4-16 命力
血と肉が焼ける匂いが充満する廊下は、静寂に包まれていた。
状況は4対2の拮抗状態。
両者戦闘態勢でありながらも、両者闇雲に動く事が出来ない。
「……」
理由はあまりにも単純。
先手は、圧倒的優位な戦闘力か制圧力がない限り、意味がない。
さらに、今回は互いの手札が中途半端に割れている。
そんな状況で先手を打つのは、あまりにもリスクが高すぎる。
強襲、抵抗、邀撃。
誰一人、駆け巡る思考を放棄はせず、しかし動く者はいなかった。
「……つ」
ただ一人を除いて。
「……つ、き、はああああああ!!!」
その絶叫と同時に、八木の身体から、黒い泥が放出される。
「来るぞ!」
戒刃の叫びが廊下に響く。
「あああああ!!!」
泥は円錐の形に成形され、八木のもとから放たれた。
そして、その標的はただ一人。
「槍華!」
泥の円錐は槍華へ向けられた殺意。
一直線に槍華へ、銃弾のように迫ってくる。
「ッ……!」
槍華は泥の円錐を弾くために、槍を振り上げようとした。
しかし、泥の円錐はそれよりも疾く、槍華の眼前に迫る。
直撃が、絶命がそこにあった。
しかし、それよりも疾く。
「槍華!!」
───ガシッ!!
暁理は槍華の襟を掴み、ブォンッ!! と風を鳴らし、シロアがいる後方へ投げた。
「てめっ!!」
戒刃がそう叫びながら後方へ素早く動き、槍華を全身でキャッチした。
「あ───!」
瞬間、泥の円錐が暁理の真横で、空中で停止する。
「は?」
そして、瞬きよりも疾く。
───どぷっ
「なっ……!?」
泥が爆散したと同時に、泥が暁理を包み込む。
「暁理さんっ!!」
シロアの絶叫が響き渡る。
しかし、シロアの叫びも虚しく、暁理を飲み込んだ泥は縮小していく。
そして、そこに残った結果は虚空のみ。
泥が───暁理が消えた。
同時に、八木も廊下から存在を抹消していた。
「暁理さんっ……!?」
「まて……八木も消えた!?」
シロアと槍華の困惑が叫びとなって廊下を覆い尽くす。
「慌てるな! 『デザイア』の瞬間移動だ!」
その二人の動揺をかき消したのは、戒刃の言葉だった。
「暁理は生きてる! 気配の感じからして、恐らく屋上だ!」
「救けに……!」
「行けるわけねぇだろ!」
シロアと戒刃の絶叫が響き渡る。
その刹那。
「まずは、貴方から」
まるで転移したかのように、四肢はシロアの真横に立っていた。
そして、四肢の右手がシロアの左手に触れる。
瞬間、
───ブシャアッ!!
彼女の左腕が裂けて割れる。
「ッ……!」
シロアの顔が苦痛に歪む。
「シロア!!」
槍華が四肢の肉体を削る軌道で槍を振るが、四肢は軽々と避け、シロアの服の襟を掴み後方へ飛ぶ。
距離を離した四肢は、勝ち誇ったような顔で爽やかに口を動かす。
「もう分かってるでしょう? 私の能力」
四肢は焼け残ったスーツを破り捨て、上半身を露わにし、口を開く。
戒刃はシロアの欠損の事実に微動だにせず、ゆっくりと答える。
「……ああ。お前の命術の能力は両手、もしくは四肢を媒介して行われる『命力』の増加だろ」
「正解です」
「……命力?」
槍華は無意識にシロアへの憂慮と困惑を混ぜた言葉を落とす。それに対し、戒刃は間髪入れず端的に答える。
「体力・気力・魔力……つまり生命力の総称だ。肉体を動かす時、脳を働かせる時、命術を使用する時の原動力。車のガソリンだと思えばいい」
「電気自動車の場合は?」
「電気だ、無駄口叩くなら先に斬るぞ」
戒刃は槍華に向けた苛つきを、今度は四肢に向ける。
「あの黒い肉塊は、お前の能力で生命に命力を注ぎ込んで膨張させたものだろ」
「御名答。小人に命力を流し込み、肥大化させたものです。命力は膂力や俊敏性だけでなく、肉体の増加や硬質化も行える万能なエネルギーですから」
「それだけじゃない。飛鳥やシロアには命力を更に増加させ続け、肉体を破壊させた。水を入れ過ぎた水風船のように、器の限界まで命力を増加させ、破裂させる事も可能なんだろ?」
「素晴らしい、慧眼ですね」
四肢は戒刃の推理を、御馳走を待つ子供のように楽しんでいた。
戒刃は四肢のその様子を直視し、冷たな声色が更に冷え切る。
「そして、槍華の命術を目醒めさせたのも、お前の能力だ」
「おや、そこまで分かってるとは」
四肢は目を丸くして、嬉しそうにする。
その様子に戒刃は更に苛立ちを加速させる。
「初めて電源を入れた機械のように、一定以上の命力を注ぎ込んで初めて目醒める命術もある。槍華はその典型だろ」
「ええ、その通りです」
四肢は両手をパンと叩き、笑う。
「正直偶然でしたよ? 八木様の『デザイア』の出力を上げるため、私の命術で槍華様、風雅様、飛鳥様を殺そうとしました。ですが、その際に槍華様が命術を覚醒させてしまった」
「『デザイア』の出力を上げる……?」
「『デザイア』は欲望のために出力を上昇させます。つまり、八木様の『月葉様とお付き合いしたい』という欲望のために、邪魔者である槍華様達を殺そうとしたのです」
四肢は気味の悪い笑みを止めることはなく、嘔吐物を舐めるように舌を動かす。
「槍華様を殺せなかったのは不運ではありましたが、その分、駒として使えると思い至ったのです。まあその駒も出来損ないでしたが」
四肢は喜びを隠す事なく、右手を上に挙げる。
「にしても、そんな悠長に喋っていて良いのですか?」
そして彼は、道具のようにシロアの頭を掴んだ。
「次に死ぬのは、この少女ですよ?」
「っ……!」
瞬間、槍華の脳内に駆け巡るのは、死の予感。
飛鳥が目の前で爆散したように、シロアの腕が破裂したように。
シロアはこれから四肢に命力を流し込まれ殺される。
理屈ではなく本能で理解した。
「シロア!!」
槍華の叫びが響き渡る。
「安心しろよ、お前とつまらん話をしてたのは───」
その叫びをかき消すように、戒刃が淡々と言葉を紡ぐ。
次の瞬間、
「ん?」
ガシッっと四肢の右手が掴まれる。
「……」
その四肢の手を掴んでいたのは、シロアの左手。
「……は?」
驚嘆が漏れる。
四肢が壊した筈の左腕が、そこにはあった。
「このためだ」
戒刃がそう零す。同時に、
「『極星白烙』」
彼女がそう唱えた瞬間、
───ボウッ!!
白炎が、四肢の右腕を包み込んだ。
「アッ……!!」
四肢は後方に一気に飛び、教室のドアを蹴り破って距離を取る。
そして、命力で強化した右腕を左手で切り落とす。
「……クソッ!!」
「───」
それは、単純な隙であり、戒刃はそれを見逃す訳がなかった。
───ザシュッッ!!
「───は」
四肢の左腕が斬り落とされる。
「クソッ、まさか、あの女……『リディアリ』か!?」
「御名答」
戒刃は刀を振り回し、四肢の首筋へ斬りかかる。
「ッ……!」
しかし、四肢は命力で強化した右脚で刀を受け止めた。
「はぁ……はぁ……中々ですね。貴方の剣技」
四肢は右脚で刀を受け止めながら口を開く。
「……」
対照的に、戒刃は四肢の言葉をただ受け止めていた。
「貴方の能力は、刀の顕現でしょう?」
「……」
一瞬の沈黙。
そして、まるで駆り立てるように戒刃は刀を引き、今度は腹部へと軌道を描く。
「図星ですか」
しかし、四肢は再び右脚で刀を受け止めた。
そして、まるで謎を解き明かした探偵のように、言葉を並べる。
「先ほどの廃工場の戦闘で確信しました。貴方は刀を顕現させる命術。ですが、その程度の剣士、私はいくらでも葬ってきました!!」
四肢の絶叫と共に、戒刃が持つ刀が蹴り上げられる。
───パキッ!!
「……」
戒刃の持つ刀が、折れる。
「顕現系の能力は代償が重い。貴方も廃工場からその一本の刀しか使用していない。つまり、貴方が顕現できる刀は一本のみ!!」
四肢と戒刃の間に、刀の破片が舞う。
「終わりです!!」
その言葉と同時に、四肢の右脚が戒刃の首筋を切断───
───ザシュッ
「なっ……!?」
するよりも疾く。折れたはずの刀が、四肢の右脚を切断する。
右脚を失い、バランスを失った四肢は、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ落ちる。
「刀の、顕現の、はず……で、は……!?」
「残念、違う」
戒刃は刀を降ろし、淡々と告げる。
「俺の能力は『剣の変形』だ」
四肢は目を大きく開き、現実を直視する。
戒刃が握っていたのは、数秒前に折った刀。
宙を舞っていた刀の破片はどこにもなく、何一つ取りこぼす事なく刀は先程までの形を保っていた。
折れた刀を繊維のように変形させ、破片を集める。そして、元の形へ修復し、再び刀を振るう。
それが、戒刃が起こした一連の動作だ。
四肢は歯軋りをし、憤怒と動揺を混ぜた叫びを放つ。
「変形……!? あり得ない……折れた刀を元の形に戻すのを……あれだけ速く……」
「あの程度、簡単だ」
「……あの、刀の顕現は……」
戒刃はその言葉に、ため息をついて答える。
「単純だよ。細胞サイズまで縮小した刀を肉体から放出して、それを元の形に戻しただけだ。虚空から刀が出てくるから、ぱっと見は確かに顕現に見えるだろうがな」
「……貴方、本当に人間ですか……」
戒刃は一瞬だけ目を伏せ、冬の雨粒のような声色を放つ。
「……間抜け、この程度は人間の範疇だ」
四肢は、その戒刃の事を鼓膜に響かせると、まるで一瞬だけ絶命したかのように静寂を肉体に宿す。
そして、ゆっくりと、血と痰を混じらせた声を放つ。
「ですが、貴方はミスを犯した……」
「ミス……?」
「ええ、私の能力は『四肢』からのみだと思いで?」
静かな一拍が過ぎて、言葉が落ちる。
「私の能力は、肉体であればどこからでも使用可能です!!」
瞬間、四肢の口が大きく開かれる。
そこから放たれるのは、廃工場でみせた黒い肉塊の元。
真っ黒の小人。
それは一刻にも満たない刹那に巨大化し、廊下を埋め尽くす。
その圧倒的質量と殺意は当然のように戒刃に、シロアに、そして月葉に向けられる。
その莫大な質量は、三人を圧死という結果を引き起こす。
しかし、それよりも疾く。その結果を否定するように。
───ブォンッ!!
翡翠色の槍が、黒い肉塊を貫いた。
「なっ……」
槍華は、四肢が放出した黒い肉塊を全て貫き、その存在を否定するように、質量を削り切った。
残ったのは、左脚のみが残った四肢。
彼を見下ろしながら、槍華は言葉を落とす。
「お前は言ったよな……この槍は『否定の具現化』だと」
槍華は槍を霧散させながら、言葉を四肢にぶつけ続ける。
「意味は分からなかったけど、なんとなく分かるよ。つまりこの槍の刃は『触れられない』んだろ?」
「……覚えていましたか」
「だから、肉塊は壊れた。お前が飛鳥にしたように」
「……ええ」
「俺は否定するぞ。お前の欲望全部」
「……いい欲望ですね」
四肢は消え入りそうな声を放つ。
暗闇の中、差し込んだ月光に胸を撫で下ろすように。
ゆっくりと、目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
マジで今書いた突貫執筆なので、誤字とかすんごい事になってそうです。
お辛いですわ〜




