第14話 勇者会議
僕はまた暗闇の中にいる。
なぜ、こんな場所にいるのかを少し思い出すことにする。
たしか、魔法訓練の最中、魔物が現れた。魔物は兵士に追い付くと、巨球で身体を轢いた。一度轢いた後にあえてバックして、大きな口で兵士の頭を貪り食べたのだ。
僕は魔物に対して、強化魔法を使って強烈なかかと落としをお見舞いしてやった。爽快だった、アドレナリンがどばどば垂れ流れて、正義を遂行した達成感が僕の心を満たした。そして、その場に居合わせた訓練兵や正規兵から、僕は称賛されたのだ。あのときの歓声はこれからも正義を成し遂げるうえでのエネルギー源になるだろう。
そう、僕は世界の悪を滅ぼすための正義の執行者だ。
思考がまとまり、重かったまぶたを少しずつ開く。目をあけると見知らぬ天井だった。
僕はベッドから上半身だけを起き上げて、周囲を見回す。どうやら宿屋の一室らしい。窓からは柔らかい光が差し込み木々の葉が揺らめいている。どうやら二階に位置している部屋なのだろう、でも、ここは、いったい?どうして、僕はここに?
「……起きたか」
ションフォンが木造の床に膝を立てながら座り、同じく木製の壁に寄りかかりながら話しかけてきた。改めて、ちゃんと部屋の中を観察すると、タイキが床に藁を敷き詰めて、心地よさそうに寝ていた。気づかなかったけど、リタは僕が寝ているベッドの上で肘をつきながらお姉さん座りで寝息を立てている。
「ここは、宿屋だよね? どうして、ここに??」
「セイシロウ、お前が強化魔法をつかって、魔物を倒したのは覚えているか?」
「うん、もちろん」
「そのあと、エーテルを使い果たしたのか、意識がなくなってな。とりあえず俺の魔法を使って、近くに位置していたゴビ村の宿屋まで運んできたんだ」
「そうだったのか、ごめん、迷惑かけたね」
「いや、おれよりもこいつらに言った方がいい。タイキもお前が倒れた後、魔法を使って自分のエーテルを分け与えていたからな。リタも女子で別の部屋がよかっただろうに、目を覚ますまでは何かあったらいけないから、一緒の部屋にしようって提案していた、かなり心配していたぞ」
「そうなんだ。起きたら感謝の気持ちを伝えようと思う」
「ああ、それがいい」
僕たちの会話の音量が少し大きかっただろうか、二人とも目を覚ます。僕の顔をみて、死んだ人が生き返ったみたいにびっくりした表情でリタが話しかけてくる。
「セイシロウ、起きたの!? いつ?」
「いま、さっき起きたよ、リタ、ありがとう心配してくれて。タイキもエーテルを分けてくれたって聞いたよ、ありがとう。二人とも心配かけたね、ごめん!!」
「そうだよー、丸二日もずっと寝ていたんだから、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよっ!!」
え、僕、そんなに寝ていたの。確かにおなかが空いた気がする。タイキもリタに釣られて心配の言葉を口にする。
「本当だよ、マジで死んだと思ったぞ、魔物を倒したと思ったら急に倒れるんだからな」
「ごめん、なんか急に力が入らなくなっちゃって」
「今はもう大丈夫そうか??」
「うん、もう平気だ。強いて言えば、ちょっと、おなかが空いたくらいかな」
ションフォンが「受け取れ」と端的に伝えて、丸パンを僕に投げる。まるで、こうなる事態を見越していたようだ。食べ物を投げて渡すのは、少しばかり行儀が悪い気がしたけれど、僕の空腹を気遣って渡してくれたから、ありがたく頂くことにする。
ションフォンの目にもクマが浮かんでいて、他の二人と同様に僕のことを心配してくれていたのかもしれない。そんな彼に行儀が……というのはさすがに野暮だと思った。
僕は受け取った丸パンと、リタが宿屋の主人に言って、運んでくれた瓶の中に入った井戸水を一気に胃に入れる。ひび割れた砂地に水が染み渡ったそんな感覚だ。僕が食べ終わるのを待ってから、ションフォンは口を開いた。
「さて、セイシロウも起きたことだし、これからの俺らの身の振り方について話したい、ちょうどベルーガもいないしな」
「先生はどこに行ったの?」
「王都シーバルセンに帰還した。なんでも今回の魔物の侵入から討伐に至った経緯を事細かに報告する必要があるらしい」
「なるほど、ごめん質問を挟んでしまって。続けていいよ」
「ああ、そうだな。今回の事件で俺らは初めて魔物を目撃したわけだが率直な感情を知りたい。まずは、俺から話させてくれ」
一呼吸置いてから、ションフォンは話を続ける。
「一言でいうならば恐怖だな。実際に人の脳を食している奴らの姿を見て恐怖を感じてしまった。呆然としてただ見ることしか出来なかった、無力感に打ちひしがれた感じだ。あれから俺に勇者が務まるのかっていう思考のみが頭の中を巡っている……」
ションフォンの心の吐露にタイキも静かに話始める。
「オレも、かわんねーよ。いや、ションフォンはあの光景を目の前にして、立てていただけすげーよ。俺なんかただ吐いていただけだぜ。……俺の元いた国は大戦で負けてから、植民地同然でな、そのあとなんとか永世平和国として宣言をしたから一切の軍隊がなかったんだよ。人が死ぬというのは病気、事故、老衰が大体の死因で、人が殺されるっていうのは、あんな感じなんだな……。あのときから勇者に選ばれて、ゲーム感覚で訓練も続けていたけれど、オレの場違い感を痛感したよ。この世界でもオレは何者にもなれないんだろうなーって……」
タイキが話しているのは、日本のありえたかもしれない別の姿の話なんだろう。僕と同じような平和な環境で育ったタイキが言っていることも少しだけ分かる。もしかしたら、自分の使命感に支配されて、身体がいつもよりも軽快に駆動した僕の方が異常なのかもしれない。
「あーしも、タイキとションフォンと変わらないよ、震えてびくびくしていただけだしっ。あーしが思っていたのはただ、家に帰りたい、死にたくない、そんだけ……。セイシロウみたいに近距離で戦うのは無理かも、どうやって魔物が人を物に変えるのかをみちゃったし……。これからヤツラと闘うにしても、魔物と距離を開けて遠距離で支援する、それがあーしが出来る唯一のことかなーって思う」
「そうか、リタも俺よりもよっぽど強いな。まだ、闘える意志を持っている。なにより、リタの魔法は遠距離でも充分に武器になる、貴重な戦力として、勇者として、この王国も総出で守るだろう」
ん?ションフォンの言葉が少し引っかかる。自分はもう戦えそうにないということだろうか、それに、この国が守ってくれないケースも存在するということだろうか。
四人とも貴重な戦力だし、みすみす無駄死にするようなことを許容するとは思えない。質問をぶつけようとしたところ、ションフォンから「セイシロウ、お前はどうだ」と、声をかけられたので、一旦思考を中断して、回答する。
「僕は……、そうだね、警察官である父親にあこがれているんだ。元の世界でも少なからず犯罪もあるし、僕も事件に巻き込まれたこともある。そんなときに僕を必ず助けてくれるのが父親だった。だから、僕はそんな父親みたいに強くなりたいと思っているし、ションフォンも、リタも、タイキも、この国の皆も魔王の手から守りたいと思っている。あのとき、僕が魔物と闘うとき、感じたのは正義を行使する、ただそれだけかも」
「そうか……、たしかに正義を成しているとしているときが、一番興奮状態に陥るという研究があった気がする。だが、正義は……、いや、やっぱりやめておこう。本筋とは関係ない」
ションフォンは言い淀み、議論の筋道を矯正する。ちょっと気になるが、今は 次の言葉に集中しようと思う。
「ひとまず、皆の気持ちは分かった。恐怖感、劣等感、絶望感、正義感、ざまざまな感情があっただろう。そんな状態で一つ問いたい。魔物とこれからも戦っていけるか、だ。セイシロウ、お前は問題ないか?」
「うん、僕は戦える、いや戦いたい」
「……そうか、リタ、タイキはどうだ?」
「正直わかんないっ、さっきも言ったけど、遠距離支援でよいなら何とか出来るかなって感じ」
「オレは、はあ、やりたくねー、報酬に見合ってねーよ、自分の命は。けど、このままここにいたって元の世界に戻れねーし、あー、どうすりゃいいんだ」
「そうか、ありがとう、辛い質問をしてしまったな、わるい。……そうだな、先にそこから話してしまった方がよかったか。この残酷な世界からおさらばして元の世界に帰還する方法について、俺は大きく二つあると考えている」
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