第9話 勇者、気楽な漫画生活
勇者はすぐそこにいた。ゆったりくつろげる身体の形に合わせ自在に変化する椅子(のちに、ビーズクッションと呼んでいた)のようなモノに寝そべりながら本を読んでいた。だが、学術書などとは程遠い絵と文字が混在した本を読んでいた。この世界にはないモノだ。
「ちょっと。そこの勇者。よくもやってくれたわね」
「あれ? なんだまたお前か……どおりで足臭くなってきたと思ったよ」
「臭くないってば! あなた色んな方法で私を殺そうとしたわね!」
「殺す? 滅相もない! 一緒に冒険へ行こうと思ってお前を試しただけさ」
「嘘つけ! 色んな魔物が襲い掛かってきたわよ!」
「だから、言ってるだろ? 冒険へ行くなら足手まといはいらないってな?」
「言ってなかったでしょそんなこと! なら、その試練を乗り越えたってことね」
「いいや。お前にはまだ冒険の恐ろしさが分かっていない。とりあえずこれを読め」
渡されたのは、読んでいたであろう本だ。
題名は『眉毛ノ下ふさ子のすっごい冒険』と書かれてある。
「……なによこれ?」
「すごいだろ。これは『漫画』っていって、その中でも滅多に手に入らない代物だぜ?」
「いや、だからなんだってのよ」
「……お前はこれだから冒険をなにもわかってないただのメスオークなんだな」
「誰がメスオークよ! これ読んでなにが変わるってのよ」
「いいからそこで読んでみろよ。俺の言ってる意味がわかるさ」
「なんなのよこいつさっきから……わかったわよ! 読んでやるわよ!」
さっさと読んでこいつを城に連れていく。最初はそう思っていた。
気づけば、一時間経過していた。
「……次はどこにあるのよ?」
「ん? なんだって?」
「だから! これ続きがあるんでしょう! 早く出しなさいよ!」
『漫画』はめちゃくちゃ面白かった。学術書しか読んだことがなかった私には新感覚だった。絵と文字でハッキリと臨場感が伝わり、アクションシーンも頭で補完できるこの『漫画』というものはとんでもない発明だと素直に感心してしまった。
「あちゃ~。それは明日にならないとどこにあるかわからんなぁ」
「……だったら他の役に立つ漫画をよこしなさいよ! 面白すぎるのよこれ!」
「……ったく。お前ってやつは……」
気づいたら夜になっていた。私は食べることすら忘れ、漫画を読み漁っていた。
「そ……そんなもう夜になってる……」
「あちゃ~……これはまた明日だな」
「……ちなみに『眉毛ノ下ふさ子のすっごい冒険』は何巻で終わりを迎えるの?」
「二七三巻だな」
「どんだけ長いのよ! さすがに物語引っ張りすぎじゃない⁉」
突然、私は勇者に頬を引っ叩かれた。男が女性に手を上げた決定的瞬間だった。
「お前は、まだ冒険の恐ろしさが分かっていないようだな!」
「ちょっと! 普通に暴力でしょこれ!」
即座に防御魔法を張っていたので痛みは無かった。が、威力は凄まじかった。




