして答える。
「いつも言ってるじゃん。一番は銃だよ」
「え〜!?」
真弓は仰け反りながら、分かりやすく不満を漏らす。
まさかの第四勢力。もう収拾つかない。
「弓より銃の方が強い。飛び道具界隈最強だからね銃」
「いやいや!! ビジュアル的に弓でしょ!? 和の心どこいったの!?」
「和の心より利便性だよ。実際、銃の登場で弓は使われなくなっていったし。弓は銃のいない時代に生まれただけの凡夫」
「うざ〜!!!!!」
雷矢のドヤ顔煽りに、真弓は顔を赤くして叫ぶ。
「おい、暁理は何派なんだ?」
「確かに」
戒刃と槍華がそう言いながら、期待の目をこちらに向けてくる。真弓も雷矢も反射的にこっちに顔を向ける。
「ふっふっふっ……」
待ってました。待たせすぎたのかもしれません。
刀も槍も弓も銃も全て等しく素晴らしい。それは間違いない。
しかし、足りない。お前達『ロマン』が足りないよ。
俺はグラスの氷をカランッと鳴らし、自信満々に告げる!
そう……俺の派閥は……!
「パイルバンカー!!」
「ない」
「架空武器は卑怯」
「失望した」
「帰ってください」
四人の絶対零度のような冷たい声が俺にぶっささる。
「待ってごめんって!!」
俺は両手を前にして弁明する。
しかし、もう取り返しのつかないぐらい皆の目が冷たい。
パイルバンカーだめ!? かっこいいだろ!! 架空という点も含めて!!
「もうここはシロアちゃんに決めてもらうしかないね」
真弓が呆れたようにため息をついて、シロアに問いかける。
大喜利みたいになっちゃった。
「えっと……私は……」
シロアは人と会話をするのが苦手だ。そんな彼女に強制的に発言権が回ってきている。さらに、5人の視線がシロアに集まるこの状況は、シロアにとって苦痛なのでは?
「あ、あのさ……シロアは……」
俺がシロアに助け舟を出そうとした。その時。
「……鎌です」
シロアは顔を赤くしながら、自身の流派を吐露する。
「鎌……大鎌?」
戒刃がそう言うと、シロアはフードで顔を隠して、コクっと小さく頷く。
「……いいな」
「わかる、ビジュ最高だよな」
「シロアちゃん凄い、これは負けたね」
「尊敬します」
4人から賞賛の言葉を貰ったシロアは、少し恥ずかしそうに、しかしどこか嬉しそうに頬をかく。
「……ねぇなんか俺と反応違くない?」
「そりゃそうだろ。鎌は全人類のロマンだ」
戒刃は自信満々に言い放つ。な、なんか納得いかない。
「パイルバンカーは?」
「死ね」
「死ね!?」
「あはは!!」
真弓の笑い声がリビングに響く。
にしても、鎌か。
「……」
シロアの言葉に、無意識に零奈のことを思い出してしまう。
零奈は鎧躯を構築し、黒い大鎌に変形して使用していた。
肉体を鎧躯に変換させる俺とは違う。彼女だから出来たこと。
思い出す。あの時の零奈の動作、温度、表情、声色、微笑みを。
「おい」
戒刃が何かを察したのか、俺に声をかける。
その声に怒りはなかったけれど、確かに何かを咎めるように。
「……ごめん」
反射的に謝罪が零れる。
こんな団欒とした空気の中で、彼女のことを思い出すことなんて、ダメだ。空気が読めてない。
「別に怒ってない」
戒刃はため息をついて、アヒージョを口に運ぶ。
「ただ……それは後にしろ」
そう言いながら、アヒージョを飲み込んだ。
「……おう」
俺はそう応えて、コーラを飲み干す。
そうだな。この気持ちを消費するのは後にしよう。
それからも淡々と時間は過ぎていく。
意味のない、価値のない会話をしながら。
「やっぱりSEEDならバスターが一番好き」
「いいですね、僕はデュエルです」
「はーお前らセンスないな。ストフリが一番だろ!?」
槍華がグラスをダンッと置くが、俺と雷矢はあっけらかんと答える。
「いや普通のフリーダムの方が好き」
「わかります」
「絶縁だこりゃ」
窓の向こうからは、誰かと誰かの喋り声。ガサっと何かが揺れる音。
そんなどこにでもある街の喧騒をBGMに、会話が続く。
「やっぱり!! シロアちゃんって、日本人じゃないんだ!?」
「は……はい……」
「え〜!? 外国人なの!? かわいいいいい!!」
「外国人=かわいいなのか?」
シロアを撫でる真弓を見ながら、戒刃は困ったように呟く。
窓の向こうからは、無機質な噴射音と笑い声が聞こえる。
それでも会話が続く。誰にも咎められないこの時間は、流れる川のように過ぎてゆく。
「やっぱコーラが一番美味いよね。ねーシロアちゃん?」
「は、はいっ!」
「でもなシロア。コーラ飲み過ぎたら犯罪だぞ?」
「そ、そうなんですか……!?」
「槍華、嘘つくのやめろ」
「シロアさん、チョロすぎません?」
そんなクソほどしょうもない会話がリビングを充満させる。
本当に、どうでもいい会話。
「……ふふ」
それなのに、無意識に口元が緩んだ。
零奈以外の人との食事はあまり好きじゃなかった。それでも、この時間は悪くない。
そんな事を思いながら、俺は小皿に分けたビビンバを口に運んだ。
――――――――
「ごちそうさまでした。美味しかった〜……」
「もう食えん……」
俺と槍華は満足気に腹を擦る。にしても、マジで美味しかったな。
「……こんなに笑ったの、久しぶり」
真弓は突っ伏しながら、幸せそうにそう呟く。
その目線の先には誰もいない。
何が見えているのかも、そもそも見ようとしているかも。俺にはそれを知る由もなかった。
「暁理、そろそろ」
戒刃がそう言いながら、俺の方を見る。
「おけ……あ、洗い物するよ」
俺が席を立ちながらそう言うと、雷矢は手を振りながら答える。
「いいですよ。皆さん客人ですから」
「ほんとに?」
「もちろん」
雷矢は眼鏡の向こうにある碧い眼を細める。
「至れり尽くせりだな。ほんとにありがとう」
「いえ。気にしないでください」
その言葉に甘えて、俺たち4人は廊下に出て、玄関に立つ。
「本当にありがとう……シャワーから着替えに、晩御飯まで」
「……ありがとうございました」
「ごちそうさまでした」
「もう食えない」
俺たちがお礼を言うと、2人は喜びを隠すことなく微笑む。
「いえいえ、こっちもたくさん食べてくれて嬉しかったですよ。はいこれ、着替えです」
雷矢はそう言いながら俺の着替えが入った紙袋を渡す。
「ありがとう、借りてる服はすぐに返すから」
「いつでも大丈夫ですから、気にしないでください」
雷矢は両手を振りながら答える。やっぱ聖人だな。
「いつ来てもいいからね」
真弓は透き通った声で笑いながらそう言うと、一歩近づく。そして。
「シロアちゃんもまた来てねー!!!」
真弓はシロアの頭をポンポンと叩きながら、甘い声を上げる。
「……はい」
シロアは恥ずかしそうにしながらも、小さく頷いた。なんか……満更でもなさそう。
「それじゃ、お邪魔しました」
「うん! またねー!」
「またね」
そうして、俺たちは扉を開けた。
なんてことのない。団欒の終わり。
その一抹の寂しさを抱えつつ、また会う口実もある。
きっとまた、同じように。
この扉の向こうには普通の街があり、ここに戻れば今日のように会える。
そう思っていたのに。
そんな理想は、いとも簡単に殺される。
玄関を開けた先にあるのは、夜の帷。
カーテンから漏れる家の光と街灯が視認性を手助けする。
それが、否が応でも現実を直視させてくる。
目の前の暗がりの中にあったのは、大量のゴミ袋。
「え」
乾いた驚愕が口から落ちる。
目の前に映った現実を疑ってしまう。
ゴミ袋の山が玄関から少し歩いた先にあった庭の扉の前に、積まれていた。1つじゃない。10は軽く超えている。
「……なんだこりゃ」
隣に立っていた戒刃が呆れたように、しかし怒りを混ぜたような声で零す。
「なにこれ、イタズラ?」
槍華はあっけらかんとした様子で庭の扉まで駆け寄り、扉を開ける。
瞬間、何かが目に入ったのか、素早く右を向く。
「……うわ」
そして、槍華は硬直した。
間違いなくなにか異常があったのだろう。
俺とシロア、戒刃は槍華のもとに駆け寄り、その目線の先を見る。
「……は?」
それを見て、再び驚愕が漏れる。
塀には『人殺し』『早く死ね』『汚物』と、黒と赤のスプレーで書かれた文字。
それは間違いなく、悪意に満ちた文字達。
悪意を直視した俺たちは、時が止まったかのように、動く事も言葉を発する事もできなかった。
「……あはは」
ふと、後ろから真弓の笑い声が聞こえた。
それは、さっきまで聞いていた透き通ったものではなく、暗雲のように黒く澱んだ声だった。
お読みいただきありがとうございます。
「ハレノヒケノヒ」という作品が久しぶりに投稿されてるので、みなさん是非読んでください。面白いです。
もすッ!




