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サイアク  作者: 駄犬
43/48

4-18 楽しみに

 記憶や思い出は、人を形作るもの。

 俺はいつの日か、なんとなくそう思うようになっていた。

 物心がつく前から食べていた両親が作るラーメンの味。

 初めて喧嘩をして、口の中に充満した鉄の匂い。

 音程外れすぎて聴くのが苦痛になりかけた、風雅のカラオケ。

 飛鳥とバスケの1on1をして、思いっきりぶつかった時の痛み。

 四葉のクローバーを誕生日に渡した時に月葉が見せた、あの笑顔。

 四人でコンビニでたむろした思い出。

 四人でキャンプに行った思い出。

 四人でラーメン屋でたわいのない話をした思い出。

 それは多分、俺の全てだった。


 ―――――――――――――

 

「月葉」

 シロアが創った結界が解除され、月葉の周りに展開されていた防御壁はもうない。

 俺は月葉の前にしゃがみ、彼女の様子を伺う。

 彼女は目線を地面に落としていて、前髪のせいで表情がうまく読み取れない。

「……月葉」

 俺は彼女の名を呼ぶだけで手を差し伸べる事も、願いを叶える事もできず、ただ彼女の次の言葉を待っていた。

「……そっちゃん」

 何秒経っただろうか。ふと、彼女は絞り出したように俺の名を呼ぶ。

「どうした」

「……あーちゃん、死んじゃったの?」

 一瞬、言葉が詰まる。

 それでも、俺は無理矢理にでも声帯を動かして、応える。

「……ああ」

 俺はその事実を肯定する。

 俺と月葉の親友である飛鳥の死を。

「……やだぁ」

 ポロポロと、大粒の涙が零れ落ちる。

 彼女は泣く時、普段のような激しさはない。

 静かに、小さく、弱々しく泣くのだ。

「月葉さん」

 ふと、戒刃が淡々と言葉を放つ。

「今から貴方から記憶を消します。今回起きた全ての事は、全てイレギュラー。記憶が残っていれば貴方自身が危ない」

 淡々と、彼は業務を遂行する。

 この記憶改変や記憶消去は必要な事だと、一連の事件に関わった俺は理解している。

 それでも、これはあまりにも残酷すぎる。

 人間を殺すのと同義ではないかと、強く思う。

「貴方は被害者で、納得もできないかと思います……それでも、この暴挙を許してください」

 そう言いながら、第一関節よりも小さな箱を指で潰し、月葉の頭上にその破片が降り注ぐ。あれが恐らく、記憶消去の手段なんだろう。

「……すみません」

 冷徹に記憶消去を遂行する戒刃のその目には、その言葉には、確かに罪悪感のようなものが宿っていた。

「……記憶を消すって、どこまでですか」

 月葉は無理矢理涙を止めて、小さくしゃくりあげながら問いかける。

 戒刃はその言葉に一瞬だけ目を伏せて、口を開く。

「今回の廊下で起きた全て……そして、槍華と飛鳥の記憶です」

 瞬間、月葉の身体が大きく揺れる。

 そして。

「意味わかんない……」

 その言葉と同時に、再び涙腺が決壊する。

 縋るように、月葉は俺の肩を掴む。

「やだ……やだ……」

 大粒の涙が言葉と同時に地面に落ちる。

「忘れたくないよ……」

 その言葉を聴いて、俺は再び理解する。

 彼女は普通の人間であり被害者でもある。それでも、この複雑に絡まった状況を彼女なりに理解したのだと。

「……月葉」

 俺は彼女に手を差し伸べる事も、願いを叶える事もできない。

 俺は無力だ。

 そのせいで、風雅と飛鳥を失った。

 だから、俺は───

「槍華」

 後方から、声が聞こえる。

 振り返ると、そこにいたのは暁理だった。

 傷という傷はないものの、返り血が全身にこびりついている。月葉に見せるには、あまりにもグロテスク。俺は月葉に見えないように身体を少しだけ横にずらす。

 すると彼は淡々と、悲しみも怒りもない言葉を放つ。

「……取り戻すんだろ」

 それは、彼なりのエールだったんだろう。

 そこにあったのは、確かな決意。

「……ああ」

 俺は月葉に顔を戻し、ゆっくりと言葉を零す。

「月葉」

 彼女は顔を上げる事はない。それでも、俺は言葉を続ける。

「……飛鳥も風雅も取り戻して、絶対帰ってくるから」

「……」

「また四人でカラオケ行こう。また四人でラーメン食べよう」

「……」

 彼女は答えない。

 だから、彼女に伝わるようにぶつけるしかない。

 俺の欲望を。

 俺の願望を。

「……また、四人で一緒にいよう」

「…………うん」

 彼女はそう零すと、ゆっくりと涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。

 そんな彼女を見て、俺は小さく微笑んで告げる。

「楽しみにしててくれ」

「……楽しみに……してるね」

 彼女は無理矢理に作った笑顔を向けてくれた。

「……」

 そして、ゆっくりと彼女は意識を失った。

 記憶消去の影響なのか副作用なのか。

 直感でも理論でも理解する。

 次に目を覚ました彼女は、俺の事も飛鳥の事も忘れている。

 俺の知っている彼女はもう、ここにはいないと。

「……暁理」

「なんだ」

 俺が縋るように零した言葉を、暁理は間髪入れずに答える。

 そして、俺はゆっくりと、声を震わせて呟く。

「……俺は弱いな」

 今度は即答しなかった。

 数秒の間の後、暁理は何かを噛み締めるように零す。

「……俺も弱い。弱いから死なせたし、守れなかった」

 そして、確かに。彼は願いを告げる。

「だから、強くなろう」

「……ああ」

 俺は暁理の言葉を聞きながら振り返る。

 暁理は俺の顔を見て、酷く哀しそうな顔をしてから、確かな燈を目に灯しながら、覚悟をもって告げる。

 

「みんなで、強くな───」


 瞬間、消えた。

 暁理の姿が瞬きの間に消えた。

 途切れた暁理の言葉は虚空の彼方に消えていく。

 そして、次に消えたのは。

「「「え」」」

 三人の微かな間抜けな声だった。


 ――――――――


 脚がふわりと空を踏んだ。

 正面には遥か遠くまで広がり続ける青空と、歴史と今を思わせる街並み。

 目線を下に落とすと、白を基調としたタワーに、濃い赤や青、黄色を存分に使用した奇抜な建物達。

 お世辞にも美味しいとは言えない空気の中には、肉や粉物が焼ける煙の匂いが混じっている。いやこれはある意味美味しいか。

 ……待って。ここどこ。

 つーか俺、今……

 空の上にいる?

「───え」

 そう認識した時には既に、俺の身体は重力に逆らう事なく急降下していた。

「えええええええ!!??」

 やばい!? なんで!?

 てか下にあるの通天閣!? 大阪!? 大阪ですかここ!?

 なんで!? さっきまで福岡にいたじゃん!!

「瞬間移動かよ!?」

 無意識にそう叫んだ瞬間、思考回路が発火するように回る。

 瞬間移動や転移をしていたのは八木の『デザイア』だ。

 それが今、発動した可能性が最も高い。

 つまり、殺し切れてなかった。それとも死後強まる系の能力なのか、或いはそれ以外か。

 ……それ今どうでもよくない? 今際の際だぞ。

 このままじゃ通天閣にぶつかる! Eエンドになっちまう! 東京タワーじゃないけど!

 鎧躯を起動させ、救焔を放出して着地するしかない!

 秘匿とか知らん! 命の方が大事だ!

「あああああ!!」

 絶叫のまま、俺は『デザイア』を起動する。


 ───ザブンッ!!


「がぼっ……!?」

 景色が変わる。身体を包む空気が液体へと変化する。

 ここは……水の中!? 海!?

 がむしゃらに身体を動かすと、膝が地面に落ちていた石にぶつかる。鈍い痛みが膝から全身へと流れ続ける。

「っ……う」

 しかし、その痛覚が理解させる。ここは浅瀬だと。

 一瞬だけ冷静になった頭を駆使して、脚を地面につける。

 そして、上半身を思いっきり振り上げる。

「ぷはっ……!! げほっ……げほっ……」

 滲んだ視界の向こうには河と橋。その両端には河川敷。

 その事実が再び理解させる。また俺は瞬間移動したと。

「……ゔ」

 瞬間移動を何度も行った衝撃、戦闘のアドレナリンが切れてきた事、純粋な疲労など、様々なものが複合してもう訳が分かんない……脳みそだけ死にそう……

 そんな時だった。

「ちょっと!? 大丈夫!?」

 橋の上から透き通った女性の声が聞こえる。

「生きてますか!?」

 続けて、同じように透き通ったような男性の声が聞こえた。

「……」

 見上げた先にいたのは、橋の上でこちらを覗く、どこか同じような風貌をした金髪の男女だった。

 風が吹いた。

 青空は澄み渡り、白雲がふわふわと浮かび、暗がりを宿した雨雲など何処にもない。

 なのになぜか、何処かで雷鳴がなったような。

 そんな胸騒ぎがした。

お読みいただきありがとうございます。

福岡編終わりです。次、大阪編です。

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