昼寝する宿
灯里のまかない日誌より
七日目。
豆の汁、黒パン。
ポポも、食卓に。
ポポが宿に出てきてから朝のはじまりが少し変わった。厨房に降りる前にまずポポを探すようになったのだ。ポポはその日その日で違う場所に眠っている。暖炉の前・窓辺・棚の上・たたんだ毛布の山のなか。今朝は暖炉の前にも窓辺にもいなくて、たたんだ毛布の山をひとつ崩してしまってから、ようやく見つけた。食堂の椅子の背にちょこんとのって丸くなっている。起こさないよう、そっと朝の支度を始める。宿に、起こさないようにする相手がもうひとついる。それは思ったより悪くなかった。
その日ポポはよく丸くなっていた。湯気を吸ってはふくらみ、食堂を漂って、また丸くなる。
「ポポが丸いと、何かいいことがあるんですか」
ミラは短く答えた。
「丸い日は、悪くない」
その日の宿をあらためて見てまわる。薪の乾きどきが、少しずつ体でわかるようになってきた。
その日の宿仕事のあいだ、ポポはずっとそばを漂っていた。仕事の邪魔をするわけではない。根を詰めはじめたときに少しだけしぼんだ。ミラはそれを見て何も言わず、午前の割り振りだけを変えた。
「繕い物をやれ。座って、やれるやつだ」
棚の埃は明日でいい、と言い足して薪のほうへ出ていく。
窓ぎわで客室の敷布のほつれを繕っていると、ポポが膝の横へ降りてきて、繕い終えたぶんの上ですっかり落ち着いてしまった。動かすとしぼみそうで、針のほうをゆっくりにする。急がない針は思ったより性に合っていた。
昼はゆうべの豆の煮汁に新しい豆を足して、黒パンを添えた。食卓に椀を置くと、ポポが豆の椀の真上に来て、湯気を吸ってふくらんだ。
「豆は、まるい。よいかたちだ」
「お口には、合いますか」
「ポポは、湯気が好きだ」
返事のかわりに、ポポは豆の椀の上でひとまわり大きくなった。ミラは黙って匙を動かして、二杯目をよそう。残りものに豆を足しただけの汁が、今日はやけにうまくできている。
食べ終えたミラが、土間の薪棚の前で残りを数えた。下の段に手を当てて、少し考えている。
「雫村へ出る日を、そろそろ決める」
「お買い物、ですか」
「塩と、斧の刃の替え。……減るのは、道具も同じだ」
午後、明日のぶんの客室の手入れまで、先に片づけてしまおうとした。手が止まらない。あとで、が癖だと気づいたはずなのに、今度は先にというかたちで同じことをしている。止まっていると何かをやり残している気がして、つい手のほうが動いてしまう。
すぐそばでポポが小さくしぼんだ。色が少し薄くなり、湯気の輪郭が頼りなく揺れる。
「ポポ……?」
「今のポポは、見たほうがいい」
「明日のことは、明日の湯気でやればいい」
手を下ろすと、ポポは薄くなった色を少し取り戻し、ゆっくりふくらみ直した。それでも、しぼんだときの薄さが、しばらく目に残った。
夕方、ポポがしぼんだことをミラに話した。
「丸い日は、悪くない。しぼむ日は、見たほうがいい」
「祖母のときも、そうだった」
「ミラさんが無理をしても、しぼみますか」
ミラは少し黙った。
「……たぶん、しぼむ。だから、わたしも見ているんだ。ポポを」
夕餉は昼の豆の汁を温め直して、卵をひとつずつ落とした。ポポは食卓の真ん中で、湯気を吸ってはうとうとしている。
「今日は、よく丸かったな」
「はい。……昼すぎは、しぼんでいましたけど」
「お前がしぼませて、お前が戻した。そういう日だ」
ミラの言い方には、責める色がなかった。
夜、ポポは暖炉の前ですっかり丸くなって眠っていた。今日のしぼみは、もう戻っている。その丸い体をしばらく眺めた。
「あなたが丸いと、少し安心します」
ポポは寝ながら、ぽつりと寝言を言った。
「……灯里も……丸く、なれ……」
笑って灯りを弱める。
明日の朝のぶんまで出しかけた湯のみを、ひとつだけ棚へ戻した。
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