プロローグ クッキーに潜む毒
「エリザベス! お前がクッキーに毒を仕込んだんだろう!」
王宮の大広間で、この国の第一王子であるナヴァロ様は、憎しみを込めた目でわたしを指さした。
「僕を暗殺するために!」
そのお顔、指先まで、赤い斑点がまだらに肌を覆っている。
来賓たちは壁際に身を寄せ、息を呑んで、ことの顛末を見守っていた。
わたしは舞踏会のために用意された、たくさんの料理をチラリと見る。
その中の一つであるクッキーを食べて、ナヴァロ様の体に異変が起こったらしい。
“らしい”というのは、ナヴァロ様に症状が出た時間、わたしは外の空気を吸っていて、この場にはいなかったからだ。
外から大広間に戻ってきたら、何のことかも分からないまま、いきなり犯人扱いされてしまった。
状況を整理すると、立食のために用意されたクッキーに毒が仕込まれていた。
そしてその犯人がわたし、エリザベスに違いない、というのが彼の主張だ。
「違います!」
わたしは必死に否定した。
「わたしもそのクッキーを食べましたが、なんとも……!」
ナヴァロ様が発疹を出して、大騒ぎになる少し前──確かにわたしはそのクッキーを口にしていた。
クッキーに毒を仕込むなら生地だろう。ならば、クッキーを食べた者、全員に毒が回ってしまっているはずだ。
「誤魔化すな! この忌まわしき魔女が!」
しかし、わたしの主張はナヴァロ様の怒鳴り声で呆気なくかき消されてしまう。
「……っ」
魔女──それは、わたしの不名誉なあだ名だった。
魔女なんて、おとぎ話の中にしかいるはずがない。
特定の人物に毒を盛るという突飛な暗殺計画。魔女などというあだ名が、あたかもわたしにそれが実行できるかのように印象付けていた。
証拠もない。ふざけた言いがかりに過ぎない。
ナヴァロ様が悪い噂を信じて、わたしを嫌っているだけだ。
でも──ナヴァロ様はこの国の第一王子だった。
「エリザベス! お前を、王子暗殺未遂を実行した魔女として処罰する!」
ただの伯爵令嬢であるわたしに、反論の余地などない。
舞踏会の警備を務めていた王宮直属の騎士たちが、わたしを取り囲む。
ナヴァロ様の綺麗な白肌は痛々しい発疹に侵されている。その光景は、わたしがナヴァロ様を触れて見た“不幸な未来”と同じ姿。
料理が運ばれるずっと前から、わたしは彼がそうなることを知っていた。
──予知していた。
「だから言ったのに……」
諦め切ったわたしの呟きは、誰の耳に届くこともなかった。
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