幕間 質疑応答はツリーハウスにて
――軌道の姿が消え失せたマルチソルジャー、社長室。
辺りを覆い尽くしていた闇は晴れ、扉も消散し、代わりに充たされていく新鮮な酸素と太陽光。
暴れ回った本が、はしゃぎ回った椅子が、次々と元の在るべき場所へと戻っていく。
擬人の力は地上での効果が薄い。地下で使用するのと比べて、地上、ましてや東京で最も天に近い場所で使うとなれば、世界に掛かる負担は限りなく割愛されてしまう。
だとしても、当の擬人に掛かる重圧は果てしなく膨れ上がるのだ。
その負荷を出来る限り正常に留めて力を行使していたマギナは、膝から崩れ落ち、軌道が去った後の床を見届けて息を切らした。
それを腕組しながら眺めている徹浪は、息切れの激しいマギナと違っていた。
顔を赤くして何度も呼吸を繰り返すマギナに対して、徹浪はふーっと、一息だけ吐くと、余裕と落ち着きを蓄えた顔で口を開くだけ――。
「――どういう意図があって、こんなことを」
「……言えません」
立ち込める沈黙。徹浪の顔に、少しだけ焦りが浮かぶ。
マギナはへたり込んだまま重く感じられる頭をだけを上げ、徹浪を見上げる。
徹浪は質問をぶつけた後、机の側に置かれている椅子に戻り、小さめのサボテンと共に飾られていたパソコンを触った。何かを確認して難しい顔をすると、もう一度マギナを見つめる。
心なしか、徹浪の思惑は外れたかに思われる。それはマギナにもわかった。そんな表情をしていたからだ。
「もしかして――トルクと? それともコニー? 軌道君に何を求めて?」
「…………言えません」
「何を言っても無駄か。じゃあ、この状況はどうやって説明するつもりだい?」
その状況、この状況こそが、徹浪がマギナを問い質す最大の要因だった。その魂胆は、それこそマギナに存在する。
――彼女が徹浪の『頼み』と異なる任務を遂行したことが、そうだった。
「――彼を、どこへ送った?」
「アンダージュへ――それはお約束します」
「――――」
徹浪は口を閉ざし、マギナの回答に歯を食い縛る。
アンダージュに送ったかどうかは問題ではない。マギナは絶対に軌道をアンダージュへと送る。それは奥の確信となって徹浪の思考を締め上げていた。
だが、問題であるのはアンダージュの『どこ』に送ったか。
それが軌道も、擬人も、大樹も、アンダージュも、地底列車も――全ての事柄に精通している、軌道絡みきっての大問題だった。
「彼は『転生トラックの擬人』、『白い空間と扉』と言っていた……敢えて追及は避けてみるよ。僕の考察は出来上がっているけど、君にとっても聞き心地のいいものではないだろうしね。そうだ、因みに……僕はこの後アンダージュに行ってくる。それこそ、問題発生だ」
「――!」
徹浪とマギナは、他者に語るとなればそれなりの時間を共に過ごした仲である。
徹浪が地底を知り、擬人を知り、列車を知り――そしてマギナを知るまで、それほど時はかからなかった。それほどの関係を築いた二人ならば、たとえ言葉を介さずとも、ある程度の意志疎通は可能である。
マギナは瞬間的に徹浪が思い立った原因を思い当たる。マギナ自身にとってもそれは無関係ではない事象だ。突然、長く離れていた地底――アンダージュへの想いが募る。
ただ一つ願ったのは、あのくるくる青年が無事でありますように、ということだけだった。
「――どうやら、下で『風』が暴れているようだ」
「……お気を付けて」
先程確認したパソコンの液晶画面。そこには、アンダージュのとある一角の現状が映し出されている。それこそ――、
『風の災害』が、たった今始まったというメッセージだ。




