1-16 地下世界(アンダージュ)への入口
「――という訳。二人とも、分かったかい?」
「つまり、この娘……えっと」
「マギナとお呼びください、アンダージュの救世主様。くるくるー……くるくるー……」
「反応に困るから俺の髪の毛撫でながら救世主様呼びは止めてくれないかな……」
ややこしい状況にピリオドを打ち、未だにしりもちを突いている軌道と、その後ろから両手で軌道のくるくるヘアーを弄っているマギナに説明を始めたのは他でもない徹浪だ。
身勝手に伝えられた情報はそれほど多いものではない。
ただ、マギナが地下へのゲートを開く役割を受け持つ『扉の擬人』であることと、軌道がそれに乗っかってアンダージュを救いにいってきまーす、という作戦のみ。
何故か軌道が地下に行くことが確定してしまっているが、地獄よりはマシではないかと自分と討論を繰り広げる軌道は、既に諦めムードに突入していた。
自身の気持ちどうあれ、擬人という存在への興味は尽きることはない。『扉の擬人』と思ってマギナを振り返りながら観察してみると、髪を弄る顔が快楽に満ちていたので、取り敢えず表情を見るのは止めておくことにする。
しかし確かによく見れば、可愛らしい体や衣服に付けられた髪止めや校章っぽいバッジ、胸にあるリボン等に扉の様な装飾、要素が垣間見えた。
あまりごてごてした扉要素が少ないのは、一応は彼女が女の子だらなのだろうか。
どうやらそんな観察と解説を聞くことに飽き、軌道の頭髪を弄ぶことに専念していたマギナは解説を聞き終えるや否や、はっと目を輝かせ、物凄い期待の眼差しを向けてきたのだが、正直プレッシャー以外の何物でもない。
「その……マギナちゃんが俺を地底へ送ってくれて、俺はそこで活躍してもらったらいい……ってことは解ったけど、何で俺はここにいるのか、についての説明がまだじゃねぇか。転生トラックの擬人って聞いたが、どうせ社長さんの思惑なんじゃないか? あの白い空間と、あの扉然り」
「――ふむ」
ある程度の説明を終えた徹浪はこれよがしに指を組み、二人の反応を待つ。マギナの反応はまあ予測通りだったのではないだろうか。先に反応した一人の少女を見やり、徹浪は満足気に頷く。
しかし、軌道はまだ含めた疑問を抜け出せずにいたので、徹浪を頷かせるほどの発言をすることは出来なかった。
彼は、まだ顎を手に乗せて考え込んでいる。悩んでいるのではなく、まるで『本当にわからない』かのように――。
「――!」
軌道の発言に反応を見せたのは、何も徹浪だけではない。彼女もまた、軌道の言葉を感じ、マギナは言葉が出ない。そしてなお頭を撫で続けることを止めないのには、一種の執念を感じられた。
それでいて驚きの顔を崩さないマギナの態度に、軌道はあらゆる角度からのコメントに困る。考え込む徹浪に対しても同じだ。
「――さあ、何のことだろうね。僕には理解しかねる」
「……わからない、ってのか? あれだけ非常識な理論振りかざしやがった癖にかよ……。その空間には『扉』もあった。古い、ちっぽけなやつだったが……それを開けたら、ここに出た。これでも理解出来ないか?」
「――――」
徹浪は軌道の追及に手を振って『わからない』をアピールしてみせる。表情は苦笑い、これでは本気なのか作っているのか検討がつかないので、軌道は視線をマギナへと移してみる。
……が、マギナはと言えば一向に口を動かそうとはしなかった。
また無表情。ただ、若干の焦りも感じられる息遣いをしていることもわかる。
流石に女の子相手が心配になってきたので、軌道は一旦振り返って声をかける。
「……どうした?」
「きっと、うずうずしてるんだよ」
声に答えたのは、マギナではなく徹浪だった。
言葉にならない険悪感。それは、徹浪がよく醸し出す悪い空気。軌道が感じ取れるのは、別にそういう会話をずっとしてきたからではない。
そう、誰でも分かるくらい明確に、はっきりと徹浪は爆弾発言を放てるよう準備を整え終え――、
「――早く君に、『救世主様』になってもらいたくてね」
「――――」
途端、足元が漆黒の闇に包まれた。
軌道は確信を持つ。――空気が格段に汚くなった。
一気に心が訴える。『死にたくない』と。
暗闇は幻覚でも何でもなく、しっかりと目に映ったまま軌道の存在を飲み込みにくる。
床を伝い、木目の板が見えなくなる。部屋に飾られた観葉植物の緑が認識出来なくなった、くそ野郎が植物を乱すなばか野郎。棚に置かれていた学術書が散乱し、世界が揺れる。
さっきまであった光なんて、もうどこにも残ってはいない。風も吹き止み、嫌な雰囲気が部屋中に充満していく。天窓から差し込んでいた太陽光は、消えた。
窓の外はいつも通りの世界が広がり、この影響はこの部屋でのみ起こっていると理解した。
――そして一番大事な、発生源。
「……何となくはわかってたよ、マギナ。『扉の擬人』だし、これくらいは出来るわな……」
「……救世主様、アンダージュへとお送りします。少し揺れますので、道中はどうかお気をつけ下さい」
いつの間にか天パ頭に乗っかっていた手は離れていて、その手の持ち主であるマギナは軌道の背後に立ち尽くしていた。
彼女は擬人だ。だが、そこには『命』があった。
表情も、言葉も、お洒落も、息遣いも、手触りも、何もかもが『人間』だった。
髪の毛越しにでもわかる――マギナには体温があった。
徹浪の話を少し聞いて、擬人のことを知ったつもりでいた。だが違う。後ろに立っている、軌道を闇に取り込もうとしている少女の表情は無表情なんかじゃない。
今の彼女の気持ちくらい、軌道にはわかる。
確かに『怯えている』。
もっと知ってやりたい。もっと知って、擬人という存在に関わりたい。知ってやって、寄り添いたい。何より救いたい。【知識欲】は、止まらない。
そこにあるのは、純粋な願いだけだった。
――軌道はゆっくりと『振り返る』。
マギナの表情は想像と少しだけ違う、気がした。
「わかってたが、唐突過ぎてちょっと怖いわ。――社長さん」
「……手荒だが、許してくれ。これ以上は君にとっても、マギナにとっても、悪い方向にしか駒は進まない。マギナは君を巻き込みたくなかった、それだけのことさ。僕としても、もっと君とお喋りしたかったんだ。けれど――もう、これ以上は」
「――――」
マギナと向かい合う徹浪の真似をして、手を振ってやった。わからない、のポーズの後に、さようなら、の振り方もやってやる。
徹浪に全くの恩がない、というわけではない。むしろ、感謝しても良いくらいなのかもしれなかった。何でそう思えるのかはわからない。しかし、悪い気がしないのは何故だろう。
徹浪は笑い、同じ様に手を振った。軌道が受けとることで、それは軌道の背後に佇むマギナには届かない。
徐々に暗闇が、軌道の脚を殆ど包み込んでいた。感覚が消えるというのは、やはり不思議な経験だと思う。麻酔すら打ってないのに、流石擬人としか言いようがなかった。
「……これは?」
「擬人が持つ力の真髄さ。『開通力』――マギナは創り出した扉で世界を開通させ、形あるものを他空間に移動させることができる。それが、扉の擬人なんだよ」
「へぇ……この、扉が」
いつの間にか目の前に聳え立っているのは大きい扉だ。
さっき見た古ぼけた木製扉とも、このツリーハウスの入口に備え付けられているドアともまた違うデザインの扉で、レバー式。
しかし『大きい』だけに、自分で動かせる気は全くと言っていいほどない。軌道の身長の二倍は軽くある扉は、横幅も比例して通常サイズを軽く見下している。天井すれすれのデカさなので、ますます部屋と共に植物が脅かされないか危惧する。
無意識の間に闇は晴れていき、それでいて薄暗さを保って軌道を取り巻いていた。空気の悪さと生理的な気持ち悪さは気になるが、気にしたってどうにかなるものでもないだろう。
今一度真剣に扉の前へと歩いていく。
未だ後ろにはマギナがスタンバイ。徹浪は軌道を見送れるように扉の横へと移動していた。
「はぁ……もう俺、どうにでもなれ。頼む」
「――また会おう軌道くん。いってらっしゃい」
「健闘を祈ります、救世主様。……社長、いきます」
「あ……マギナ、最後にちょっといいか」
ふと思いつき、地上――天空にて暫く訪れることのないやり取りを、せっかくなので交わしておくこととする。そっと足をマギナの方に歩ませ、頭に触る。
そう、ほんの些細な願いだった。
「――俺のこと、一回『お兄ちゃん』って呼んでくれねぇか?」
…………。
「――なるほど……正直引いたよ? とんだ性癖だ、我が社にそんな社員はいらないかなぁー? いや、やっぱり抜けてもらっては困るね。これからたっぷり働いてもらうんだから」
「あんたは黙ってろ! いいか、よく聞け。俺はマギナが覚醒したとき、Sタイプに進化するという結論をこの短時間で発見した。発見したはいいが、もうこんな上空に戻ってこられるとも限らない。なら……なら、今ここで欲望をさらけ出した方が良さげじゃないか! だから俺はやってやるぅ!」
掌の中にて、相変わらず闇と扉を制御しているっぽいマギナは絶句していた。息を呑んだことが軌道にわかるのだから、なおさら。
いや、されても仕方ない。される覚悟くらいはこの短時間で出来ていたはずだった。でも実際絶句されるとなれば意外とショッキング。
軌道にはいくつも夢がある。その一つが『制服を着たSの妹に上目遣いでお兄ちゃん呼びしてもらう』というものだ。
軌道に妹などいない。が、もしも叶うならば軌道は一週間飯が食べれなくなっても惜しくなどない、そんな夢だった。
叶わずに地下に行くのもいいが、ここはやはり――、
「――ちゃん……」
「おぉ?」
「――お兄ちゃん! いってらっしゃい! また、また頭髪触らせて下さいねー!」
「完璧だこんちくしょぉぉぉぉ!!」
その台詞と同時に、扉が光って開けていくのが見える。
徹浪が唖然として此方を見ているのがわかった。
恥ずかしい。今すぐにでも逃げたい。そんな気持ちを酌む様に、扉は徐々に徐々に、開いていく。
――あの時と同じように、足が勝手に引っ張られる。マギナに触れていた腕が引き離される。どうにでもなれ、俺は行ってやる。
死ぬのは怖い。怖いから嫌だ。だが、少なくとも今の軌道に後悔はなかった。白い空間で潜った扉ではそうだったかもしれないが、薄暗い暗闇で潜る、しかもマギナの扉だからだと思う。――そんなに、怖くなかった。
――もう、近くには何も無い。小さな生命の灯火が、あるだけ。
「植物と妹属性、万歳――――!」
それが、最後に発せられた言葉だった。
◇◆◇
第一章終わりました……次回から二回ほど、幕間を更新します。
第二章もちゃんと終わるといいな。
おまけ。各キャラの座右の銘です。
軌道→『誠心誠意』
徹郎→『CATCH THE MOMENT』
マギナ→『物事の鍵は常時手元に在り』
転生トラックの擬人→『異世界に飛ばされようが生き抜く』




