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嫌われ魔女と祈らない聖女  作者: よこすか なみ
第4章 恋と策略
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2 デート

 太陽が高く昇っている頃。軽く変装をして、わたしとルカ様は市場を歩いていた。出店が並ぶ通りを突っ切る。いい匂いが鼻を掠めるが、買って食べようとはならなかった。

 ちらりと隣を歩くルカ様を盗み見ると、目が合った。

 ドキリ、と心臓が大きく跳ねる。


「すまん、何か食べたい店でも見つけたか?」

「いいえ。ルカ様の行きつけのカフェ、楽しみですわ」


 ふんわり笑いかけてくれるルカ様。わたしは咄嗟に目を逸らした。この心臓の音に気づかれたくなくて。


 ルカ様、普段通りだ……。

 やっぱり、あのキスは同情なんだ。そうじゃない、わたしに好意があるかもしれない、なんて少しの希望を信じたかったけれど。


 ……緊張しているのはわたしだけ。

 それがすべて。

 わたしは少しだけ寂しくなる気持ちに蓋をした。


「着いたぞ。ここのマスターとは幼い頃からの知り合いなんだ」

「そうなのですね」

 到着したのは、こじんまりとしたカフェだった。木を感じさせる茶色の二階建て。一階がカフェで二階がマスターの居住スペースなのだろう。


「お待ちしておりました」

 エプロンをした初老の男性が迎え入れてくれた。彼がマスターかしら。

 カフェの中は、カウンター席が三つとテーブル席が三つ。あまり人数は入れない。


「こちらに」

 てっきりテーブル席に座るのかと思いきや、二階に案内された。ルカ様は驚く様子もなく、当然のようにマスターの後をついていく。

 わたしは困惑しながらも二人の背中を追った。


 たどり着いた先は、日当たりのいい部屋だった。茶色い壁と床。ローテーブルとソファは黒でアクセントになっていた。

 観葉植物が至るところに置かれているためか、緑が調和し、なんだか落ち着ける空間だった。

 茶色と緑と黒。シックでオシャレだ。


「それでは、紅茶を持ってまいりますので」

 マスターは一礼して出ていった。一階のキッチンに向かったようで、足音がだんだん遠ざかっていく。


「俺の好きな場所なんだ。気に入ったか?」

「はい、とても素敵なカフェですわ」

 ルカ様に手で促されて、わたしは着席する。向かい側にルカ様も腰を下ろした。


 座って少し落ち着いたところで、ルカ様が切り出した。

「その、この前はすまなかった!」

「えっ」

 ガバッとルカ様が頭を下げる。突然のことに、わたしはびっくりしてしまったが、すぐになんのことか思い当たる。


 キスのこと……!?

 改めて謝罪するとは言っていたけれど、本当に謝罪されると心がズキズキする。

「顔を上げてください!」

 焦って立ち上がるが、ルカ様は頭を下げたままだ。


「お前とは契約結婚なのに、本当に悪いことをしてしまった。反省している。今後二度としない」

 契約結婚、悪いこと、反省、二度としない……。

 一つ一つの単語に、心が抉られていく。


 いけない、ルカ様は誠心誠意謝ってくださっているのに……!

 涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で堪えた。


 マリア様……。

 わたしの背中を押してくれた彼女が脳裏に浮かんだ。


 ルカ様の気持ちを確かめろって言ってたけど……。

 わたしには無理みたいだ……。


 マリア様とのやり取りを思い出す──


 デートに誘えと進言を受け、わたしは動揺した。

「わ、わたしなんかがルカ様をデートに誘うなんて……!」


「でも、契約結婚だって、周りには知られたくないんでしょ? あまりにも距離が遠いと不審に思う王宮の人だって出てくるかもしれないわよ?」

 確かに、ごもっともだ。


「デートしていい雰囲気になったら、どうしてキスしたんですか? って聞けばいいのよ!」

「そんな直球すぎます!」

「それくらい聞かないとダメよ! 相手の気持ちをはっきりさせるチャンスでしょ!」

 バシンと背中を叩かれる。儚そうな美人なのに、所作は乱暴だ。


「ていうか、エリちゃんの気持ちはどうなの? ルカ様にキスされて嫌じゃなかったの?」

「わたし、は……」

 キスを思い出して、頬がどんどん茹ってくる。真っ赤になるマリア様を可愛いと思ったが、自分も同じようなものだ。


 わたしは、嫌じゃなかった……。

 ルカ様に好意を持たれていたら、すごく嬉しい……。


 無言でいるわたしに、マリア様は微笑んだ。

「その顔が答えね。ルカ様と両思いになれるかもしれないわよ! 少しは勇気出しなさい!」

「だから、痛いですって」

 バシン! と再び強く背中を叩かれて、わたしはルカ様をデートに誘いに行ったのだ。


 だけど……。

 わたし、これ以上、傷つきたくない……。


 きゅ、と下唇を噛んで、なんとか平常通りを取り繕う。


「大丈夫ですわ、ルカ様。わたしは全然気にしておりませんから」

「気にしてないのか……?」

 ようやくルカ様が顔を上げてくれた。

 ……なぜか眉をしかめている。


 もしかして……!

 わたしはルカ様の表情から推測する。


 ルカ様はお優しいから自責の念で思い詰めてしまっているのかもしれない!

 ここは笑顔でいかなければ!


 とびっきりの笑みを顔面に貼り付けて、元気よく返事をする。


「全っ然! 気にしておりませんわ。ですからルカ様もそんな思い詰めないでくださいまし!」

「そうか……。“全っ然”気にしてないんだな……」

「はい! その通りです!」

「…………なるほど」


 ん?

 だんだんと声のトーンが下がっていっている?

 ルカ様は深いため息をついて、片手で顔を覆った。


 く、空気が重い……。

 場を明るくしようと思って努めたのに、なぜ……?


 ドス黒いオーラがルカ様から放たれているように見える。

 もしかして、不機嫌になられた……?

 ルカ様の謝罪を快く受け入れたはず。


 本当になぜ……?


「失礼いたします。紅茶をお持ちしました」

 救いのノックの音がした。ルカ様が「入れ」と言うと、マスターは手際よく紅茶をテーブルに並べ、すぐに去っていく。


「…………」

「…………」

 しばらく紅茶に舌鼓を打つ。美味しい。すっきりとしたハーブティーだ。


「……誘ってくれて嬉しかった」

 沈黙を破ったのはルカ様だった。

「この前の謝罪もそうだが、俺もお前に話があったから」


 話がある、と言われてわたしは姿勢を正した。

 わざわざこの部屋に案内されたのは、人に話を聞かれないようにするためだと察しはついていた。

 護衛の人も外に置いていって、王宮の人間の耳にも入れたくないのだろう。


「俺が命を狙われている、と言ったのは覚えているか?」

「舞踏会のとき、ですわね」


「そうだ。だが、実際暗殺されそうになったのは兄様だった」

 わざとクッキーにアレルギー食材を入れたコックはその場で自決してしまった。足取りを掴ませないために。

「……つまり、ルカ様とナヴァロ様をそれぞれ暗殺したい人間がいる……!?」

 ルカ様はうなずいた。


「貴族たちは今、派閥が分かれているんだ。ナヴァロ派とルカ派に」

「後継者争いですわよね。でも、その、ルカ様は……」


 言いにくそうにするわたしの次の言葉を、ルカ様が引き取った。

「俺は妾の子だから、王位継承できる可能性は低い。それでも、俺を王の座に推したい……というより、兄様に王位継承させたくない派閥がいるんだ」


「なぜですか?」


 ルカ様は一瞬間を置いてから、言った。

「……戦争だ」


 戦争!?

 わたしは思わず立ち上がった。

「そんな、そんなことが起こったら、国はめちゃくちゃになります!」

「分かっている、落ち着け」


 立ち上がった拍子に、足をローテーブルにぶつけてしまった。ティーカップがガチャンと音を立てて揺れ、紅茶が少しこぼれた。

 ルカ様に座るよう片手で制止され、わたしはゆっくりと座り直す。


「俺の父……エヴァレット王は隣国に戦争を仕掛け、領地を拡大しようとしている。だから貴族たちが戦争推進派と戦争反対派に分かれた。兄様は推進派で、俺が反対派だ」

 淡々と説明するルカ様の声を聞いていると、興奮がだんだん冷めてきた。


 戦争の衝撃が和らぎ、頭が徐々に回転し始める。

「……反対派の貴族たちはナヴァロ様を暗殺して、ルカ様を王に据えようとしているのですね」

「そういうことだ。逆に、推進派は邪魔な反対派の筆頭である俺を始末したい」


 ……それで、王子兄弟がそれぞれ命を狙われている訳か。


「おそらく、兄様の派閥の筆頭は母様だ。母様にとっては妾の子である俺より、実の息子である兄様を王にしたいだろうからな」

「ルカ様は、シャーリーン様に殺されそうになっているんですか!?」


 実の親、ミスティ様は断罪され王宮追放。

 代わって育ててくれるはずの母、シャーリーン様から殺意を向けられて。

 孤独どころの話ではない。


 生き残るだけで精一杯な状況下で、たくさん努力をしたんだろう。

 意識して見たら、ルカ様はガッチリとした体格をしている。服越しでもわかるくらいだ。

 向けられた殺意を跳ね返せるように、強くなった証が見えた。


「……父と母が嫌いだと言っただろう」

 困ったようにほんのり笑うルカ様。


 どうしようもなく、抱きしめたい衝動に駆られる。

 想像しかできないけれど、彼の幼少期がどれほど過酷なものだったか。

 わたしが力になれるなら、なんでもしてあげたい。


「……昔から、俺は家族内で身分が低かった。幼少期の兄様は、俺を使用人と同じ扱いをした。俺は逆らえなかった。……だから、俺は王宮の誰のことも家族だなんて思えない。俺の家族は、どこかに追放された母だけだ」

 ルカ様が拳を強く握る。


 幼い頃はきっとまだ戦争の話が出る前だから、差別は受けど、シャーリーン王妃に命を狙われるまではいかなかった。

 その状況が、まだマシと言っていいのかはわからない。


 ……辛い過去を思い出させてしまった。


「……でも、今はわたしがいます」

 そう声をかけると、ルカ様の拳から力抜けていった。

「……そうだな」

 紅茶を口にしてから、気を取り直すように話し始める。


「お前にこの話をしたのは、それでも母様を救うのかと問いたいからだ」

「…………」


 ルカ様の命を狙うシャーリーン様を救うことは、すなわち、ルカ様が死ぬ確率が上がるということだ。

 予知で刺されていたルカ様。シャーリーン様の陰謀なのかもしれない。


 それは、彼の味方として正しい行動なのか?


 ルカ様を救いたい気持ちに偽りはない。

 だからと言って、シャーリーン様を見殺しにできるわけもない。聖女を志す者として、自分の損得や感情で誰かを切り捨てられない。


 わたしの能力は、すべての人を救うために使いたいのだ。


「わたしは全員助けます。シャーリーン様も、ルカ様も」

「……まぁ、そう言うと思っていた」

 予想通りの回答だったらしい。ルカ様は半ば諦めたような呆れたような、言うことを聞かない子供を許すように笑った。


 ナヴァロ様暗殺未遂事件とルカ様暗殺の予知。その二つの因果が判明したところで、わたしたちは王宮へと帰った。


「聞いてもいいか?」

 帰路、馬車の中で向かい合わせに座っていたルカ様がわたしをじっと見ていた。

「はい、なんでしょう?」

「どうして、デートに誘おうと思ったんだ?」

 ルカ様には「話したいことがあったからちょうどいい」と言われたっけ。


「マリア様に助言されまして。そろそろちゃんと夫婦らしい振る舞いをしないと、周りから契約結婚を疑われてしまう、と」

「マリアに……?」

 ルカ様の眉がぴくりと動く。

「はい。ルカ様のご配慮で契約結婚は内密にしているのに、周囲に噂されてしまっては申し訳が立たないので」


「そうだったのか。キスも気にしてないって言っていたものな、お前は」

 ルカ様は窓枠に肘をついて外の景色を眺め始めた。

 体の向きがあからさまに変わってしまい、拒絶の姿勢を感じる。

 怒っていなさそうだけど、少し不機嫌になってしまわれた……?


 なんとも言えない空気のまま、馬車は王宮の出入り口となる門に到着した。

 二人の門番たちはソワソワとした様子で、門を開いてくれる。

 様子がおかしい……?


「何かあったんですの……?」

 王宮の敷地内に足を踏み入れると、全員が騒がしい。使用人は慌てふためいて走り回り、騎士たちは持ち場を離れている。


「おい、何の騒ぎだ!」

 馬車から降りて、ルカ様が近くにいた騎士を呼び止める。

「それが……!」


 騎士は混乱した様子のまま、状況を告げた。

「聖女マリア様が……脱走しました!」

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