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入学式

 いくらなんでもゲームのまま過ぎるだろ。

 俺が最初に思ったのはそれだけだった。





 相川孝治、15歳。今、人生最大の岐路に立っている。





 思えばこれまで、地味に苦労していた気がする。

 実は俺は、前世は女だった。

 別に、前世が女だから悪いって訳ではない。ただその記憶が俺の記憶に混ざるほどはっきり蘇ってくるとなると、話は別だろう。

 中でも嫌だったのは、小学生の時のトイレの記憶だ。

 流石に女子トイレに入ったりはしなかったけど、個室に入るのが普通だと思い込んでいた。友達に散々からかわれたのは、俺の黒歴史のひとつだ。

 本来あるはずのない記憶が紛れ込んでくるせいで、色んな失敗があった。

 それでも俺はめげずに、中学に上がり部活を頑張った。おかげで、今では同級生に比べて男らしい方だと思う。

 俺は試練を乗り越えられた。でもそれまでの事はほんの序の口だった。

 進路に関する資料を読んでいた時だ。ある高校の名前が目に入った瞬間、今までにない程の記憶が一気に溢れてきた。そして、この世界が乙女ゲームである事を知ってしまった。

 マジかよおいおい冗談じゃないぜ、と思った。

 その時の俺にはすでに好きな子がいた。でもその子は、ゲームヒロインじゃない。

 俺は悩んだ。禿げるほど散々悩んだあげく、もうどうだっていい、そう思いかけていた。

 だけどバレンタインデーの日、僅かな希望にかけて告白した。

 一か八かの賭けは成功した。勢いで前世の記憶もゲームの事も全て打ち明けてしまったが、それを受け入れてくれた彼女の器の大きさには感謝しかない。

 まだ恋人として日は浅いけど、これから二人で頑張っていくんだ。





 そして今日は、高校の入学式。

 恋人が出来たからといって、他の学校に入学先を変えるつもりはなかった。逃げたって仕方ない。かかる火の粉は自分で払う。いや、そんな大げさな話じゃないか。

 まあ、逃げていたら、自分の望む運命を掴み取ることなんてできない......なんて、いよいよ俺も彼女のペースに飲まれてるな。

 俺の彼女の感性は独特だ。多分漫画や小説の影響を受けてるんだろう。気がつくと話のスケールが大きくなっている。

 そんな彼女の事を痛い子だと言う奴もいる。だがそんな所が、可愛くて仕方ない。俺がたしなめると申し訳なさそうに慌てる姿は、ヤバいくらい可愛い。本当に、


「おーい、コウジくーん」


 彼女だ。


「おい、葉月、大丈夫か?」


 クラス発表の掲示の前でごった返す人の中、小柄な彼女は潰されかけてる。

 埋もれないよう必死で跳ねる姿が、小動物みたいだ。いつまでも見ていたくなる......じゃない!

 慌てて助け出すと、後ろで束ねた髪がぐしゃぐしゃになっていたので、軽く手櫛ですいてやった。彼女の細くて色素の薄い髪は、絡まりやすい。


「ありがとう!」


「今日はひとつ結びなんだ」


「いつものだと、お辞儀の時に邪魔だから」


 入学式ってそんなお辞儀したか?


「ちょっとお姉さんぽい」


 そう言うと嬉しそうに照れて、少し得意げに胸を張る葉月。真新しい制服の初々しさと合わせて、破壊力は半端ない。

 俺の心臓、葉月に握られてるんじゃないか。彼女の一挙手一投足に、ドキドキさせられる。


「そうだ、結局クラス分け見られなかった。どうしよう」


「クラス一緒だったよ」


「本当に?よかった!嬉しい」


 本当に嬉しそうに、バンザイしながらジャンプするのが可愛い。流れでそのままハイタッチした。俺もうっかりジャンプしそうだ。


「あ、体育館の方、もうクラスごとに並び始めてる。行くか」


 人の波もそっちへ流れ始めている。彼女の手を取り、先導して歩き出す。


「頼もしい背中、素敵です!」


 たまに、彼女から恋人とは違う目線で見られている気がする。気のせいか?うん、こんな時はスルーしとこう。


「......とうとう、その時がきたね」


 後ろからかけられた言葉に、心臓が跳ねる。思わず、繋いだ彼女の手を強く握ってしまった。


「あっごめん!」


「大丈夫だよ。コウジくん......頑張ろうね」


 手汗がじわりじわり、滲んでくる。

 意識的に考えないようにしてた事だ。考え始めると、嫌な想像ばかりが浮かんでくるからだ。

 でも、俺には葉月がいる。一緒に頑張ろうとしてくれる、そんな彼女の手を離したくない。


「ああ、葉月が傍にいてくれる。だから俺は、負けない」


「......うん、私は壇上まではいけないけど、心は常に傍にいるよ!」


「は?」


「頑張ってね、新入生代表挨拶!」


 そっちかよ。いや、確かにそれも重要な事なんだけどさ。俺が一番なんて、もうこの先無いだろうな。

 本当に、彼女の言動は俺の想像を軽く越えてくる。良くも悪くも。

 あまりにも彼女が期待に満ちたキラッキラの表情をしているので、水を差す気にもなれず、普通に頷いておいた。

 実のところ、今日の入学式はヒロインとの出逢いイベントはないから、構える必要はないのだ。そう思うと、変な気負いは無くなった。

 どこか噛み合ってないけど、それでも結果は良い方に転がってく。いつもの俺達だ。うん、何か大丈夫な気がしてきた。来るなら来い。いつだって相手してやる。


 そして、厳かに入学式が始まった。

 もうすぐ俺の出番が来る、緊張が高まってる所に伏兵が現れた。

 攻略対象のひとりである生徒会長が挨拶で出てきたのだ。ヒロインばっかり気にしてて、すっかり忘れてた。

 でも俺は正直、テンションが上がってしまった。芸能人と会った時みたいなミーハーな喜びだった。

 二次元が三次元に変換されるって凄え。違和感の無い実写化とか、ちょっと得した気分になるな。やっぱイケメンだなぁ。さすが一番人気。

 そんな事考えている間に会長の挨拶は終わり、次は俺の番だ。


「新入生代表、前へ」


「はい」


 大丈夫だ。言われた通り、礼儀正しく、決められた文言を読めばいいだけ。

 壇上に上がり、つかえる事なく読み上げた。よし、終わった。

 余裕がでた俺は、周りの景色が見えてきた。そして、振り返り様、余計なモノを見てしまった。


 おかっぱの女子生徒の姿。あれは、ヒロインだ。


 何でこんな所に?バカな俺は気をとられて、うっかり階段を踏み外してしまった。あ、と思った時には遅い。最上段からそのまま滑り落ちる。数秒間、何の音も聞こえなかった。そして、最後の段に後頭部をガツン、とぶつけた。痛い。

 しーん、と張りつめた沈黙の後、一部で爆笑する声が上がった。体育館に、笑いたいけど笑ってはいけない空気が漂う。

 俺は俺で、心配した教師が抱き起こしてくれるまで、頭が真っ白になって動けなかった。

 その後、式は何事もなかったかのように進んでいった。椅子に座らされた俺は、ひとつの事だけを考えていた。





 おかっぱで目無しとか......!

 あれはゲームの顔グラそのままリアルにしたら駄目だろ!ホラー過ぎる!





 ヒロインに怯えていた俺は気がつかなかった。

 その日、俺の黒歴史がまたひとつ増えたという事を。





 

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