第9話 これから
「ま、冗談はさておき...」
ガルファルドはそう前置いて、本題に入った。
「お前、ダンジョン攻略はどうするつもりだ?」
「いや、どうするって言われても...」
正直、俺にやれることはもうやりつくした。
装備を整えて挑んでも、作戦を立てて挑んでも、冒険者を雇っても、攻略は叶わなかった。
「ま、お前はそう言うと思ってたけどな。だが、そうも呑気にしていられなくなってきたんだよ」
「...? どういうことだ?」
「貴族だよ。あいつら、お前にダンジョンの攻略を進めさせるようギルドに圧力をかけてきやがった」
ギルドに圧力?
俺はギルドに冒険者として登録はしているが、別にギルドの管理下にあるわけではない。
実際、ギルドからダンジョン攻略の依頼を何度か紹介されたが、全部無視していたくらいだ。
「そんなことしても意味がないだろ」
「あぁ貴族もそれはわかってるだろうよ。連中の目的はダンジョン攻略じゃない。ギルドを従わせる前例を作りたいだけだろうな。ほら、あいつらプライドだけは高いから」
ギルドと貴族の関係は絶妙なバランスで成り立っている。
ギルドは貴族から支援金を受けることで運営をし、街の仕事を一手に請け負っている。
そして、貴族はギルドがあることで街に仕事が溢れず、自治することができている。
どちらが欠けても、この街は成り立たなくなるのだ。
しかし、貴族は平民が運営する組織である冒険者ギルドと自分たちが対等な関係であることに長らく不満を抱いていたはずだ。
そんな時に、ギルド所属の勇者がダンジョン攻略をしていないという大義名分を得たことで、貴族はギルドに圧力をかけ始めたと...。
「俺たちもさすがに人類の存続を引き合いにだされちゃ、何も言えなくなる。あいつら曰く、俺たちは『人類の守護者である勇者を抱え込んで、人類の危機を放置している』らしい。このままなら、反人類主義として捕えるとか言ってきたしな」
俺が知らない間に、ずいぶんと関係がこじれてる...。
「なんか悪いな...俺のせいで迷惑かけちまって。俺も色々やってはみたんだけど...」
「あぁ、わかってる。お前がこの街に来てから毎日のように、戦えない勇者が死にかけてるって話が聞こえてきてたからな。だから、ここ最近、その話を聞かなくなって心配してたんだぞ。死んだんじゃねぇかって」
そんな噂になってたのか。
まぁ、ゾンビ戦法とか試してたし、そりゃ噂にもなるか。
「そもそも、戦闘能力のないお前にダンジョン攻略をさせようってのが無茶なんだよ。勇者の中で唯一戦えない『無能』の勇者。貴族もそれをわかってて言ってるから質がわるい」
「「はぁ...」」
俺はガルファルドと同じタイミングでため息をついた。
そう、これこそが俺が家に三週間も引きこもった原因。
戦えないのに戦いを強制される。
元クラスメイト達のような超人じみた力が俺にはない。
凡人の俺にそんな超人たちと同じ使命を課せられても困る。
しかし、拒否権がないので世間で「無能勇者」だと蔑まれても無茶を繰り返してきた。
けど、万策尽きて心が折れてしまった。
「そういや、俺も国外追放されるから、ヤバいんだよなぁ...」
忘れかけていたが、もともと俺は国外追放を回避するために外へ出たのだ。
それがなければ、未だに部屋に籠っていた。
というか、二度と出てこなかったかもしれない。
「はっ...? お前、今なんて言った?」
「え? だから国外追放されるって...。10日前くらいかな、俺が召喚された国の国王から書状がきたんだよ」
「お、おまっ...それ...自分の立場わかってんのか...?」
「わかってるよ。国の外に出たら魔物がうじゃうじゃいる。俺みたいなのが外に出れば、他の国にたどり着く前に死ぬ。事実上の死刑宣告だろ? 」
まぁ、最悪魔物だけならなんとかはなるとは思っている。
ダンジョンでは役に立たなかったが、魔物除けの魔道具やポーションなんかを用意すれば、なんとか生きて他の街に行くことだけならできるかもしれない。
「勇者召喚をしたギルゼルド王国って言えば、人類国家のまとめ役...。そこの国王が国外追放って言ったら、それは人類生存圏からの追放を意味する。お前...このままだとどこの国にも居場所がなくなるぞ」
は?
なんだって?
「いやいや、なんで一国家の王様が言っただけで人類国家全部から弾かれるんだよ」
それじゃあ、俺が仮に生きて他の国についても意味がないじゃないか。
「それが、ギルゼルドって国の影響力なんだよ。お前たち勇者を各国に派遣して今では、どの国もギルゼルド王国に逆らえなくなってる。そんな国に一度でも反感を買った奴を自国に招き入れようとはしねぇだろ」
なんだよそれ...。
じゃあ何か?
俺はこのままダンジョン攻略を進められなかったら、この世界に居場所がなくなるのか...?
無理難題を押し付けられてそれができなかったら、罰としてすべての国から追放する。
そんな馬鹿な話があっていいのか?
いや、いいわけがない。
「クソがっ...」
俺は自分の膝に拳を打ち付けた。
何もわかっていなかった。
自分の置かれた状況、貴族たち、王族たちが何を考えていたのか。
召喚されてすぐに、才能を鑑定されて俺たちの能力は向こうに把握されたので、俺が戦えないことは召喚された瞬間に知られていたはずだ。
その時から、あいつらは俺のことを処分する計画を立てていたのかもしれない。
「あるじ...さま...」
チカが俺の手の上に、自分の手を添わせた。
そうだ...チカは、チカはどうする。
俺がいなくなれば、この子は一人になってしまう。
いや、別に俺がいなくてもいいか。
奴隷契約を解除して、別の誰かに、それこそガルファルドにでも引き渡せば。
こいつなら安心できる。
「おい、サイジョウ。お前、今なにを考えてやがる。自暴自棄になるんじゃねぇぞ。チカちゃんを幸せにするってさっき言ったよな? あの言葉が嘘だって言うんなら本当に落とし前つけさせるぞ...」
ガルファルドが睨みつけてくる。
もちろん嘘ではない。
この子のことを幸せにしたいと思ったのは本当だ。
でも、俺にそれができるのか?
今の俺に、この子を守るだけの力がない。
むしろ俺が——
「あるじさま...だいじょうぶ...です。わたしが...あるじさま...を...まもる」
「え...」
チカは強いまなざしでそう言った。
この子が今までの話をどれだけ理解しているのかはわからない。
いや、おそらく大半を理解できてはいないだろう。
それでも、俺が何かマズい状況にあるということくらいは理解できたのかもしれない。
「俺もそれしかねぇと思うぞ。チカちゃんのステータス...あれは異常だ。あんな数値は見たこともねぇ。それこそ、噂に聞く勇者と同じレベルだろう。チカちゃんならダンジョンの攻略もできるかもしれ——」
「――駄目だ」
駄目だ。
それは...駄目だ...。
俺はチカを利用するために買ったわけじゃない。
「けど、お前...本当に後がないぞ...。どうするんだよ、これから」
「何か...他の策を考えるしか...」
「それがねぇから、お前はこんなことになってんじゃねぇのか?」
「わかってるよっ!」
わかってる。
チカに手伝ってもらえば、簡単にダンジョンを攻略できるかもしれない。
ステータスにあった金運の加護。
チカの異常なまでの力はあくまで俺由来。
考えようによっては俺の力とも言えるかもしれない。
でも、チカはまだ子供で、俺はチカを守り、きちんと面倒を見る義務がある。
それが、何も考えず無責任に手を出した俺にできる唯一の責任の取り方だ。
だから...俺がチカに戦わせるなんて、やっちゃ駄目だ。
「あるじさま...」
チカが添えていた手に力を込めた。
「わたし...めいわく...です...か?」
「...そんなこと、ないよ」
「でも...あるじさま...つらそう...」
「...っ!」
俺は今、心底酷い顔をしていることだろう。
この子の前では努めて明るく振る舞ってきた。
けど、現実を目の当たりにした今は、その仮面も外れている。
怖くはないだろうか...。
「わたし...なにも...できないから...あるじさま...のおやくに...たてない...」
むしろ、俺はチカに救われている。
チカが俺と一緒に居たいと言ってくれたあの時、俺は本当に嬉しかったんだ。
この世界に来て初めて、誰かに俺の存在を認めてもらえたような気がした。
だからこそ、俺もチカに何かしてあげたいと思ったんだ。
「チカが何かする必要はないんだ...。ただ俺はチカに幸せになってほしくて...俺が何かしてあげられたら...それでチカが喜んでくれたらそれでよくて...」
「はぁ...なぁサイジョウ。お前...自分で言ってて、わからねぇのか?」
ガルファルドが俺に諭すように言った。
「......」
「チカちゃんも、同じ気持ちなんじゃねぇのか? お前がチカちゃんのためになりたいって思うように、チカちゃんもお前の力になりたいって思ってるんだろう」
チカを見ると、コクリとうなずいた。
「どうして...俺は...お前を金で買ったのに...」
「あるじさま...があるじさまに...なったから...わたし...しあわせになれました。さっきわたしのこと...しあわせにするって...いいました。でも...わたし...もうしあわせ...です」
チカは言葉を続ける。
「あたたかいごはんも...おふろも...おふとんも...ぜんぶはじめて...でした。あるじさまのこえ...やさしくて...すきです。たくさんの...しあわせ...くれました...。だから...わたしも...あるじさまに...なにかしたいと...おもいました」
同じなのか...。
俺がチカに救われたように、チカも俺に救われていた。
俺はずっとチカのことを幸せに、普通の子どものようにのびのびと生きられるようにしなければいけないと思っていた。
しかし、とっくにチカは幸せになっていたのだ。
「けど、それはチカを危険な目に遭わせることになる...」
「だいじょうぶ...です...。こわいのも...くるしいのも...あるじさま...がいたら...。だから...あるじさまも...ひとり...じゃ...ない」
気づけば俺の目からは涙が流れていた。
俺は全て、自分一人でしなければならないと思っていた。
ガルファルドのような知人はいても友人や仲間はいなかった。
けど、今は一人ではない。
そのことに、チカが気づかせてくれた。
人は誰かを頼ってもいい。
そんな当たり前のことを、異世界に来たことで忘れてしまっていた。
誰かを助けたい、俺がそう思うように、誰かも俺のことを助けたいと思ってくれるのだ。
それを受け入れることは、決して罪ではない。
「......チカ、俺のこと助けてくれるか?」
「はい」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし、「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブクマとポイント☆☆☆で応援していただけますと大変励みになります!
2026/8/6/7:45
昨日は更新できなくてすみませんでした。
疲れて寝てしまったので朝の投稿になります。
今日の夜にもまた更新するので、見ていただけると嬉しいです。
評価や感想もいただけると嬉しいです!




