月に一度の客
夕方までに、空けておいた一部屋を整えておいた。
先日ミラに言われていた。来月のはじめに一部屋を空けておけ、と。寝具を伸ばして、窓を開けて風を通す。畳んだ毛布の上に、夕方の光が薄く差していた。誰が来るかもわからない部屋を、毎日整える。妙な気もしたけれど、来る日までは、寝具と窓を確かめておく。
ミラは「決まった日に来る客がいる」と言っただけだった。
初夏が、もう夏の入口に近い。夕方になっても、空気はぬるいままだった。
古道のほうから、足音がした。急がない、けれど確かな足の運びだった。一歩ずつが同じ間隔で、乱れがない。
玄関に出ると、老人が一人立っている。背筋がまっすぐで、長く同じ姿勢を保ってきた人のように、肩が動かない。日に焼けた顔をしていた。年は取っているのに、立ち方に隙がなかった。
「ガルドだ。世話になる」
低く静かな声だった。短く名乗って、それきり黙る。言葉を惜しむふうではなかった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
初めての客に、少し身構えた。けれど、その静けさには嫌な感じがなかった。
奥から、ミラが出てきた。ガルドを見る目が、ほかの客のときと少し違う。少しだけ、やわらかい。
「来たか」
「ああ。今月も」
それだけの短いやり取りだった。久しぶりとも、変わりないかとも言わない。
ミラがこちらに一言だけ言った。
「昔からの客だ」
それ以上は、ミラも言わない。
ガルドが背負っていた荷を、框にきちんと置く。置き方に無駄がなかった。それから深く礼をする。礼の角度がていねいだった。
整えておいた一部屋へ案内する。
ガルドは部屋に入ると、隅と窓を一度ずつ確かめた。それから荷を枕元に置く。その手つきは几帳面だった。
「いい部屋だ」
「ありがとうございます」
ガルドが窓のほうへ目をやった。暮れていく古道が見える窓だった。その光を見ている時間が、少しだけ長い。目の下に薄い影があった。
それ以上のことは、聞かないでおいた。
「何かありましたら、奥へお声かけください」
「助かる」
夕餉に、軽いものを出した。初夏の菜を薄く煮た汁と、やわらかいパン。
ガルドは静かに、少しだけ食べた。一口ごとに間があり、会話はほとんどなかった。
ポポは食堂の隅で丸い。ガルドの静けさのそばで、丸いまま動かなかった。
夜になった。ガルドが客室に下がる。
厨房の片づけをひと区切りつけて、廊下へ出た。客室の戸の下から、灯りの線が漏れていた。夜が更けても、その灯りはなかなか消えない。宿賃はきちんと払われ、手のかからない客だ。それでも、消えない灯りだけが静かに気にかかった。
厨房に戻ると、奥の棚に掛けた眠り草へ目が行った。まだ手は伸ばさなかった。
灯里のまかない日誌より
三十七日目。
月に一度の、客。
名は、ガルドさん。
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