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こもれび亭へようこそ 〜異世界宿屋のまかない日誌〜  作者: 山田鰻
第一部 こもれび亭再出発編

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玄関の灯りを見つけた配達屋

灯里のまかない日誌より

十一日目。

朝粥、香草を少し。

玄関の掃き掃除を、昨日より丁寧に。


物干し場で乾いた毛布を取り込んでいると、古道のほうから細い鈴の音が近づいてきた。


宿の鈴ではない。外から来る音だ。鈴の音と一緒に、足音もする。歩幅は子どもか、若い大人くらいで、少し速い。


ミラが薪割りの手を止めて、玄関のほうへ向かった。


「配達屋だ」


斧を脇に置く。ポポはまだ食堂の暖炉のそばで、丸くなったまま起きていない。鈴の音は宿の正面で止まった。


毛布を抱えて急いで玄関へ回ると、扉が押されて、見覚えのない少女が入ってきた。


狐色の耳・尻尾・歩きやすそうな旅装・首から下げた地図・腰の配達鞄・小さな鈴。一度に目に入って、思わず立ち止まってしまう。獣人を間近で見るのは初めてだった。耳は生えているというより、そこにあるのが当たり前という顔でついていて、驚いているこちらのほうが場違いに思えた。


少女のほうが先にこちらを見て笑った。


「こんにちは、ミラさん。あれっ、新しい人?」


ミラが薪の粉を払いながら短く返す。


「灯里だ。うちのまかない係になった」


「リコです。雫村の配達屋見習いをやってます。よろしくお願いします」


リコは丁寧に頭を下げた。


「白瀬灯里です。よろしくお願いします」


頭を下げ返しながら、リコ、と一度だけ名前を口のなかで繰り返した。


頭を上げたリコが玄関の上にある灯り台を見上げた。


「あの灯り、変えました?」


「……はい。少し」


「やっぱり。古道のほうから来るとき、最初に目に入ったのが、この灯りだったんです。ここに宿があるんだ、って、はじめてちゃんと気づきました」


ミラがこちらを見て、何も言わずに頷いた。


灯り台を見上げる。十日のあいだ少しずつ位置と明るさを直した灯り。誰かに見つけてもらえるか、はじめてはっきり知った。


ミラがリコを食堂へ通した。


「あっ。ポポ、いるんですね」


暖炉のそばで丸くなっていたポポが、むくっと顔だけ上げた。


「よい湯気だ」


そう短く言って、また丸くなる。リコはまるで気にせず、「ポポ、お久しぶり」と挨拶をした。


初めてではないらしい。


「月に何度か来る」


ミラが付け足した。雫村から、手紙や干した香草を運んで通っているという。


「ミラさん、これ、雫村から」


リコが配達鞄から小袋をひとつ取り出して渡した。中身は手紙と干した香草の束。ミラは受け取って、香草を軽く嗅いだあと淡々と言う。


「裏の畑のは、まだ足りる」


「ですよねえ。ミラさんとこ、香草は自前だから」


断られ慣れた様子で、香草の束だけを小袋へ戻して鞄へしまった。手紙はミラの手に残っている。それでも手紙のぶんの駄賃だけは受け取って、数枚の銅貨を鞄の内側の布へ大事そうにしまった。


リコのぶんも含めて、簡単なまかないを用意した。朝粥の残りを温め直して、炙ったパンと、香草茶。ありあわせで、客に出すようなものではない。少し迷って、それでも湯気の立つうちにと卓へ運んだ。


「ぜんぶ食べなくても、半分でいいですからね」


リコはおいしそうに食べる。匙を口へ運ぶ速さは、器を下げる暇もないくらいだった。ひと匙ごとに肩の力が抜けていって、半分どころか、全部食べきってしまう。椀の底に残った粥は、炙ったパンの端でていねいにぬぐって、それも口に入れた。それでもまだ、おかわりをほしそうな目をする。空になった椀を見ると、思っていたよりずっと嬉しかった。


「リコさんは、たくさん召し上がるんですね」


「歩く仕事なので、燃料が要るんです。それに、ここのまかない、すごくおいしいって、ミラさんから聞いてました」


おかわりをよそうと、リコは湯気に顔を近づけて、うれしそうに耳を動かした。二杯目も椀を抱えるようにして食べる。膝の上では、尻尾が匙の動きに合わせて、ゆっくり揺れていた。


「見習いは、覚えることが多くて。道も、預かりものの行き先も、ぜんぶ頭に入れて、はじめて一人前なんです」


匙を動かしながら、少し早口になる。背伸びした敬語のあいだから、まだ幼さの残る声がのぞいた。


「でも、歩くのは平気で。道は、身体で覚えちゃうほうなので」


ミラは何も言わずに茶を飲んでいる。


食べ終わると、リコは配達鞄を背負い直して立ち上がった。


「私、明後日くらいにまた通ります。よかったら、そのとき、いいところを見せたいんです。歩いて行ける場所で」


「いいところ……?」


「川辺です。朝に行くと、すごく気持ちいいんですよ。よかったら、明後日の朝、ご一緒に」


リコは玄関の灯りをもう一度見上げてから、古道のほうへ戻っていった。鈴の音が、暗くなりかけた道の先で小さくなっていく。


明後日の朝、外に出る理由ができた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても励みになっています。

リアクションやブックマークも本当にありがたいです。


もし続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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