配達のあと、まかないの席
灯里のまかない日誌より
二十日目。
朝粥、いつもより一杯ぶん多めに。
椀がひとつ、増えた。
粥に使う米を、いつもより一杯ぶん多めに量っておいた。
雫村の市は今日だ。ミラは夜明け前に出かけて、日の傾くころに戻ってくる。市の帰りに、リコも配達のついでに寄るかもしれない。来ると決まっていない人のぶんまで、先に量っておいた。
量ったぶんに合わせて、あとで足す水のことも頭に入れておく。卵と、朝のうちに摘んだ香草はよけておいた。塩は控えめにするつもりだ。ポポは食堂の暖炉のそばで湯気を吸って、ふくらんだり小さくなったりしている。
昼のあいだは、客間の風を通したり、香草を干したりして過ごした。日が森の際にかたむく少し前、量っておいた米を鍋にかける。粥が炊けるころ、古道のほうに人の足音がした。
ミラが背中に荷を担いで戻ってきた。土間に下ろした荷は、思ったより大きい。
雫村の市で買ってきたらしい、米・塩・斧の刃の替え・布の束。ひとつずつ荷を解いて棚に並べていくと、空いていた段が埋まって、食堂が少しだけ賑やかになる。頼んでおいた香草を干す布も、ちゃんとあった。
「布、ありましたか」
「言われたやつだ。今日は、いいのが多かった」
「お疲れさまでした」
市の朝のことをミラは多くは話さない。それでも、この荷のなかには宿のこれからを支えるものが詰まっている。米の袋の重みも刃の替えの数も、ぜんぶ銅貨に換えて選んできたのだと思うと、その荷がいつもより大きく見えた。いつか、その市をこの目で見てみたい。
荷を解いている途中で、リコがこのあいだ寄ったときの話になった。ミラは指を止めずに、短く言うだけだった。
「あいつは、今日は遅いかもな」
その口調にリコを待つ気配がある。けれど、待っているとは言わない。
少し遅れて、古道のほうから鈴の音が近づいてきた。
配達のついでに、リコが立ち寄った。今日は雫村の市の帰りで、配達鞄に乾物の小袋がいくつか入っている。
「お邪魔します。市で、ミラさんがおいしいって言ってた干し豆を、ついでに買ってきました」
「いいやつか」
ミラは袋を受け取り、棚にしまった。素っ気ないけれど、しまったのはよく使う棚のいちばん手の届くところだった。
リコは、ミラがいつか言った好みをちゃんと覚えている。配達のついでにその一袋をわざわざ選んでくる。そういう気の回し方をする子だ。
「あ、灯里さん、今日もごちそうになっていいですか」
「もちろんです。今日は、最初から多めに炊いてあるので」
リコは少し驚いて、それからふっと笑った。
三人で椀を出して、まかないを食べた。
今日の献立は、さっき炊きあがったばかりの粥・炙ったパン・香草茶。粥に卵を落として仕上げると、香草の匂いがやわらかく立った。市で買ったばかりの米は、明日の粥から使う。
リコは相変わらず食べる。一杯目、二杯目と空にして、三杯目で少し減速する。ミラもめずらしく三人ぶんの卓につきあって、黙って二杯食べた。椀が三つ並んで湯気を立てている。この宿へ来た最初のころ、卓についていたのはミラと二人きりだった。それが、今は三つある。
食べながら、道標の話や雫村の市のにぎわいのことをよくしゃべった。ミラは相槌も打たないのに、リコは気にせず話し続ける。話の合間に、ポポが湯気を吸いにきては暖炉へ戻っていく。にぎやかというほどではない。それでも、その低い話し声が食堂の隅々まで届いていた。
「リコさんは、本当に……燃料が要るんですね」
「歩く仕事なので。あと、ここのまかないが、おいしいから」
ミラは黙って食べている。食べ終わったあと、リコの空いた椀を下げず、もう一度リコの前へ置き直した。
「次の市の日、また寄れ」
ミラの言い方は素っ気ないのに、リコは一瞬、返事に詰まった。それから、いつもより少し高い声で言う。
「はい、必ず」
膳が空くと、リコが卓の椀へ手を伸ばした。
「いいですよ。配達の途中でしょう」
そう止めかけたところで、ミラが先に言った。
「やりたいなら、やれ」
リコは迷わず椀を運んだ。
「私、これから古道沿いを二軒回ってきます。道標、ちゃんと見ます」
配達鞄を背負い直すと、リコは古道のほうへ小走りに出ていった。日のあるうちに二軒、と足が急いでいる。
道標、ちゃんと見ます。さっきの声には、失敗のあとの硬さが残っていなかった。
夜、客室で、まかない日誌を開いた。
二十日目の欄を書き終えて、ペンを置いた。
窓の外で、玄関の灯りが古道のほうを向いている。
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