風の夜と、寝具の支度
灯里のまかない日誌より
二十四日目。
風が、朝も残っている。
湯のみ、いつもの数。
朝、玄関を開けると、まだ風が古道の側で鳴っていた。
昨夜の風はそのまま残っていて、空気の中に乾いた音が混じっている。客はいない。今日も、たぶん。二日続けて泊まりの客はない。風の日は、旅人も無理に歩かない。古道には朝から人の影がなかった。
午前のうちに厨房の片づけを終える。湯のみは、いつもの数を伏せて並べた。日誌に書いたとおりの数。
昼すぎから、風が強くなった。
物干し場の毛布が大きく揺れる。ミラと二人で取り込みにいくと、ミラは何も言わずに毛布の端を集めて両腕で抱えた。身体を風上へ斜めに向けながら、足だけは動かない。こちらも反対の端をつかんで、風にさらわれないように抱え込む。乾いた毛布が腕のなかでばたばたと鳴った。
「強くなってきましたね」
「夜まで残るかもしれん」
昼でも、玄関の灯りが少しだけ揺れていた。古道のほうの空はいつもより低く、薪棚の戸がことことと鳴った。
夕方、客室の戸を一つずつ確かめて回る。風で立て付けが緩んでいないか、玄関側の窓の留め金がきちんとかかっているか。空の客室は、風の音がよく響く。誰も寝ていない部屋でも、寝具は乾かし灯りの位置も整えてある。いつ誰が来てもいいように。
廊下の隅に、人の気配があった。
ミラが予備の寝具を一組だけ棚から出していた。たたまれた寝具を、客室の一つの戸の脇に置く。布目を指で軽くならす。寝具の角を、もう一度指でそろえた。角は、いつもよりまっすぐにそろっていた。
「ミラさん、寝具……」
「念のため」
ミラは短く答えて、廊下を戻っていく。
予備の棚の前に立つ。並んでいた寝具の幅が、一組ぶん空いていた。
日が落ちて、風の音だけが宿を囲んだ。夜の膳は、火のそばで食べた。根菜を厚めに切って、豆と一緒にしっかり煮る。こんな夜は、熱いものがいい。窓の外で風が鳴るほど、椀の湯気があたたかく感じられた。
ミラは汁を二杯食べて、外の音に一度だけ耳を澄ませた。
「このくらいは、越える」
夜、風はさらに強くなった。
厨房に戻って、翌朝の支度を始める。
朝粥の米を、いつもより一杯ぶん多めに量っておく。湯のみは、いつもの数より一つ多めに棚から下ろして伏せた。パンの仕込みも、一つ多めに粉と水を合わせる。布をかぶせておく。手はふだんと同じように動いている。けれど、棚の上には、ひとつずつ多い支度が残っていた。
来るかどうかは、わからない。
ポポは食堂の暖炉のそばで丸い。窓が一度大きく鳴って、ポポがひとまわりだけ身をくぼませる。
最後に、玄関の戸を見にいった。
風が、戸の隙間から細く入ってくる。玄関の灯りは、大きく揺れていた。けれど、消えない。
古道のほうで、枝とも足音ともつかない音がした。戸口へ目をやる。
玄関の鈴は鳴らなかった。それでも、灯りは点けたままにした。
客室に戻る前、もう一度だけ廊下の隅を見た。
予備棚の端に、一組ぶんだけ空いた幅が残っている。
玄関の灯りは、揺れながらも、消えなかった。
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