雨樋を直す日
灯里のまかない日誌より
二十一日目。
干し豆、まだ使わず。
雨樋が片方、外れていた。
棚の上の段に、きのうリコが持ってきた干し豆の小袋がある。豆は日持ちする。使うのは、もう少し客が増えて、賑やかな汁物を炊く日でいい。それまでは、棚の上で待っていてもらう。
雨は明け方に上がったらしい。窓ガラスの外側にはまだ細かい水滴が残っていて、玄関を開けると、古道の側の土の匂いが少し強くきた。厨房の片づけを済ませて、湯気の残った鍋を端へ寄せる。
空気を入れ替えるために玄関の戸を全開にしたとき、地面の濡れ方がおかしいことに気づいた。庇の右端の下だけ、水が筋を引くように溜まっている。
顔を上げて屋根の縁を確かめると、雨樋の片側が金具から外れて、斜めに垂れ下がっていた。明け方の雨で外れたらしい。金具が古くなっていたのだろう。
屋根の縁を見て、外れた雨樋の先から薪棚の裏へ目線を移す。水が流れ込んだ跡が、薄く残っていた。このままでは薪が湿気る。湯屋の煙突を直した日の、湿った薪を思い出した。
ミラを呼びに行く。
厨房と物置のあいだで薪を運んでいたミラに雨樋を見せると、軽く眉を寄せた。
「ああ。金具が古い」
「直せますか」
「直す。お前、梯子のほうを支えてくれ」
ミラは物置から梯子と道具を出してきた。
梯子・釘抜き・新しい金具・短いハンマー・布切れ。
道具を並べていると、ポポが食堂の窓辺で湯気を一筋吸い、少しだけ丸くなった。
ミラが梯子を立てて、上がっていく。下で梯子の脚を両手で押さえる。
ミラの手は早い。古い金具を釘抜きで外して前掛けの物入れへ入れ、新しい金具を当ててハンマーで二、三度叩く。
「もう一個、外れかけている」
「あ、はい」
反対側の端の金具も、もう一つ取り替えることになった。雨樋を金具に押し込みながら、ミラが少し息を吐いた。
「祖母の代に直したやつだ。もう寿命だな」
「次は、いつごろ直したらいいんでしょう」
「数年は持つ。たぶん」
ミラが梯子を下りる。地面の水の筋ができていた場所を見上げると、雨樋はちゃんと水を流せる角度に戻っていた。梯子を押さえていた手のひらに、木の跡が薄くついている。
作業がほぼ終わりかけたころ、古道のほうから鈴の音が近づいてきた。
リコが配達のついでに、宿の前を通りかかった。雨樋の作業を見て、足を止める。
「あれ、雨樋ですか。手伝いましょうか」
「もう終わる。ありがとう」
「あ、了解です、ミラさん。じゃあ、次の市の日にまた」
リコは片手を上げて、古道のほうへ駆けていった。梯子をたたむ音が、そのうしろで続いていた。
ミラがハンマーを片づけ、梯子を物置に戻した。こちらも残りの道具をしまう。その手は、前より少しだけ慣れていた。それから薪棚のほうへ回る。湿気を吸った下の段の薪を上へ移し、湿った棚板は乾くまで空けておいた。棚の奥には、少し風が通る隙間を残す。
昼はとっくに過ぎていた。雨樋と薪棚で、午前がまるごと消えている。ありあわせで、遅い昼を用意した。ゆうべの残りの汁に、固くなりかけたパンを浸して温める。青菜を刻んで散らし、卵を一つ落とした。
二人で食堂の卓についた。ミラは汁の椀を二度よそって、黙って食べる。ポポも卓の端に寄ってきて、汁の湯気の上でゆっくりふくらんだ。
「金具みたいに、宿もあちこち古い」
ミラがぽつりと言った。
「直しながら、使う。ずっと、そうだ」
夕方、ミラが薪割りに戻った。物干し場の毛布を取り込みながら、玄関の灯りが昨日と同じ位置にあるのを確かめる。
夜、客室で日誌を閉じる。窓の外で、直したばかりの雨樋の先から夜露が一滴落ちた。
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