表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水滸幸伝~王倫・梁山泊にて予知夢を見る~  作者: シャア・乙ナブル
30/167

第三十回 次なる企み

(あし)が生い茂り、入り組んだ地形の湖面を静かに進み梁山泊(りょうざんぱく)へと近付く舟の一団がある。生辰網(せいしんこう)積込(つみこ)んで逃亡している晁蓋(ちょうがい)とその仲間達であった。


北京大名府(ほっけいだいめいふ)梁世傑(りょうせいけつ)賄賂(わいろ)を準備しているという情報を『劉唐(りゅうとう)』という男から持ち込まれた晁蓋は、村に住んでいた知恵者の『呉用(ごよう)』に相談を持ちかける。


()しくも道士(どうし)の『公孫勝(こうそんしょう)』からも同じ話を持ちかけられ、ある理由からこれを天機(てんき)と考えた晁蓋は、仲間に阮小二(げんしょうじ)阮小五(げんしょうご)阮小七(げんしょうしち)白勝(はくしょう)を加えこの不義(ふぎ)の財を奪う決意を固めた。


運搬(うんぱん)の指揮をとっていた楊志(ようし)が梁山泊の者とまでは気付かなかったが、公孫勝と劉唐が集めた情報と呉用の知恵を(もっ)てこれの奪取に成功。そのまま東渓村(とうけいそん)名主(なぬし)としてほとぼりが冷めるのを待っていたが、白勝の行動から足がついてしまう。


しかし役人であり晁蓋の義兄弟『宋江(そうこう)』がいち早くその情報を掴み、捕物(とりもの)の役人が来る前に(やしき)を一人で訪れ彼らの逃亡を(うなが)した。


晁蓋と呉用が逃亡先を協議(きょうぎ)した結果、王倫(おうりん)が統治する梁山泊に白羽(しらは)の矢を立てたのである。


彼らの王倫への評価は自己保身に走る狭量(きょうりょう)な男という位置づけであり、その座を(おびや)かしそうな自分達の加入を好ましく思わずに拒否(きょひ)してくる可能性がある事も予想していた。


逃亡中の主なメンバーは晁蓋含め七名の男達だが、他に阮小二の妻と子も含まれている。一向は阮小二、阮小五、阮小七が操る舟に乗り込み追っ手を意識しながら慎重(しんちょう)に進んでいた。


晁天王(ちょうてんのう)、間もなく梁山泊ですぜ」


阮小五が晁蓋に話しかける。晁蓋は仲間内(なかまうち)からは晁天王と呼ばれていたが、それは晁蓋のあだ名が托塔天王(たくとうてんのう)と言われていた事に由来していた。


「いよいよ正念場だな」

「王倫とかいう野郎、ごたごた抜かしますかね。まぁ先生にとってはその方が都合がいいんでしょうけど?」


晁蓋に続いて発言したのは劉唐。こめかみの辺りに赤痣(あかあざ)があり、そこから赤毛(あかげ)が生えていることから赤髪鬼(せきはつき)と呼ばれている。


歳は若く、大男で色は浅黒(あさぐろ)脛毛(すねげ)が非常に濃いという異相(いそう)の持ち主。朴刀(ぼくとう)の達人で槍の扱いにも長ける。性格は豪胆(ごうたん)義侠心(ぎきょうしん)も厚いが短慮(たんりょ)な面も目立つ。生辰網強奪の際にその責任者が青面獣(せいめんじゅう)楊志と判明した時も晁蓋、劉唐、阮三兄弟の五人がかりで襲い斬ってしまえばいいと主張していた。


「その時は私が合図を出すから血気(けっき)にはやっていきなり斬り掛かるような真似はしないでくれよ? 生辰網の時の楊志と違って個々の腕前は恐れる必要はないと思うが、今度の相手はなにぶん数が多い」


劉唐に先生と呼ばれたのは呉用。東渓村下に隠棲(いんせい)していたが、その天下に並びない智謀(ちぼう)を買われて晁蓋から生辰綱奪取の協力を求められる。劉唐の主張を少なからず味方に被害が出るからと(いさ)め、楊志率いる輸送隊にしびれ薬入りの酒を飲ませて奪取を成功させた。


そしてその智謀は今度は梁山泊を奪取するため、今まさに謀計(ぼうけい)を張り巡らさんとしていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ