表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【天の夢 地の道】  作者: ヒデキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/311

【陵王の舞】

一三三一年三月四日、後醍醐天皇が北山第の西園寺邸に行幸した。嵐の前の静けさというべきか、この御幸は、表面上終始穏やかなものだったと伝わっている。

天皇を迎えるのは、西園寺公宗だった。公宗は、一三二六年に亡くなった西園寺実衡の後継ぎで、関東申次を務めている。また、皇太子の傅役を兼ねていた。皇太子は持明院統の量仁親王なのだから、公宗は持明院統派だったといえる。

一方、天皇にお供をするのは、源具行ら討幕計画の推進者たちである。


六日、桜吹雪の中、琵琶や笛の演奏が開始された。これを聴く後醍醐の傍らには、第一皇子尊良親王の姿が見える。だが、その腰には、物騒なものが覗いていた。

『御直衣に太刀はき給へり』(増鏡)

“直衣に太刀を差しておられた”

日が暮れ始めた頃、陵王の舞が始められた。舞手は北畠顕家。親房の嫡男である。

庭園を彩る桜の間から夕日が覗き、舞手を照らす。

桜の枝に羽を休める鳥達が、舞に感応し、歌を奏でる。

『陵王のかがやき出たるけしきいとおもしろく。かたりつたふるばかりにて。いづれとみわきたるかたは侍らねど。ひけとる手などいふ事にやとおぼゆる』(舞御覧記)

“陵王の輝かしい様子は、たいそう趣があり。語り伝えたい程でした。最も優れた舞手を見分ける方法などございませんが。他に引けをとる事などあるまい、と思われました“

天皇も、思わず笛を手にする。笛の音に包まれ、舞手は一層輝きを増した。

乱直前の儚い幻想。後年、誰もがこの日を懐かしんだ。

北畠顕家、生涯を絶人の舞で彩る麗人の初舞台であった。


 七日、歌会が催された。しかし、この日、後醍醐天皇が詠んだ和歌の上の句は、『増鏡』にも『舞御覧記』にも記録されていない。

『御製、 代々の御幸の あとと思へば  この上、忘れ侍るのちに見出してぞ』(増鏡)

“上の句は忘れたから後で調べる”と白々しく惚ける「増鏡」の作者。

公家社会が、これ以降の後醍醐をどう評価したのかは、これより推して図るべし。

『宿からは 花も心に とまるかな 

代々のみゆきの あとと思へば 』(新葉和歌集i)

このように、記録が残っているのだから。忘れるはずがないのである。

 その頃、籠居中の吉田定房が、非情の決意をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ