5-1 真弓と雷矢
それは、中学二年生の秋。
文化祭の準備が佳境に入っていた頃。
日の沈みが少しだけ早くなったのにも関わらず、気温は夏の名残を引きずり続けて鬱陶しかったのを覚えてる。
「今日、先に帰ってて」
ある日の放課後、中学三年生の零奈からそう言われた。
別に毎日一緒に帰っている訳じゃない。委員会や用事がある時は先に帰る事もある。
ただ、その日の零奈はどこか息苦しそうで、俺は少しだけ返事が喉に詰まった。
「いいけど……文化祭の準備?」
俺はいつものように問いかけると、零奈はふわっといつものように笑う。
「うん」
しかしというか、やはりその顔にはどこか暗雲が立ち込めているようで、俺は再び零奈に問いかけた。
「別に待つけど……?」
「……大丈夫だよ」
はっきりとしない声で、そのまま背を向けて去っていく。
「……まぁ、いいか」
文化祭の準備が忙しいのだろう。心配だったが、零奈なら大丈夫だ。そんな気楽な事を考えながら、俺も放課後の文化祭準備へと向かった。
今だから言えるが、この時の俺は大間抜けだった。
彼女の顔の、言葉の真意を知ろうともしなかった。
なにかあると分かっていて、行動しなかった。
なにもないと、勝手に決めつけてしまった。
彼女が傷ついていた現実から、目を背けたんだ。
――――――
そこは、どこにでもあるような住宅街の、築年数は経っているが綺麗な佇まいの二階建て一軒家。
その家の玄関に、びしょ濡れの俺が立っていた。
「タオル持ってくるから! 待ってて!」
「風呂沸かすよりシャワーでいいよね?」
「うん!」
2人の金髪の男女は息ぴったりに別の方向へ別れる。
阿吽の呼吸とはこの事を言うのだろう。
家の至る所から、ガタガタやドタドタと音が鳴り続ける。
「……えっと」
玄関に放置された俺は、濡れた身体を乾かす事もできず、ただついさっき起きた事を追想する。
俺の身に起きたこと。
福岡から大阪に。大阪から川に瞬間移動した。
それを先程の金髪の男女二人に見られた。そして「すぐそこだから!」と言われ、親切心からくる無理矢理により、この家に連れてこられた。
以上だ。
「……」
やることのない俺は、玄関からただ目の前の現実を眺めていた。
落ち着く色味のフローリングに白い壁、少し離れた場所には二階へと続く階段がある。
俺が立つ玄関は手入れが行き届いており、靴は綺麗に並べられている。横にある下駄箱の上には、3つのルームフレグランスに、4人の家族が映る写真。2人の30代ぐらいの男女と、同じ歳と思われる金髪の子供が2人。
「はいタオル!」
ふと、廊下の方から透き通った声が聞こえると同時に、金髪ポニーテールの女子高校生が、俺に白いタオルを投げる。
俺はそのタオルをキャッチしながら、写真と彼女の姿を見比べる。
長い金髪が丁寧に束ねられ、碧眼に長い睫毛、半袖シャツにネクタイ、チェックのスカートからすらっと伸びた足。
写真の幼い顔立ちと、正面にいる彼女の少し大人びた顔立ちを比べると、それはまるで写真の彼女をそのまま成長させてような風貌だった。
「真弓、シャワーの準備できたよ」
そう言いながら、ひょこっと扉からか顔を出したのは、同じく金髪の男子高校生。短い金髪と、彼女と同様に碧眼に長い睫毛、半袖シャツまでは同様で、黒い長ズボンに青い眼鏡をかけている。
金髪ポニーテールの彼女と同様、彼もまた写真の男子をそのまま成長させたような風貌。
「おっけー雷矢。はい、入っておいで……えっと……名前なに?」
がくっと身体が落ちそうになる。名前も知らない俺を家に上げたのか。この2人は。
「暁理です……」
俺がそう言うと、彼女は向日葵のような陽気な笑顔を見せる。
「アカリね! おっけ! シャワー入っておいで!」
「あの……あなた達の名前は?」
俺がそう問いかけると、彼女は一瞬目を開き、キラッと輝くように笑う。
「真弓! あっちは雷矢!」
「雷矢です、よろしくお願いします」
彼……もとい雷矢は俺に手をひょいっと上げて、小さく笑う。
「こっちですよ」
雷矢は礼儀正しい佇まいで手招きをする。
「うす……」
俺はそれに反応するように彼の元へ。
彼がいた廊下を曲がった先は、すぐに脱衣所であった。
「そこの洗濯機に服入れてください。着替えはそこに置いておきます。下着は新品かありますので、使ってください」
そう言いながら、脱衣所の3段カゴを指さすと、恐らく彼のジャージとまだ新品の袋に入っている下着があった。
「……ここまでしてもらうのは、申し訳ないです」
俺が頭をかきながら呟くと、雷矢がふわっと優しく笑う。
「いいんですよ、困った時はお互い様です」
「……惚れてまうやろ」
「惚れないでくださいね」
雷矢は小さく微笑みながら、脱衣室を出る。
「では、洗濯機は俺が回すので、気にせず入ってください」
そう言うと、すぐに扉が閉められる。
「……」
なんか、至れり尽くせりだな。本当にめっちゃ申し訳ない。
とはいえ、ここはご厚意に甘えるか。
俺は服を洗濯機に入れ、風呂場に入る。
風呂場も玄関と同様、丁寧に手入れがされている。
というか、毎日使ってる場所にしては少し綺麗すぎるというか、生活感がない。それほどに手入れが行き届いている。
俺は蛇口を捻ると、シャワーヘッドからは最初は冷たい水が出て、その数秒後にお湯へと変化する。
「……はぁ」
無意識か本能的か、溜め息が洩れてしまった。
俺はそのお湯を浴びながら、今日起こった事を思い出す。
福岡での槍華達とのいざこざ。八木や四肢との数度の戦闘。
「つかれた……」
そう零すのは仕方のない事だと自負している。
身体中ズキズキして痛い。『デザイア』の能力の一つ、鎧躯が本当によろしくない。あれを使うたびに身体がスクラップに入れられたような痛みが疾る。
鎧躯、できれば使いたくないなぁ……
でもシャワーのお湯が少しだけその疲労を緩和させる。
ああ……疲れた。もうこのまま液体になりたい気分……
そんなことを考えていた時だった。
『───暁理さんっ!!』
───脳内に直接、シロアの声が流し込まれた。
「うわっ!?」
俺は反射的に叫んでしまうものの、この感覚に身に覚えがあった。
今日の朝、戒刃が俺の脳みそに直接喋りかけてきたモノと同様のものだろう。
『暁理さんっ! 聞こえますか!? 大丈夫ですか!?』
シロアの心配一色の声が脳内に響き渡る。
やばい。なんとか答えないと、シロアのこの声はメンタルに来る……
「あー……聞こえる?」
俺がそう彼女の言葉に応えようと、口から言葉を落とす。
すると。
『聞こえます……よかったぁ……』
彼女の安心し切った声が脳内に波紋のように広がる。
良かった。通じたか。
『暁理、聞こえるか』
今度響いたのは、淡々とした戒刃の声だった。
「うん、聞こえてるよ」
『通信はできるな。お前、今なにしてる?』
「シャワー」
『なんで?』
「……川に落ちて、びしょ濡れの俺をみた親切な人が家に上げてくれたってわけ」
『優しいな。暁理ごときにそんな事しなくても』
「ひでぇ」
俺はシャンプーを出して、髪を洗いながら問いかける。
「槍華はいる? そっちはどうなった?」
『……あー』
その困ったような声の後、少しだけ間が空いた。
俺はその沈黙に、少しだけ嫌な予感がして、つい反射的に声を放つ。
「槍華、生きてるよね?」
『ああ、生きてる。そこは心配するな』
その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。
よかった。そこが心配だった。
『こっちも話すことが沢山あるし、お前に聞かないといけない事がたくさんある。一旦そっち行くから、合流しよう』
そう言う戒刃の言葉は淡々としており、しかしどこか安堵を混ぜたような声色だった。
「おっけ」
俺はそう言いながら、ボディソープを出す。
『あ、その前に一つ』
そんな時、戒刃の声が再び脳内に響いた。
『新たなデザイア反応が大阪で確認できた。覚悟しとけ』
その言葉だけを残して、通信が切れた。
「……は?」
シャワーの音が鳴り続ける。
脳内に響く彼等の声は何処にもない。
福岡で1,000人以上の死傷者を出した『デザイア』が。
新たな『デザイア』反応が大阪で。
少しほぐれた身体は再び硬直と緊張を取り戻し、準備のない覚悟が魂に刻まれた。
また、多くの人が死ぬ。また、誰かを殺す。
「……やだな」
そんな願望が小さく零れながら、俺は風呂場から出た。
お読みいただきありがとうございます。
仕事で頭使いすぎて文が多分う◯ち。あとは頼みます。




