1-15 くんくん
「あああああああああ…………」
止めなく落ちていく。この常闇の穴を。
何でこうなったのか、自分では理解出来ているはずだ。
だが、こんなに『非現実的』な光景を何度も目にしてしまうと、どうやら頭までおかしくなってしまうらしい。結局理解出来ず仕舞いだ。
「うおぉぉぉぉ、と、止まれェー!」
とりあえず暗中落下の途中に吠えてみるが、響く様子も誰かが近付いてくる気配も感じられない。
当然だろう、社長室であんな出来事があったならば。
――手を上に伸ばし、暫し呆然としてみる。相変わらず状況に代わり映えはないが、取り敢えず声を出すことを止める。
じっと指先を見つめようと試みるも、暗すぎるため敢えなく失敗。仕方なく、せめてその手をぎゅっと握り締めてやる。
そして、何となくその動作に切なさと惨めさを覚えて――、
「……やっぱ、こうなんのかよぉぉぉぉ!!」
――空中、大の字に寝転びながら軌道はもう一度吠えた。
改めて確認するが、軌道は地底への路を真っ直ぐに『落ちている』。
何もかも全て徹浪が悪い。そうとしか思えない。
軌道はほぼ全体が謎に包まれた世界に落ちていくわけだが、ここまでくる過程の全てが謎だった。
謎の対話、謎の擬人(転生トラック?)、謎の白い空間を抜けた後、気がつけば謎に社長室。
――あの時は狂っていた、かもしれない。
徹浪も軌道も、もしかしたらあの擬人さえも。それぞれの目的を達成するために、こんな謎な状況を作り出したとしたら、それはそれで笑えない話だ。
◇◆◇
『じゃあ、準備は万端に出来ているね? ではでは、行ってらっしゃーい。僕は陰ながら応援しているよ』
『お、おい待てよ……何で、俺はここに……』
『……? 何故って、君が決断したからじゃないかな。さあ立ってくれ。やれやれ、決意が深きも慌てて戻ってきて怪我しては意味がないよー。……マギナ、来なさい』
『ぅ、え……?』
転がされたままの状態で軌道は喘ぎつつ景色を再確認する。
やはり、さっき見た通りの社長室だ。時計はあるし、机も椅子も、無駄にデカイ。徹浪の態度も一貫している。
さっきまでいたはずの空間とは似ても似つかない、鮮やかな緑と茶色、ついでに水色と日光の空間。
無音だったが、今は風の音がした。息苦しかったが、緑効果で酸素は普段以上に充満している。白いだけで光がない所だったが、差し込む太陽光は緑だけでなく、軌道にも癒しを分け与えていた。
ただ、たった今ここに招かれた存在のみがそんな風景を全否定している。どこからともなく、そいつはずっと、誰にも気付かれなかったまま――『そこにいた』。
『……お呼びで』
『聞いてくれ、遂に僕の願いが叶うんだ。これでやっと地下を救える。マギナ、呼び出して悪かったね。頼みがあるんだ。……彼を地底へ送ってやってくれないかい?』
マギナ、と呼ばれた色白な少女は学校の制服っぽい衣服を纏っており、徹浪の提案にこくりと首肯すると、表情の宿らない顔をすーっと、軌道のすぐ目の前へと近付けた。少しびっくり、座ったままぎょっと後退るが、ロボットのように無表情ながらも可憐な顔立ちを目にすれば、驚愕は一瞬だった。
感情がない、と表現してしまえばそれだけの顔だ。しかし、それ以上の関心を持ってまじまじと眺めれば、段々と細かな変化も読み取れるようになってくる。長年の間軌道が培った観察力(植物成長見守り用)の賜物であるが、今の気持ちはおそらく『興味』だろう。
何故植物を観察していたのに人の表情まで読み取れるのか。普通に、軌道が植物にも人と同じように接していたから、という話だ。
『……なるほど、この人が……へぇ……くんくん』
『は、はぇっ!?』
中学生くらいの少女は、息の音、匂いが軌道にもはっきり分かるくらいに急接近して――軌道の髪を嗅いだ。やっぱりびっくりして後退りしかける。
なんて遠慮の欠片もない娘なんだろう、と思ったが、少女は真っ直ぐに整ったボブヘアー。軌道の天パに興味を持った……としてもなかなかにエキサイティングな行動に出たものだ。
なんだろう、こんな綺麗な女の子に頭くんくんされると、ふわふわした気分になってくる。癖になりそう……。ちょっと待て、どうやら俺は女の子ってものをナメていたらしい。今までこんなことなかったからって、俺はイケる人だなんて勝手に思ってたかもしれない。――やばい、可愛い。
途中から少しだけエスカレートして、なでなでも追加されていた。失神しそう。くそ、俺らしくない。
やがてマギナはうっすらとだけ無表情を崩すと――、
『……いい匂いと手触りですね、好きですよ』
『…………あ、ど、どうも……?』
『おおー、良かったね君。マギナの頭髪フェチを掻い潜るとは……なかなかマギナが気に入った髪の毛は少ないんだよ。ましてや好きだなんて言わしめるなんて……ああ、ええと、因みに僕は』
『トゲトゲはタイプじゃないです』
『相変わらず表現がそれっぽいから地味に破壊力あるねぇ!』
『いや、フェチがあるのはお互い様で親近感が持てるな……いい友達になれそうだけど、どうせ俺、もう地下にいっちゃうんだよな……』
『そうだ、忘れてた……!』
『忘れんなよ、てか何で俺はここにいるんだ? この娘誰だ?』
『忘れないで下さい、あなたが指示したんでしょう? というかこの人誰ですか』
『二人とも辛辣だよ!?』




