第23話 勇者、野球を教える
空気に飲まれてしまっていた。私、賢者アネスはこの勇者宅へ入り浸るようになって、はや数ヶ月。
すっかりこの環境に慣れてしまい、魔王討伐どころか王の間へ勇者を連れて行くことすら忘れていた。
「あーちゃんそこに宝箱あるだろ見逃すなよ」
「あらほんとだわ。よく分かったわね」
「ダンジョンに入ったら隅々まで見渡すのは冒険の鉄則だぞ」
「そうなのね。心がけるわ」
「あーちゃんもゲーム上手くなってきたわねえ!」
「でげす。そろそろ四人対戦のゲームとかしたいでやんすねぇ」
「お前ら手ベタベタだからコントローラー持って欲しくないんだよな」
「ひどいですわよ勇者さま……」
「そうでやんすよ〜。最近、勇者様からもらったこのロジンバッグ? とかいうの、めちゃくちゃ手が白くなるんでげすが、一体なんですかこれ?」
「それ乾燥剤なんだよ。俺の世界には『野球』というものがあってだな。本来は球を投げる時につける滑り止めみたいなもんだ。ベースの上に四つ這いするキャッチャーがいて、そいつに向けてピッチャーが球を思いっきり投げる。その球をキャッチャーが口で掴むんだ。そして棒状のバットで四つん這いの人の尻を思いっきりバットで打つバッターの三人で遊ぶ競技があるんだよ」
一同、信じられなかった。勇者の世界はとんでもないマゾの集まりなのだと。
恐る恐る、アネスは聞いた。
「そ、それで尻をバットで打ってどうなるの?」
「痛みで球を落とさなければキャッチャーに一点。落としたらバッターに一点。投げた球を掴めなかったらピッチャーに一点だな」
「どんな競技なのよ! キャッチャーの負担エグすぎるでしょ!」
「しょうがないんだ。これが俺の世界の遊びなんだ」
「と……とんでもない世界でやんすなぁ」
「じゃあ、あとでやってみるか。めっちゃ盛り上がるからな」
「本当に楽しいんでしょうね……口で掴むのだけは私やらないわよ」
「大丈夫だ。俺の世界ではグールがやることになってるから」
「お、おかしいでっしゃろお! あんさんの世界グールおりまへんやろ⁉︎」
「うん。だからそれぐらい社会から嫌われているやつがやるって感じかな」
「わてってそんなに嫌われてますん⁉︎」
「この国の国民アンケートでも『承認欲求』の次にお前が嫌われてる」
「そんな一時的な人間の感情よりも嫌われてますん⁉︎」
「……しょうがいわね。トモミチ」
「頑張って生きてください!」
「二人ともなにもないからええですなぁ!」
「じゃあビーチに野球しに行くか〜」
「やりますわよお〜!」
「絶対打ってみせるわ」
「あっ! これ羽衣着てけばええんちゃいますの!」
「悪いが、俺の世界でもなにかしらの羽衣は禁止だったんだ。生ケツで頼む」
「くっそおおおおおおおお!」
今日は、そんなしょうもない一日で終わるだろうと思っていた。だが、そんな私たちの前にある人物が大挙を成して向かってきていた……。




