半分だけ眠れた朝
灯里のまかない日誌より
二十六日目。
朝粥、半分。
お客さま、古道のほうへ。
古道の側は、まだ薄く白んでいるだけだった。
玄関の戸を閉めにいく。夜のあいだ廊下にあった月の光は、もうどこにもない。代わりに、戸の隙間から朝の冷たさが入ってくる。
厨房に戻ると、机の端の湯のみはまだそこにあった。中身は冷めきっている。下げてしまおうかと思って、もう少しだけそのままにしておいた。
廊下の戸の脇から、ゆうべの盆と湯のみを下げてくる。底に薄く残った蜂蜜を、湯と塩で洗い流した。
朝粥の支度に入る。昨日、客が残した椀の量を思い出して、米はいつもより少なめにした。白湯は新しく一杯ぶん。蜂蜜は、昨夜残された分から、もうひとさじ。
ミラが廊下のほうから戻ってきて、何も言わずに暖炉へ薪を一本だけくべた。厨房の壁に、火の色が薄く揺れる。
朝の光が、廊下に差し込みはじめる。
しばらくして、客室の戸が内側から小さく開いた。
客が戸の脇に立っている。声に張りはまだ戻っていない。
「おはようございます」
「おはようございます。お粥、できております」
客は廊下を歩いて、食堂の隅の席に座った。
窓から、朝の光が斜めに入っている。客は一度だけ窓の外へ目をやって、それから手元へ視線を戻した。ポポは食堂の隅で丸く、朝の光に目を細めていた。
朝粥を椀に盛る。少なめに。香草の葉を一枚だけ散らして、薄塩を指先に一つまみ。さっき洗った湯のみを手元へ置く。残してもらった蜂蜜と薬草で、白湯を新しく一杯ぶん用意した。最後に香草の葉を一枚だけ浮かべた。
椀と湯のみを、客の前に並べた。
「ありがとうございます」
客が匙を取る。
厨房の入口に立って、客のほうは見ない。椀の湯気が立っている位置だけ、視界の端に置いておく。
客が湯のみに手を伸ばした。蜂蜜白湯を半分まで飲んで、湯のみを置く。
「……ごちそうさまでした」
椀と湯のみには、それぞれ半分ほど残っていた。指先についた塩だけが、白く乾いている。
盆を持って、椀と湯のみを下げた。残りは流しの横に置いておく。あとで片づければいい。
客が席を立つ。荷物を取りに、客室へ短く戻った。戻ってきたとき、荷物はやはり少ないままだった。外套の肩の土は、昨日のうちに乾いて落ちたのか、もう薄くなっている。
「お世話になりました」
「いえ。お役に立てましたら」
「……夜の、薬草の方は、もう」
「夜のうちに、森のほうへ戻られました」
「そうですか」
客は少しのあいだ、玄関のほうへ目を向けた。
「あの方にも、ありがとうございました、と」
「お伝えします」
ミラが厨房から出てきて、客に短く頭を下げた。
「気をつけて」
「ありがとうございます」
玄関先まで案内する。古道の側は、もう朝の光が広がっていた。木々の影が、地面に長く落ちている。
客が外套を整えて、玄関先でこちらに向き直った。
「ゆうべは、少しだけ眠れました」
「……はい」
「ありがとうございました」
「また、少し歩けます」
「お気をつけて」
「またお越しください」
「はい」
客が古道のほうへ歩き出した。
ミラは先に宿へ戻った。玄関の戸を半分だけ開けておくと、朝の光が土間へ薄く差し込んだ。風が一度、土間の埃を小さく動かした。
厨房に戻ると、机の端の湯のみが、まだそこにあった。夕べから続いた、半分残った白湯の湯のみ。
湯のみを手に取る。指先に伝わる温度は、もう残っていなかった。ゆうべ運んだときは、まだ熱かった。
流しのほうへ運ぶ。底に残っていた白湯を流し、塩と少しの湯で湯のみを洗った。客が半分だけ飲んだ湯のみと、昨夜から机の端にあった湯のみ。二つを並べて、どちらも同じように伏せた。棚の段に戻すと、同じ形の湯のみが並んでいる。
窓の外で、古道のほうの風が、朝の光と一緒に動いていた。
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