表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第1章 『天空のツリーハウス』
12/27

1-11 降伏宣言と横断歩道

 ――話は、【楽しい楽しい勉強会】を行った十数分後へと正確に時を刻む。今頃、あの社長室のアンティーク振り子時計も、左手首に巻いた腕時計と同じように針を進めただろうか。

 辺りでは自動車が鳴き、コツコツとローファーの足音がこだまし、電車の発車ベルが理不尽にも疲れきった耳に届いてうるさい。

 軌道はマルチソルジャー前の、比較的新しい横断歩道のすぐ側で佇んでいた。


 なんだかんだ辞表を叩き付けに行き、なんだかんだ会社の秘密を探求しに掛かり、なんだかんだ言い争いになり、なんだかんだ幾つかの情報を教え込まれ、なんだかんだ望みを伝えられ、なんだかんだ合意してしまった――その後、なんとか我に帰り、勢い任せに社長室を飛び出して、早十数分。


 天空のツリーハウスから地上へ降りる階段は、軌道の体力を少しずつ削ぐように、無駄に長かった。怖い怖い、正に『怪談カイダン』だとさっきはついでに徹浪にも伝えてやったが、ニヤニヤ笑っていたあいつは今何をしているだろう。

 徹浪の顔を思い浮かべると、それはそれは見事なクールさ。とりあえずムカついた。


 あの不敵な笑み、微笑み、微笑、苦笑、失笑、嘲笑。ありとあらゆる笑顔が、軌道の精神を不可抗力でねじ曲げそうになった時間を振り返る。

 俺は、何を考えていたんだ。興味に、袖を引かれてた。『約束』を守りたかった。

 そして――徹浪に好感を覚えようとしていた自分に、心の中でありったけ叱責してやる。

 あいつと、友達になれたかもしれない。

 もしも、マルチソルジャーなんてクズ会社がなかったら。今頃スウェーデンにでも飛んで、徹浪と酒を交わしていた未来があったのかもしれない。

 ――だが、自然をナメたあいつは絶対に許してはならない。自分勝手に、よりによって同じ自然好きの俺を指名し、碧少ない地底へ行けと命じた態度にも納得がいかない。

 しかしそれと同時に、


「地下と列車と擬人……この三つには多分あいつ、本気で焦ってる」


 極々僅かな気がかりだった。

 あの必死ぶり、焦燥感に焦がれて揺らされる彼の態度――それは迫真の演技、なんてことはなさそうな、事実じみた真の態度。

 走って屋上からアスファルトに帰還を遂げた軌道だが、今は荒れていた息も落ち着いている。やはりあの場所、あの人物が落ち着かない理由だった説が有力となるが、それでは自然大好き人間である軌道自身が落ち着かなかったことに説明がつかなくなる。徹浪も、趣味が合いそうな、良い奴だとも実際思った。

 ――やはり、あの空気は本物だったのか。

 今を生きる軌道にとって、その過ぎた時間に思い出せる情報は少ない。きっと、聞いたら思い出すだろう事態は、十数分前の軌道を奮い立たせるのには十分過ぎたんだと思う。

 記憶の欠片を鑑定するため、軌道は徹浪と別れる切っ掛けになった最後のやり取りを思い出す。




『あのな……言っとくが、地下に行くの再検討するのはガチだぞ?』


『させない。絶対に、君でなければならない。地下は君を求めているんだ。必ず近い内に、君を地下へ送り届ける』


『さっきも聞いたよ、それ。社長さん本当に大丈夫か? うわ言みたいに繰り返して……ちょっぴり引いたわ俺』


『……いや、引いてくれても構わないさ。何故だかわかる?』


『…………』


『――地底には、君が腰を抜かすような、もっと素晴らしい『衝撃的』が待っているからね』


 この一言を聞いた軌道は、静かに回れ右。

 駆け出して、後ろにあった木のドアに手を掛ける。

 そして開ける、直前で徹浪が思いっきり脚のサイドブレーキに手を掛けた。

 ――掛けた手を動かすのが速かったのは、徹浪だった。


『――好奇心に、負けそうになったかい? だから逃亡しようと?』


『――――』


『それとも、責任感に押し潰されそうになった? やはり未練が残っていたりは……するのか?』


『――どっちも、だよ!』


 その言葉を皮切りに、部屋を飛び出した軌道はドアを開けたすぐ下に備え付けられたステップに、ドジを拗らせて転びそうになりながらも、一応は逃げ出すことに成功する。




「逃げ出す……? いや、違う。あいつにとってこの状況は、想定外じゃない」


 そこには確かな確信があった。

 何故か。


「――あいつは俺が部屋から出る直前『笑ってた』」


 ツリーハウスから脱出する瞬間に見えた、やはり立ちはだかるのはその、そいつの『笑み』だった。

 何を表しているのか、何を思っているのか。こればっかりは流石に想像したくない。いや、想像する以前に理解していた。多分、軌道に期待を宿していたのと同じように。

 ――徹浪『自身』に『自信』がある。

 寒いギャグだと、今は一人で笑い飛ばす余裕すらあるが、恐らく長続きはしない感情だと軌道は思う。

 この推測が運悪く当たってしまえば、こんな風に考えてるこの一秒だって、徹浪の手の上で泳がされているだけとも――。

 それは、最悪の状況を意味する。

 もし本当にそうだとすれば、もはや逃げ道は存在などせず、手枷を嵌められて死刑台ちかへ向かうだけの囚人と同じレベルまで堕落するハメになってしまう。

 無論、ただ堕落するだけではない。擬人の命を救いに行くという『誇り』を抱えて堕落していくのだ。『誇り』と引き換えに『緑との解離』。


 軌道は決めかねていた。この選択を。

 逃げ道はないと、内心ではうんざりするぐらい繰り返した。

 『約束&好奇心ちかでのせいかつ』が『約束&安定性ちじょうでのせいかつ』と戦っていた。違う、戦っても無駄だ。既に前者に傾き始めた『WIN』の文字は、水に浸けておいたみたいにぐっしりと重い。――覆せる気は、しない。

 なのに邪魔をするのは軌道の、変なプライド、というか不安要素。

 考えた途端に、額に汗が滲む。天然パーマの跳ねる方向が少しだけ変わる。


「…………は、やっぱ怖いか……社長さんの、言う通りかよ」


 それを十数分前の時点で見抜いていた徹浪には感心する。

 軌道は気付いてなお、この気持ちを完全に断ち切ることは出来なかった。

 少なくとも自分で動ける気はしない。

 だが、軌道と徹浪、二人の予想が当たったとすれば、軌道は必ず地底へ向かう『カイダン』へと足を踏み入れる。

 あの部屋を抜け出す時、徹浪は言っていた――。


『地下に行く気になったなら、何時でもまたここへ来るといい。僕はいつまでも待つよ? いつまでも君を勧誘し続けるし、いつまでも説得を続ける。けれどその内、いつかは――君を地底へと、ね。出来れば、早い目に納得してもらいたいものだよ』


 ――そう、『笑って』だ。

 徹浪の自信の表れは、軌道に理解を求める優しい眼差しを表す。

 このままでは時間の問題。後はずるずる時の流れに引っ張られて、トゥルーエンド。

 嫌だ。自然と、いつぶりだななんて語り合いたくない。

 確かな気持ちだった。だが、それと相反して――。


「大義名分が、できちまったのか……」


 これで堂々と、『抵抗したのに地下に連れていかれた』という証言を吐くことが許された。

 軌道も無意識の内に行っていたものだ。

 これは、何なんだ。徹浪が軌道の為に、少しでも楽になれる要素を残してくれたとでも言うのか。

 また、踊らされている。マリオネットだ。出来るならば今すぐにでも身体に取り付けられたタコ糸をほどいて切って摩り潰してやりたい。が、出来ない。


 ――終わった。

 考える度に、徹浪が張っていた罠に掛かって転ぶ。

 もう何を考えても、どこにでも徹浪が仕掛けをしているんだと思う。

 時間は過ぎて、第一希望は第二希望へと塗り潰されていく。

 もう、いっそ楽になった方がいいのでは――危ない思考が、軌道を掻き立てようとしていた。

 そっちに行っちゃ駄目だ。

 その方向は危険だ。行くな。

 危ない、危ない。危険だから。

 危険、危険……危ない……?


「――十分、地底あっちもデンジャラスだってのにな」


 自分で出た結論に薄い笑みを浮かべると、軌道は観念したように両手を上げた。白旗だ。徹浪には勝てない。全てがあいつの計画通りだったのだ。

 軌道がこうなることも、この後また社長室に顔を出すだろうことも、地底へ行かされるだろうことも全てが、掌の上で泳がされ転がされ、操り人形と化した軌道。

 彼がここにいる。負けて、悔しい自分がいる。

 悔しいのに、負けはちゃんと認めたのか。

 人の心のメカニズムは面白い。記憶がどこに宿るのかとか、電気信号を使えば、本当に人を遠隔操作で操れるだとか。

 そんなことどうだっていい。あの華やかな学生時代、教室の隅でちょこっと教わっただけの知識は今後も役に立つことはなさそうだ。

 ――何せ、地底アンダージュに行くのだ。


「――死にたい」


 理解した軌道は、その言葉を口から溢す。

 ほんの、何気ない一言だった。

 それこそ、大義名分と言える言葉だったのかもしれない。こう呟くことで、一応は悔しみ、悲しんだ。

 死にたいなんて文字だけの、どこにでもある悔しみ方なのだ。

 ――だがそれは、次のステージの入場切符へと成り代わる。


「――そんな簡単に、死にたいなんて言わないでほしいよ」


「――――」


 声が聞こえる。慈愛に満ちた声が。

 誰の声だ。この、哀愁に満ちた囁きは。


「――自分、転生トラックの擬人。ちょっと、轢かれてみない?」




 ――だから社長あいつは、好きになりきることが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ