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常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第1章 『天空のツリーハウス』
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1-14 純白の意識

「――ぐ、あっ!?」


 現実世界に放り出された軌道は、まるで高いところから落とされたような浮遊感、同時に痛みを味わった。

 痛みを感じた、ということは感覚は戻っているんだと思う。痛いのは生きてる証拠、とは上手く言ったのか言ってないのか。

 ここは、どこだ。まだ目が光に慣れていないせいで、辺りの状況が思う様に理解できなかった。

 肌に触れる空気が冷たい。目に触れていた光は、さっき闇の中で視たものとは比較にならないほど強さを増していた。いや、もしかするとこの眩しさが普通なのかもしれない。

 見えない目を擦り、涙を流してよろよろと立ち上がってみる。よかった、体は動く。


「――ぅ?」


 声も出た。ならばいよいよ目が覚めたと理解できた。

 ここはどこだと言ったつもりが、変な呻き声にしかならない。

 身体の異常を調べ尽くした軌道は、やっとのことで機能を取り戻しつつある眼球を行使する。

 涙が止まり、水が溜まる瞼の先には――。


「と、扉……?」


 声も正常な状態に復帰し、目と意識は完全にぶっ飛ばされる以前よりも覚醒する。

 目で見えた先、意識で確認したもの。

 ――それは、古びた木製の扉だった。

 輝いている世界、真っ白で、何の雑じり気のない世界に、たった一つだけの物体として扉は存在していた。

 向こう側には壁も、建物も、何もない。ただ扉だけが、ポツンと突っ立っていた。こんな風景を見ていると、ドラえもんのどこでもドアを思い出す。

 軌道がどんな感情を懐こうと、扉は全く動じる気配はなく、ただ、軌道を待っていた。

 まるで『開けろ』と訴えかけているみたいに。


「む…………」


 辺りを見渡して、本当に扉しかない世界を物色した軌道は頭を必死で回す。

 意識は完全に戻っていた。先程までは朝、目が覚めた時みたいに眠気とぼんやりとした浮遊感に誘われていたのが、今はパーペキに普段と何ら変わらない。

 軌道は一応はエリートとしての自覚はある。それ故にプライドが高く、何事も一人で解決しようと奮闘していたが、こればっかりは本当に一人で決断しなくてはならない。

 ――扉を開けるか、開けないか。


「いや、答えはとっくに出てるんだが、な……」


 軌道が扉を開ける決断をしかねているのは、さっきまでの自分の推測が原因だ。

 もし『転生トラック』にぶっ飛ばされ、自分が『転生』していたとしたら。

 この扉の先は異世界で、もう二度と地球には戻れないかもしれない。それが何だか惜しくて、開けられない。魔法は使ってみたいが、命の星の植物とお別れなんて絶対にしたくない。剣なんかそもそも持ちたくなかった。

 そしてもう一つ、この扉の先が『地獄』だった場合。

 鬼や閻魔等、不穏で不振極まりない発言を残して軌道をここへぶっ飛ばしたであろう張本人『転生トラックの擬人』は、もしかすると軌道を閻魔の意思によって地獄に送るという命令を受けていた、と馬鹿げた想像をしてみるが、あながち間違ってはいないかもしれない。


 あの時徹浪が話して魅せた地底都市『アンダージュ』の存在や地底列車。擬人に転生トラック、真っ白で扉しかない世界――と続けば、流石に現実主義の軌道でも受け入れざるを得ない。

 もう普通の価値観を持つことに、意味は存在していないんじゃないかと思う。


「けど、開けなきゃなんも始まらないことも解ってる……ぐずぐずしてても時間の無駄、か……」


 一定の決意を胸に抱いた軌道は、プールの端から端くらいまでの距離がある扉に向かって歩き始めた。

 足取りはゆっくりと、確実に扉へと軌道を近付ける。

 わかってはいた。

 体も頭も、普段の装いに回復しきった。痛みも五感もあるし、涙も出た。ここから推定するに、夢の中ではないとわかる。

 しかし、真っ白な世界――白昼夢とでも言おうか、それからは全く覚めることはなかった。当然だ、夢ではないのだから。

 現実だと理解した上で、そんな『現実から覚める』方法を模索してみる。


「いや開けるしかねぇだろ」


 幾分か引いた表情でも歩き続け、扉はあと十メートルの位置にまで迫ってきていた。すぐ目の前に着いたら、開けなければならない。

 何となくこの白銀の現実を目に留めて置きたくて、上を、左右を、下をぐるっとキャプチャ。もうすぐおさらばするであろう景色をしっかりと記憶に貼り付けておく。

 後は他愛もないことをぼんやり考え続け、やがて扉の前に到着した。


 木製の扉には丸いドアノブが付いていて、最近よく見るレバー式ではない、くるっと回す式だ。見た目も相まってより一層古くさく感じるが、別に嫌な感じはしない。もし地獄に続いている、としてもだ。


「よし、開ける……開けるぞー……」


 頬を叩いて気を張り、指と首を回して骨を鳴らす。ついでに緑念仏も唱えておけば下準備はバッチリ、これなら何処へでも行ける……と思う。

 予め準備しておいた覚悟をここぞとばかりに取り出して、暗い木目調のノブを汗ばむ手で握る。――未だ、腕がカタカタと震えていた。

 せっかく自分で決めた道だ。

 ここで退いてどうする、他に道はない。

 単純な一本道なだけに、軌道に【選択肢は用意されていない】。


 ――――。

 また、あいつのセリフが脳内で再生された。自分で考えた言葉が、徹浪の声でリピート、と言うよりかは被って聞こえる。

 ムカついた。もういい。

 大丈夫、もう徹浪なんかいない世界に行ける。

 この扉を開けて、入ってしまえば全て流されるまま、地獄にでも何処へでも行ってしまえる。

 そして『約束』を破った自分はそこで罪滅ぼしを重ねて、重ねて、重ねて――。


「――考えてもキリがねぇ。よし……!」


 決意が鈍らない内に、軌道はノブを回す。

 ガチャッと鳴り、次いでギィーッと、扉はゆっくりと奥へと開いていく。

 最初に押して良かった。引いてたら、覚悟も決意も、何もかもが台無しになってたと思う。

 そして、遂に扉が開ききる。まず感じたこと。


「し、白い……」


 扉の中は真っ白だった。ちらちらと覗いてみても、奥にも先にも、白しか見えない。

 しかし、その色はこの空間を形作る『白』とは違っていた。

 上手く言い表せない、極僅かな違い。空間の白が『神々しい』と言うならば、扉の中の白は『純粋なまでの』白、と言った感じだろうか。

 ある程度の呟きと調査を終え、軌道はやっと片足で扉の枠を踏み越えた。何だか、踏み心地が違う、気がする。

 続いてもう片方の足も縁を跨ぎ、『扉の白』に軌道は吸い込まれた。吸い込まれそう、というのが今の感想だが、時期に吸い込まれて――。


「――っ!? あっ……!」


 突然、沸いてきた超常的で不可解な力が軌道を包み込んだ。

 なんだ、これ。頭がふらついて、回復していた頭脳が重力に逆らって揺さぶられる。

 やばい、これは本当にやばい。

 考えることもままならないまま、軌道はもがき、状況を掴むことを優先しようとする。

 足がとられ、思うように動けない。

 真横の重力に引っ張られる。軌道の意思とは関係なく、扉の奥へと、どんどん足は踏みいっていく。

 止めろ……くそ、止まれ!

 嫌だ、止まれつってんだろ!

 止めろ! 止めろよ! 嫌だ、行きたくない!

 意思とは、関係なく、足は、どんどん、扉の中の、奥の、奥へ――。





「――――」


 いつの間にか閉ざされていた視界が晴れた。

 いつの間にか閉ざされていた聴覚が戻った。

 いつの間にか閉ざされていた感覚が備わる。


「――え?」


 ふと、白い世界で目を開けた先。

 そこにはまた、『扉』があって。

 何も出来ず、軌道は訳のわからないまま扉に激突、その衝撃でドアは開き――あれ。

 あの扉は……見たことがあった。

 さっき、あそこで見た。

 あれは、そうか、そうで、あれって――。


「――やあ。よく戻ってきてくれたね」


 目の前には、椅子にもたれ掛かった『福見徹浪』がいた。

 辺りには木で組まれたツリーハウスの内装、並べられた観葉植物、アンティーク振り子時計、無駄に大きい机。

 落ち着く香りと整えられた小物類。

 それらのインテリアは、つまりはこういうことを意味する。


「戻ってきてくれたということは――そういうことだね。君の『意思』を、僕は溢れんばかりの気持ちで尊重するよ」


 ――ここは、株式会社マルチソルジャー屋上、大樹の上に位置する社長室。

 こんなところに軌道が戻ったら?

 徹浪はもちろんそれを軌道の決断と判断し――地底へと送り込む。


 軌道は『異世界へ転生』したわけではなかった。

 『天空のツリーハウス』へと、誘われたのだ。

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