第8話 言葉の意味
「よぉ...久しぶりだな、サイジョウ...いや。 『金運』の勇者」
ギルドマスターはゴリラのように太い腕を組み、俺に言った。
「スゥ......」
これだから、ギルドには来たくなかったんだ。
***
「勇者...」
お姉さんがそう言った時、俺は勇者であることがバレたのだと思ってしまった。
そのことが、顔に出ていたのだろう。
お姉さんは速攻でカウンターにある警報装置を鳴らした。
瞬く間に職員が俺を囲い込み、周囲の冒険者も何事かと様子を伺っていた。
「金運の勇者ですっ! すぐに捕えてくださいっ!」
お姉さんがそう言うと、職員たちが一斉に飛びかかり俺を取り押さえてきた。
「っちょ、おいっ」
」
俺は床に押し倒され、這いつくばった。
「...やぁ...やめて...」
チカが職員の服を掴んで、俺から引きはがそうとする。
「ほら、あなたは下がっていなさい」
先ほどのお姉さんがチカの腕を掴んで、離そうとした。
その時――バチンっ!
「痛っ」
チカが力強く、お姉さんの手を弾いた。
「っは...マズい」
チカは拳を固く握り、プルプルと震えている。
ここで、チカが暴れてしまうとさらにとんでもないことになる。
「あるじさまを…たすけ...なきゃ...うあぁああああ」
チカは叫びながら職員に向かって拳を振り上げた。
「おいっ、チカっ! やめ——」
「――全員、動くな」
突然、野太い声がしたかと思うと、チカの拳が職員に当たる直前で止まっていた。
いや、チカだけではなく俺も、俺を取り押さえる職員、この場の冒険者、全員が身動き一つ取れず、声すら発することができなくなっていた。
——コツ コツ
その中で唯一、この男だけが歩を進め俺の前までやってくる。
「おいおい、何事かと思ったらお前かよ…。サイジョウ」
冒険者ギルド——アウデルガルザ支部ギルドマスター
『神声』ガルファルド・ヴァン・ライツロードが俺を見下ろしていた。
***
「で、久しぶりに顔を出したと思ったらなんでお前は取り押さえられてたんだ?」
ギルドの奥にある、通称ギルマス部屋にて、ガルファルドは腕を組みながら眉をひそめて言った。
スキンヘッドで髭の濃い、頭を上下逆さまにしたような大男だ。
「いや、俺が聞きたいくらいだよ...」
なんで俺が勇者だとバレた瞬間に警報装置なんて押されるんだ。
別に逃げやしな...いとも言えないけどさぁ。
もうちょっと穏便に済ませてくれてもよかったんじゃないか?
そうして、俺とガルファルドは部屋の入口付近にいる、先ほどの窓口のお姉さんを見た。
「へっ、えっ。ギルマスが言ったんじゃないですかっ。『金運』の勇者が来たら、迷わず警報を鳴らして、ひっ捕らえろって」
このクソジジイが...。
「...お前のせいじゃねぇか」
俺はジーっとガルファルドを見つめた。
「いっいやぁ、冗談じゃねぇか、冗談っ! まさか、あんなこと本気にするとはなぁ...いや、悪かった。すまねぇな、サイジョウ」
ガルファルドはへへっという感じで、頭をポリポリと掻きながら言った。
「いや、別にいいよ」
うん、気にしてないよ?
勢いよく飛びかかってきた職員のせいで、手の指の骨が折れたこととか、多分足の骨にヒビが入ってたこととか気にしてないよ...?
こんなことで、上級ポーションが一個無駄になったこととか、別に気にしてないからね...?
「ま、それはそうと今日はどうしたんだ? しばらく街でもお前のこと見かけてなかったのによ。それにその子、お前に子供なんていたとはなぁ」
ガハハと豪快に笑いながら、ガルファルドは聞いてきた。
「いや、俺の子どもじゃねぇよ。この子はその...買ったんだよ...」
「...買った?」
ガルファルドは少し眉間にしわを寄せた。
なんと言ったらいいか…。
チカとの関係はちょっと複雑だからな。
一言で説明するには難しい。
「その...路地裏でチカ...あっこの子の冒険者名なんだけど、チカを見つけて、奴隷だって言うから...助けなきゃって」
自分でも嫌になるくらい、説明が下手くそだ。
全然、エピソードがまとまらなくて変な言い方になってしまった。
「サイジョウ、お前...奴隷に手を出したのか」
ガルファルドは先ほどの愉快さなど微塵も感じられない声音で聞いてきた。
そして、鋭い目つきでこちらを睨みつける。
その様子に思わず体がこわばってしまう。
この世界で奴隷がどのような立ち位置にあり、どの程度忌避されているのかわからない。
言葉を間違えるとマズい。
やばい、空気が凍ってる。
何か言わないと...。
なにか...。
——ピト
「え...?」
気づくと、チカの手が俺の手の上に置かれていた。
小さく、温かい手。
なぜだか触れていると安心する。
「あるじ...さま...」
チカが心配そうな目で俺を見てくる。
この子も、ガルファルドの様子から何かを察したのだろう。
けど、もう大丈夫だ。
「ありがとう」
俺はそう言って、チカの頭にポンと手を置いた。
そう、何も迷うことはない。
俺は、あの時の選択を間違いだとは思わない。
そして、覚悟を決めて俺は言った。
「この子はガルドフって奴隷商が扱っていた奴隷だ。街を歩いてたら悲鳴が聞こえて、近づいたらチカが鞭で打たれて泣いていた。俺はそれが見過ごせなくて、この子を買った。けど、俺はチカのことを奴隷だなんて思ってない。俺は...」
そこまで言って、言葉に詰まった。
俺は、チカのことをどう思っているんだろう。
まだ、出会って三日目だ。
でも、俺はかなりチカと打ち解けられていると思っている。
最初は会話するときも、たどたどしかったのに今では軽く自分の要求を伝えることだってできるようになってる。
冒険者名だってそうだ。
俺はこの子が何かを求めるなら、それを叶えてあげたいし、この子が笑って安心して生きていけるように...もう、この子が辛く苦しい日々を送らないようにしたい。
そう思えるような相手を...俺たちの関係を言葉にするなら——
「俺は...チカを家族だと思っている。だから、責任をもって一生をかけて幸せにするつもりだ」
この言葉に嘘、偽りはない。
俺はチカの家族として、幸せにする。
できるできないじゃなく、俺がそうしたいと思ったのだ。
「...そうか。お前なりに考えがあったことは理解した。悪かったな殺気なんて飛ばして...」
はっ...?
あんた、殺気なんか飛ばしてたのかよ。
そりゃ、怖いわけだわ。
ていうか、チカがやけに不安そうな目で俺を見てたのはそれが原因か。
俺が殺されると思ったのか。
「大丈夫だ。俺の説明が足りなかったせいだし」
俺はあくまでも、わかっていた上で気にしていないというスタンスを取ることにした。
そう、何事も舐められてはダメなのだ。
「いやぁ、しかしサイジョウも漢だな。こんな所でプロポーズをするとはなぁ! こりゃあ、今日は祝賀会だな! おいっ、リア! 近くの飲み屋に連絡しろー!」
ガルファルドが窓口のお姉さん——リアというらしい、に言うとリアさんは『ガッテン承知』と言う感じで親指を立ててグッドサインをしていた。
「え、いやいやちょっと待って。プロポーズ?」
そんなことをした覚えはない。
確かに一世一代の宣言ではあったかもしれないが、別にプロポーズをしたわけでは...。
「そりゃそうだろ。『家族だと思ってる』『一生をかけて幸せにする』とか言ってたじゃねぇか。これをプロポーズと言わなくてどうすんだよ、なぁ?」
ガルファルドがリアさんに同意を求める。
「えぇ、私もあんな力強いプロポーズをされてみたかったです」
そして、同意するリアさん。
待て待て待て、俺の覚悟があらぬ方向で理解されてしまっている。
俺はただ、幸せにしたい、そうするべきだと思う関係ってことで家族だと言っただけで...。
「ほら、チカちゃん見て見ろよ。お前、これでさっきの言葉を撤回しようもんなら俺が直々に落とし前つけさせるからなぁ?」
言われてチカの顔を見た。
下唇を噛んで、うつむき、服の裾を握っている。
耳まで顔を赤くし、目を泳がせている。
「あるじ...さま...」
上目遣いで俺を見つめるチカを見て思った。
あ、これはダメだ。
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