↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こもれび亭へようこそ 〜異世界宿屋のまかない日誌〜  作者: 山田鰻
第一部 こもれび亭再出発編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/32

月に一度の客

夕方までに、空けておいた一部屋を整えておいた。


先日ミラに言われていた。来月のはじめに一部屋を空けておけ、と。寝具を伸ばして、窓を開けて風を通す。畳んだ毛布の上に、夕方の光が薄く差していた。誰が来るかもわからない部屋を、毎日整える。妙な気もしたけれど、来る日までは、寝具と窓を確かめておく。


ミラは「決まった日に来る客がいる」と言っただけだった。


初夏が、もう夏の入口に近い。夕方になっても、空気はぬるいままだった。


古道のほうから、足音がした。急がない、けれど確かな足の運びだった。一歩ずつが同じ間隔で、乱れがない。


玄関に出ると、老人が一人立っている。背筋がまっすぐで、長く同じ姿勢を保ってきた人のように、肩が動かない。日に焼けた顔をしていた。年は取っているのに、立ち方に隙がなかった。


「ガルドだ。世話になる」


低く静かな声だった。短く名乗って、それきり黙る。言葉を惜しむふうではなかった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


初めての客に、少し身構えた。けれど、その静けさには嫌な感じがなかった。


奥から、ミラが出てきた。ガルドを見る目が、ほかの客のときと少し違う。少しだけ、やわらかい。


「来たか」


「ああ。今月も」


それだけの短いやり取りだった。久しぶりとも、変わりないかとも言わない。


ミラがこちらに一言だけ言った。


「昔からの客だ」


それ以上は、ミラも言わない。


ガルドが背負っていた荷を、框にきちんと置く。置き方に無駄がなかった。それから深く礼をする。礼の角度がていねいだった。


整えておいた一部屋へ案内する。


ガルドは部屋に入ると、隅と窓を一度ずつ確かめた。それから荷を枕元に置く。その手つきは几帳面だった。


「いい部屋だ」


「ありがとうございます」


ガルドが窓のほうへ目をやった。暮れていく古道が見える窓だった。その光を見ている時間が、少しだけ長い。目の下に薄い影があった。


それ以上のことは、聞かないでおいた。


「何かありましたら、奥へお声かけください」


「助かる」


夕餉に、軽いものを出した。初夏の菜を薄く煮た汁と、やわらかいパン。


ガルドは静かに、少しだけ食べた。一口ごとに間があり、会話はほとんどなかった。


ポポは食堂の隅で丸い。ガルドの静けさのそばで、丸いまま動かなかった。


夜になった。ガルドが客室に下がる。


厨房の片づけをひと区切りつけて、廊下へ出た。客室の戸の下から、灯りの線が漏れていた。夜が更けても、その灯りはなかなか消えない。宿賃はきちんと払われ、手のかからない客だ。それでも、消えない灯りだけが静かに気にかかった。


厨房に戻ると、奥の棚に掛けた眠り草へ目が行った。まだ手は伸ばさなかった。


灯里のまかない日誌より

三十七日目。

月に一度の、客。

名は、ガルドさん。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。