4-17 同類
迫り来る泥の円錐から槍華を助けた直後、泥の円錐は炸裂し、俺の身体を包み込んだ。
「っ……!?」
やられた。
予想外の先手。反射で対応ができず、俺はなす術なくその泥を受け入れるしかなかった。
その隙間から見えたのは、彼らの表情。
危惧、焦燥、驚愕。
しかし、それを眺める時間は一刻にも満たず、正面は泥に阻まれ、最終的には世界は暗闇へと変貌。
そして、気がつくと俺は。
「な!? 屋上!?」
学校の屋上へと転移していた。
「な、なんで!?」
動揺と困惑が叫びとなって発露する。
さっきまで廊下にいたのに、今度は屋上!? なんで!?
かき混ぜられた現実を理解するには、少しの時間を要した。そして、ある確信が落ちてくる。
「……そうか、『デザイア』!」
マンションの半分が転移したように、八木自身が瞬間移動したように、俺も『デザイア』によって瞬間移動したんだ。
「邪魔なんだよお前えええ!!!」
唐突に、前方から悪意が込められた叫びが。
そこにいたのは、長い髪をぐしゃぐしゃと掻きながら喚き散らかす八木がいた。
彼の周囲に展開されているのは、槍華に向けたものと同様の、真っ黒な円錐が5つ。
違ったのは、その性質。
槍華に向けられていたのは泥のような流動性のあるもの。
しかし、現在展開されているのは鉄のように硬質化している。
まさに、殺意の具現化。
あれに直撃しては、死は避けられない。
「死ねよおおおお!!!」
八木の絶叫と共に、円錐は回転をかけながら発射される。
「っ……!」
発射された鉄の円錐は、時速200キロはあるだろう。
けれど。
「……ふーっ」
息を吐く。緊張した身体が少しだけ柔軟さを取り戻す。
そして俺は、鎧躯によって構築された両脚から、救焔を放出する。
己の役割を遂行しろ。
それだけを言い聞かせ鉄の円錐に、八木に立ち向かう。
――――――――
「暁理の『デザイア』は不完全だね」
「不完全?」
数日前、ゲノムさんに言われた事を思い出す。
ゲノムさんはカフェでコーヒーを啜り、目を細めながら語る。
「うん。鎧躯ってそもそも肉体を変形させるものじゃないの」
「そうなんですか?」
「零奈は鎧躯を鎌に変形させてたでしょ?」
「……たしかに」
そういえばそうだ。零奈は肉体を鎧躯に変形させていたのではなく、鎧躯を鎌の形に顕現させていた。
俺と零奈とでは、鎧躯の運用方法が全く違う。
「でも、暁理はそれが出来ないでしょ?」
「……はい」
ゲノムさんは小さく微笑みながら「正直でよろしい」と呟く。そして、目線を少しだけ落としながら続ける。
「『デザイア』の適合者は基本的に鎧躯は外部に顕現させるもの。暁理みたいに肉体を鎧躯に変形させるようなものではないの」
「……はあ」
「でも、これは大きな武器になると、私は思ってるよ」
「武器?」
ゲノムさんはにっこりと笑いながら、人差し指をこちらに指す。
「肉体を剣や槍、銃に変形できるのはかなり汎用性がある。やりようによっては、大物喰いも可能な潜在能力だ」
ゲノムさんは再びコーヒーを啜ると、真っ直ぐな目でこちらを見る。そして、ゆっくりと、冷たい春風のような温度の言葉を放つ。
「ただ……自分でも分かってると思うけど、デメリットがあるよね?」
「……はい」
「暁理は肉体を鎧躯に変形させる時、神経も一緒に変形される」
そう言いながら、ゲノムさんは手を伸ばし、机の上に置いていた俺の手の甲をつねる。
「いたっ! なにするんですか……」
「つねるだけでも、人はちょっと痛い。暁理がしていることは、肉体をミキサーに入れてから再構築しているようなもの」
「その例え怖すぎますって」
「痛みで気絶する事もあるかもね」
「嫌すぎる……」
ゲノムさんは俺の甲をつねるのを止め、伸ばした手を戻しながら話を続ける。
「それに、今はフルオートで肉体が戻ってるけど、イップスとかになったらそのまま肉体が戻れなくなったり、神経や筋肉がイカれる事もあるから、気をつけてね」
「怖っ……」
「ほんとにね」
流れたのは、数秒にも満たない沈黙。ほんの少しの間。
しかし、目の前のゲノムさんは、その微かな時間で何かを思い出したような顔をする。
それは哀しい思い出なのか、幸せな思い出なのか、俺には判断はできなかった。
そして、小さなため息を吐いた後、俺の目を見てゆっくりと吐き出す。
「……だから、早く零奈みたいになってね」
「……はい」
そこにあったのは慈愛にも似た期待と、行き場のないやるせなさ。
俺は彼女の顔を直視した後、逃げるようにコーヒーを啜った。
――――――――
「あ゙あ゙あ゙ッ……!!」
鎧躯により右手を、五指を鋭く尖らせ、八木の顔面を抉り取る。
左の眼球が床にこぼれ落ち、八木の胎の奥からは悲鳴が洩れる。
俺はその声に悲観も同情もしない。ただ遂行する。
八木が放った真っ黒な鉄の円錐は5つ全て砕かれ、原型を留めていない。
鉄の円錐と同様に、八木の身体も壊す。
削る、抉る、潰す。
肉を焼き、骨を折る。
「っ……あ゙……」
悲鳴はいずれ呻めきに変わり、八木は抵抗すらできなくなる。
立つ力すら消失した八木はフラフラと地面に倒れ落ちそうになる。
その刹那に。
───ボグンッ!!
肘から救焔を噴射させ、推進力をつけた正拳を顔面にぶつける。
骨の割れる感触が手に伝わり、骨の砕ける音が空に鳴る。
殴られた八木の身体はボールのように転がり、柵にぶつかって停止する。
血と肉と骨がぐちゃぐちゃに混ざりった八木の姿を見て、無意識に零す。
「……零奈もこんなことしてたのかな」
こんなこと楽しくない。
人を痛めつけるのが、傷つけるのが楽しいわけがない。
それはきっと零奈も一緒だったのに。
あいつも、こんな事をやっていたのかな。
「……は」
正面から、八木から消えかかる蝋燭の炎のような声が聞こえる。
「お前は、いないのかよ……!」
その炎は、ゆっくりと盛りを取り戻していく。
「愛してる……人は!!」
彼の魂から漏れた激情が、叫びとなって出力させる。
その言葉は、俺の中に灯る彼女を思い出させた。
「……いるよ」
俺はそう零しながら、ゆっくりと足を動かす。
いるに決まってる。決まってるだろ。
そうじゃないと、俺はこんな所にいない。
「じゃあ、見逃してくれよっ……! 俺は、ただ……月葉ちゃんが大好きなだけなんだ……!」
涙を流しながら、彼の発露が増していく。
それは演説のようにも懺悔のようにも見えた。
「付き合いたい……俺のものにしたい……それだけなんだ!!」
駄々を捏ねる子供のように、泣き喚く。
「お前も同類だろ!? 欲望のままに好きな人を手に入れる! それが人間だろ!!」
それはまるで灯火将に滅せんとして光を増す。
彼は激情を言葉にして、最後に告げる。
「お前も……! 一緒だ───!!」
───グシャッ
「……」
鎧躯に変形させた右脚で、頭を踏み潰した。
彼の返り血が屋上に散らばり、その一滴が眼球に入る。
彼は全ての生命活動を停止し、彼の中に巡っていたあの激情が灯ることは二度とない。
「……そうだな」
彼の最後の言葉を、俺はただただ受け入れた。
俺はお前と同じ。
零奈を生き返らせたい。
愛する人のために、自分の欲望を叶える。
愛してる人のために人を傷つけ、痛めつけ、殺す。
それは、同じだ。
同じ『悪』だ。
「……ごめんな」
八木の頭から右脚を離す。
お前を殺したことを赦してくれとは言わない。
全部終わったら俺を呪い殺していい。生まれ変わって、殺しにきてもいい。それを俺は全部受け止めるよ。
でも、もう少しだけ待ってくれ。
最愛の人を、零奈を生き返らせる。
それまで生き続けることは、赦してくれ。
お読みいただきありがとうございます。
明日も投稿するので、よろしくです。




