第9.5話 獣人の少女の記憶(後編)
——うぐっ...
「あ、主...様っ...!」
私のそんな思いは、主様が苦しみだしたことで一瞬にして消え去った。
どうすればいいのか、わからない。
主様はカバンを見ているけど、もしかしたらあのお水がもうないのかもしれない。
せっかく、私も主様も生き残ったのに...。
主様だけが死んじゃうのは絶対に嫌だ...。
——わ、悪い。肩貸してもらって…いいか...?
すると主様がそう言って、私に腕を伸ばしてきた。
私は迷わずに肩を貸した。
どうしてか、主様に頼られたことがとても嬉しかった。
***
家につくと、主様は私を置いて走っていった。
けど、力が入らないのかすぐに転んでしまった。
そんな無茶をしたら、また怪我をしてしまう。
もう、傷つかないで...。
私は主様の下に入って支えて歩き、階段を上った先の部屋に主様を連れて行った。
部屋に行くと、主様は引き出しをガサゴソとして一つの棒を体に刺した。
多分、あれが主様が探していたお薬なんだろう。
——悪い...多分...気絶する。二時間かそこら...放っておいてくれ
すると、主様はこう言って動かなくなってしまった。
し、死んだわけじゃないよね...?
でも、どうすればいいのかわからなかった。
近くに布団を見つけたので、とりあえずそこに寝かせることにした。
堅い床よりも、フカフカのお布団の方がいいと思った。
その後、どれだけ待っても主様は目を覚まさなかった。
何度も生きているか確認した。
息もフーフーしてるし、お胸もドクドクしてる。
生きている。
けど、このまま目を覚まさなかったらどうしよう。
「私が...私がもっとうまくできていれば」
もしかしたら、この家のどこかに主様を助けられる何かがあるかもしれない。
おうちの中を探して回ってみたけど、それらしいものは何も見つからなかった。
私にはなんの知識もない...。
やっと出会えた、私を守ってくれた人...私の大切な人の役に立つことができない...。
どうして、私はこんなにも無力なんだ。
そう思うと、悔しくて涙が出てきた。
.........!
主様が目を覚ました。
どうしてか、そう思った。
勘違いかもしれない。
けど、私はすぐに主様のいる部屋に向かった。
***
「あ、主様っ。失礼いたします...」
おじさんに教わった通りに、挨拶をしながら部屋に入った。
私が恐る恐る部屋に入ると、主様が目を覚ましていた。
よかった、生きていた。
そう思うと、安心してまた涙が止まらなくなった。
私は何も考えずに主様の胸に飛び込んだ。
一瞬、汚い私が主様に触れるなんて怒られるかもと思った。
でも...主様は笑いながら優しく私の頭をなでてくれた。
とても気持ちが良い。
誰かに触られて気持ちがいいのは生まれて初めてだった。
私はずっと、誰かにこうしてほしかった。
私は主様がなでてくれているのとは、反対の手を握った。
温かい。
私よりも大きな手。
けど...これは私を傷つけはしない。
——君、名前は?
主様が聞いてきた。
名前...私に名前なんてあるのかな。
お母さんも、おじさんも私のことを呼ぶ時は『おい』とか『お前』って言っていた。
多分、私に名前はないのだろう。
「...わ...わたしに...なまえはない...です」
どうしてか、主様とお話をするときは緊張してしまって上手く話せない。
私が答えると、主様は困ったように——そうか...、とだけ言った。
なにか間違えてしまったのかな。
嘘でも適当な名前を言うべきだったかもしれない。
——ごめん…まず聞かないといけないことがあった。
しかし、主様は私に謝った。
主様が私に謝ることなんて何もないのに...。
——君は俺と奴隷契約したわけだけど…
そうだよ。
主様は私の主様になったんだ。
——もし嫌なら俺は契約を解除してもいいと思っている
え...。
なんで、そんなことを言うの...?
主様が主様じゃなくなる...そうすれば、私と主様をつなげるものがなくなってしまう...。
「いっ...いやっ!」
私がそう言うと、主様はとても驚いた顔をした。
どうして...。
もしかして、主様は私なんていらないの...?
そう思うと、とても辛くなった。
私はこの人にまでいらないと言われてしまったら、どうすればいいんだ。
もし、主様がいらないと言ったら、私はそれに従うしかない。
でも、でも...私は主様と一緒にいたい...。
迷惑かもしれない。
けれど...一緒にいたい...。
「ご...めん...なさい...でもっ...」
上手く言葉にならない。
言ってもいいのかな。
私が言えば、多分、この人はそうしてくれる。
でも、主様に迷惑をかけたくはない。
——大丈夫...何か言いたいことがあったら言っていいよ。ちゃんと聞くから
あぁ...ダメだ。
我慢ができなくなってしまう。
「...えっと...その...」
ダメだ。
この先は言っちゃ...。
——大丈夫、ゆっくりでいいから
すると、主様は私の手を握ってきた。
大きくて優しい手。
温かくて、安心する。
はぁ...もう、私の負けだ。
「わ...わたしは...主...様...といっしょにいたい...です。主...様...におんがえし...がしたい...です」
言ってしまった...。
——別に、責任を感じる必要はないんだよ。俺が勝手にやりたくてやったことなんだから
違う、私は責任を感じているわけじゃない。
ただ、私は主様のために何かしたい。
主様に頼ってほしい。
必要としてほしい。
ただ、それだけで...。
——君が自由になりたいと思うなら俺は...
私は自由になんてなりたくない。
できることなら、この先もずっと...あなたと一緒にいたい...。
「ちがっ」
思わず主様の言葉を遮ってしまった。
でも、この人はこんなことでは私を殴ったりはしない。
「わ...わたしが...主...様と...いっしょ...いたい...です。めいわく...おかけする...かも...。でも...おやくにたちたい...」
迷惑かもしれない、必要とされていないかもしれない。
けど、私は主様のために何かをしたい。
一緒にいたい。
せめ、隣にいることだけでも、どうか許してほしい。
「だめ...ですか...」
私が聞くと、主様は笑い出した。
私の一世一代の告白なのに...。
ダメだとしても...笑わなくてもいいじゃん...。
また目に涙が浮かんできた。
——あぁ、違う違う。ふふっ
そう言って、笑いながら主様は私の涙をふいた。
——うん、いいよ。一緒に居よう
「えっ!」
いまいいって...いいって言ったっ!
やった、やった!
いいんだ。
私は主様にそばにいることを許された。
なら、絶対に主様の期待を裏切るようなことはしないようにしよう。
私はこれから、一生をかけて主様のことを支えよう。
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