表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水滸幸伝~王倫・梁山泊にて予知夢を見る~  作者: シャア・乙ナブル
111/167

第百十一回 柴進の決断

柴進(さいしん)邸宅(ていたく)梁山泊(りょうざんぱく)下層(かそう)にあった。元々広い邸宅と土地の持ち主だった事もあり、それを失った心情(しんじょう)(さっ)して王倫(おうりん)は彼を王家村(おうかそん)の村長用に用意していた家を改良し広くして柴進に譲ったのだ。小さいながら庭もあり、他の頭目達の住む家より随分(ずいぶん)立派(りっぱ)だった。柴進は王倫の心遣いに感謝しながらも気落ちした日々を送っている。


柴進は庭に出て空を見上げていた。


(このままではいけないのは私が誰よりも分かっているつもりだが……)


ふうと今日何度目かのため息をつく。活気(かっき)にみちた梁山泊の中で彼だけが黒い気を放っているようだ。


「ご主人様」


そんな柴進の背中に同じく滄州(そうしゅう)から逃げてきた使用人が声をかける。彼らは梁山泊に来た後も変わらず柴進を支えていた。


「ご主人様に来客(らいきゃく)でございます」


(また王倫殿か晁蓋(ちょうがい)殿だろうか。相変わらず気を使わせてしまっているな)


滅入(めい)っている状態だとはいえ、会わずに追い返すような事をすれば礼を欠く上に()()を感じる。柴進は使用人に案内するように指示をだした。そして別の使用人に


「茶でも……いや、酒の方が良いか。酒の準備を……」


だが入ってきた人物を見てその使用人も柴進も驚く。それほど意外な人物が(たず)ねてきたのだ。


「……ご主人様。お酒……でようございますか?」


確認してくる使用人に柴進は首を振って言い直す。


「いや、茶と……何か良い菓子(かし)でも買ってきてくれるか」

「かしこまりました」


頭を下げて使用人が出ていく。柴進は来客に向き直り口を開いた。


「まさか……梁山泊の姫君様達が私を訪ねてくれるなどとは思いもしませんでした」



……話は少し(さかのぼ)る。


「そうですか。首領でも難しそうでしたか」


話しているのは王倫と副首領(ふくしゅりょう)の晁蓋。二人は柴進が落ち込んでいるのを立ち直らせようとしていたが、成果(せいか)があがらない事を報告しあっていたのだ。


「ああも落ち込んでいてはかける言葉もみつからぬ。何を言っても柴進殿には届かぬだろう」

「やはり屋敷(やしき)と土地を失った事で……?」

「うむ。心に重くのしかかっている」

「私も名主(なぬし)でしたがそれでも比べ物にはならないほどの豪邸(ごうてい)でしたからな」

「私が読み違いをしたばかりに。なんとか柴進殿に立ち直ってもらわねば」

「そんな。首領のせいではありません。首領まで落ち込まないでください」


二人は気付かなかったが、その会話を偶然(ぐうぜん)聞いてしまった者がいた。瓢姫(ひょうき)である。


(爸爸(ぱぱ)が……落ち込む……)


瓢姫はその場をそっと立ち去った。


「しかし先祖(せんぞ)代々の土地を失うというのは相当(そうとう)こたえるであろう。その心中(しんちゅう)如何(いか)ばかりか……」


二人の会話を最後まで聞かずに。



「……」

「……」


その場を静寂(せいじゃく)が支配していた。そもそも桃香(とうか)、瓢姫と柴進の間に特別な(つな)がりは(まった)くと言っていい程ない。お互いが存在を知っている程度のものであり、こうして近くで会うのは初めてだ。柴進は二人の緊張(きんちょう)している様子が見てとれたので笑顔で優しく話しかける。


「王倫様にはこのような屋敷を用意していただき、生活に困る事もなく大変感謝いたしております」


さすが好人物(こうじんぶつ)として知られる柴進。その柔和(にゅうわ)な態度に二人も安心したようだ。


「私達のような幼い者にまでご丁寧(ていねい)にありがとうございます」


桃香が返す。彼女は医者として色々な者を診療(しんりょう)している所もあり社交性(しゃこうせい)は瓢姫よりもある。その言葉遣いに柴進は内心(ないしん)感心(かんしん)していた。


「今使用人に菓子を買いに行かせていますから是非(ぜひ)()し上がっていってください」

「……お菓子」


瓢姫がぽつりと()らす。対照的(たいしょうてき)外見(がいけん)相応(そうおう)な反応だと柴進は思い可笑(おか)しくなった。しかし本題はまだ二人の口から出てきていない。


「それで……梁山泊でも(うわさ)の姫様達がこの私めにどのようなご用でしょう?」


その言葉に二人は顔を見合わせる。そして瓢姫が真剣(しんけん)な目で柴進を見た。


「……爸爸が落ち込んでいる」

「王倫様が?」

「表には出さないようにしていますが、爸爸は貴方様を完全に救えなかったと(なげ)いているようなのです」


瓢姫の説明に桃香が補足(ほそく)すると柴進ははっとする。


「王倫様には恩こそあれ責任などありません。私が最初から忠告に耳を(かたむ)けてさえいれば良かったのですから……」

「元気ない爸爸を見ると私達も悲しい」

「そこでこちらの瓢姫が柴進様に立ち直っていただく為に贈り物をしようという話になったのです」

「贈り物? 私めにですか?」


瓢姫は横に置いてある荷物に手をかけた。入ってきたとき背中に背負(せお)っていたものだ。(つつ)んでいる(ぬの)を取り払うと木箱(きばこ)何段(なんだん)かに(かさ)ねてあるのが分かった。


「……私はここで生まれて育ったから他の場所をしらない。……大きなお屋敷も想像できなかった」


だから、と瓢姫は続ける。


「この梁山泊をあげる」

「!?」


そう言っていくつかの木箱を(ゆか)に並べている時に使用人が戻ってきた。


「ご主人様。お待たせいたしました。お茶と菓子でございま……おお!」


床に広がる光景に使用人は絶句する。


「これは……なんと精巧(せいこう)な……」


そう大きくない箱の中には確かに梁山泊の風景が広がっていた。王倫の作らせた模型(もけい)も良くできていたが、瓢姫のそれはとても細かく木の一本一本から石のひとつひとつに(いた)るまで細かく再現(さいげん)されており、精巧さでは比べ物にならないほどだ。


草木(くさき)が風になびいている様子。村を行く人々。活気がそのまま再現されているような……」


何をどうしたらこのような物がつくれたのか柴進には見当もつかない。手先の器用な瓢姫が考案(こうあん)した鑷子(せっし)を使い、隅々にまで心を(くだ)いて作り上げた彼女の世界だ。


「この箱……水場(みずば)に集まる動物達。この水場の再現は苦労した」


まるで空の上から見ているような不思議な感覚にとらわれる柴進。


「これは……またとない美術品ですよ。名だたる工芸家(こうげいか)とてこのようなものはつくれないでしょう」


瓢姫は恥ずかしがっているようで赤くなりながら最後の箱に手を伸ばす。


「私には大きな屋敷は分からないって言った……けど。桃香の書物にそれらしい絵があったから……これはそれを参考にした」

「!?」


その箱をみた柴進は言葉を失い(しば)し固まった。


「柴進様?」


桃香が呼びかけてくる。


「おおお……」

「こ、こんな屋敷じゃ気に入らない……?」


瓢姫が不安そうになったので柴進は首を振ってそれを否定した。


「いいえ姫様。ただこれは屋敷とは言えません」

「「え……?」」


柴進は目に涙をためて言う。


「これは宮殿(きゅうでん)でございます。皇帝陛下(こうていへいか)ただお一人が住める建物で私の屋敷や土地など比べものになりません」


柴進は瓢姫と桃香に拝礼(はいれい)していた。二人も咄嗟(とっさ)に返礼する。


「この柴進。ながらく(ふさ)ぎ込んでおりましたが、姫様に梁山泊に加えて宮殿まで(たまわ)ったとあっては悩みが一気に吹き飛んでしまいました。これよりは私に出来る事で王倫様をお助けすると約束いたします」

「「!!」」

「ご主人様……ようございました」


使用人達も目立たぬように泣いていた。柴進を心配していたからこそ立ち直った姿に安堵(あんど)した涙だった。


「それで瓢姫様。この素晴らしい美術品は何と呼称(こしょう)すれば(よろ)しいのでしょうか?」


瓢姫は考えもしていなかった事に()れられ動揺(どうよう)する。


「え? あ……じおら……」

「じおら?」

()んだ……これは呼ぶなら箱庭(はこにわ)でいいと思う」

「なるほど箱庭ですか。うん、まさに。良い感じだと思います」


その後、瓢姫と桃香の二人は美味(おい)しいお茶とお菓子でもてなされた。柴進の屋敷は久しぶりに明るい笑い声で包まれていたという。


翌日。王倫と晁蓋は姿を現した柴進に驚き、事の顛末(てんまつ)を聞かされるとこれを大いに喜んだ。王倫は柴進を王家村の村長役に相応(ふさわ)しいとし、そのまま村のまとめ役を(まか)せる事にした。


ここに新たに村の顔役(かおやく)の一人として小旋風(しょうせんぷう)柴進が登場。長者(ちょうじゃ)としても活動していく事になるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ