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サイアク  作者: 駄犬
42/48

4-17 同類

 迫り来る泥の円錐から槍華を助けた直後、泥の円錐は炸裂し、俺の身体を包み込んだ。

「っ……!?」

 やられた。

 予想外の先手。反射で対応ができず、俺はなす術なくその泥を受け入れるしかなかった。

 その隙間から見えたのは、彼らの表情。

 危惧、焦燥、驚愕。

 しかし、それを眺める時間は一刻にも満たず、正面は泥に阻まれ、最終的には世界は暗闇へと変貌。

 そして、気がつくと俺は。

「な!? 屋上!?」

 学校の屋上へと転移していた。

「な、なんで!?」

 動揺と困惑が叫びとなって発露する。

 さっきまで廊下にいたのに、今度は屋上!? なんで!?

 かき混ぜられた現実を理解するには、少しの時間を要した。そして、ある確信が落ちてくる。

「……そうか、『デザイア』!」

 マンションの半分が転移したように、八木自身が瞬間移動したように、俺も『デザイア』によって瞬間移動したんだ。

「邪魔なんだよお前えええ!!!」

 唐突に、前方から悪意が込められた叫びが。

 そこにいたのは、長い髪をぐしゃぐしゃと掻きながら喚き散らかす八木がいた。

 彼の周囲に展開されているのは、槍華に向けたものと同様の、真っ黒な円錐が5つ。

 違ったのは、その性質。

 槍華に向けられていたのは泥のような流動性のあるもの。

 しかし、現在展開されているのは鉄のように硬質化している。

 まさに、殺意の具現化。

 あれに直撃しては、死は避けられない。

「死ねよおおおお!!!」

 八木の絶叫と共に、円錐は回転をかけながら発射される。

「っ……!」

 発射された鉄の円錐は、時速200キロはあるだろう。

 けれど。

「……ふーっ」

 息を吐く。緊張した身体が少しだけ柔軟さを取り戻す。

 そして俺は、鎧躯によって構築された両脚から、救焔を放出する。

 己の役割を遂行しろ。

 それだけを言い聞かせ鉄の円錐に、八木に立ち向かう。


 ――――――――

 

「暁理の『デザイア』は不完全だね」

「不完全?」

 数日前、ゲノムさんに言われた事を思い出す。

 ゲノムさんはカフェでコーヒーを啜り、目を細めながら語る。

「うん。鎧躯ってそもそも肉体を変形させるものじゃないの」

「そうなんですか?」

「零奈は鎧躯を鎌に変形させてたでしょ?」

「……たしかに」

 そういえばそうだ。零奈は肉体を鎧躯に変形させていたのではなく、鎧躯を鎌の形に顕現させていた。

 俺と零奈とでは、鎧躯の運用方法が全く違う。

「でも、暁理はそれが出来ないでしょ?」

「……はい」

 ゲノムさんは小さく微笑みながら「正直でよろしい」と呟く。そして、目線を少しだけ落としながら続ける。

「『デザイア』の適合者は基本的に鎧躯は外部に顕現させるもの。暁理みたいに肉体を鎧躯に変形させるようなものではないの」

「……はあ」

「でも、これは大きな武器になると、私は思ってるよ」

「武器?」

 ゲノムさんはにっこりと笑いながら、人差し指をこちらに指す。

「肉体を剣や槍、銃に変形できるのはかなり汎用性がある。やりようによっては、大物喰いも可能な潜在能力だ」

 ゲノムさんは再びコーヒーを啜ると、真っ直ぐな目でこちらを見る。そして、ゆっくりと、冷たい春風のような温度の言葉を放つ。

「ただ……自分でも分かってると思うけど、デメリットがあるよね?」

「……はい」

「暁理は肉体を鎧躯に変形させる時、神経も一緒に変形される」

 そう言いながら、ゲノムさんは手を伸ばし、机の上に置いていた俺の手の甲をつねる。

「いたっ! なにするんですか……」

「つねるだけでも、人はちょっと痛い。暁理がしていることは、肉体をミキサーに入れてから再構築しているようなもの」

「その例え怖すぎますって」

「痛みで気絶する事もあるかもね」

「嫌すぎる……」

 ゲノムさんは俺の甲をつねるのを止め、伸ばした手を戻しながら話を続ける。

「それに、今はフルオートで肉体が戻ってるけど、イップスとかになったらそのまま肉体が戻れなくなったり、神経や筋肉がイカれる事もあるから、気をつけてね」

「怖っ……」

「ほんとにね」

 流れたのは、数秒にも満たない沈黙。ほんの少しの間。

 しかし、目の前のゲノムさんは、その微かな時間で何かを思い出したような顔をする。

 それは哀しい思い出なのか、幸せな思い出なのか、俺には判断はできなかった。

 そして、小さなため息を吐いた後、俺の目を見てゆっくりと吐き出す。

「……だから、早く零奈みたいになってね」

「……はい」

 そこにあったのは慈愛にも似た期待と、行き場のないやるせなさ。

 俺は彼女の顔を直視した後、逃げるようにコーヒーを啜った。


 ――――――――

 

「あ゙あ゙あ゙ッ……!!」

 鎧躯により右手を、五指を鋭く尖らせ、八木の顔面を抉り取る。

 左の眼球が床にこぼれ落ち、八木の胎の奥からは悲鳴が洩れる。

 俺はその声に悲観も同情もしない。ただ遂行する。

 八木が放った真っ黒な鉄の円錐は5つ全て砕かれ、原型を留めていない。

 鉄の円錐と同様に、八木の身体も壊す。

 削る、抉る、潰す。

 肉を焼き、骨を折る。

「っ……あ゙……」

 悲鳴はいずれ呻めきに変わり、八木は抵抗すらできなくなる。

 立つ力すら消失した八木はフラフラと地面に倒れ落ちそうになる。

 その刹那に。

 ───ボグンッ!!

 肘から救焔を噴射させ、推進力をつけた正拳を顔面にぶつける。

 骨の割れる感触が手に伝わり、骨の砕ける音が空に鳴る。

 殴られた八木の身体はボールのように転がり、柵にぶつかって停止する。

 血と肉と骨がぐちゃぐちゃに混ざりった八木の姿を見て、無意識に零す。

「……零奈もこんなことしてたのかな」

 こんなこと楽しくない。

 人を痛めつけるのが、傷つけるのが楽しいわけがない。

 それはきっと零奈も一緒だったのに。

 あいつも、こんな事をやっていたのかな。

「……は」

 正面から、八木から消えかかる蝋燭の炎のような声が聞こえる。

「お前は、いないのかよ……!」

 その炎は、ゆっくりと盛りを取り戻していく。

「愛してる……人は!!」

 彼の魂から漏れた激情が、叫びとなって出力させる。

 その言葉は、俺の中に灯る彼女を思い出させた。

「……いるよ」

 俺はそう零しながら、ゆっくりと足を動かす。

 いるに決まってる。決まってるだろ。

 そうじゃないと、俺はこんな所にいない。

「じゃあ、見逃してくれよっ……! 俺は、ただ……月葉ちゃんが大好きなだけなんだ……!」

 涙を流しながら、彼の発露が増していく。

 それは演説のようにも懺悔のようにも見えた。

「付き合いたい……俺のものにしたい……それだけなんだ!!」

 駄々を捏ねる子供のように、泣き喚く。

「お前も同類だろ!? 欲望のままに好きな人を手に入れる! それが人間だろ!!」

 それはまるで灯火将に滅せんとして光を増す。

 彼は激情を言葉にして、最後に告げる。

「お前も……! 一緒だ───!!」

 ───グシャッ

「……」

 鎧躯に変形させた右脚で、頭を踏み潰した。

 彼の返り血が屋上に散らばり、その一滴が眼球に入る。

 彼は全ての生命活動を停止し、彼の中に巡っていたあの激情が灯ることは二度とない。

「……そうだな」

 彼の最後の言葉を、俺はただただ受け入れた。

 俺はお前と同じ。

 零奈を生き返らせたい。

 愛する人のために、自分の欲望を叶える。

 愛してる人のために人を傷つけ、痛めつけ、殺す。

 それは、同じだ。

 同じ『悪』だ。

「……ごめんな」

 八木の頭から右脚を離す。

 お前を殺したことを赦してくれとは言わない。

 全部終わったら俺を呪い殺していい。生まれ変わって、殺しにきてもいい。それを俺は全部受け止めるよ。

 でも、もう少しだけ待ってくれ。

 最愛の人を、零奈を生き返らせる。

 それまで生き続けることは、赦してくれ。

お読みいただきありがとうございます。

明日も投稿するので、よろしくです。

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