俺が大好きな絶対に逢えない人に『いま、逢いに行きます』
冒頭暗いですが、ハッピーエンドで終わらせます!
「ひなたに会いたい」
俺の声は闇夜に消えていく。
婚約者であったひなたが生きていれば、今日結婚式を挙げる予定だったはずなのに。突然の交通事故が俺の命よりも大事な人の命を奪ったのだ。
何度も何度も考える。なぜ、ひなたなのか、どうして俺じゃないのか、こんな生き地獄をあと何年繰り返せばよいのか。ひなたがいなくても社会として正常に機能し続けるこの世界は、俺には異常に思えた。
ふと気づくと、仕事から帰宅に向かう足で、そのまま雑居ビルの屋上まで螺旋階段を駆け上がっていた。俺はフェンスを飛び越え、奈落におちる準備をする。あとは、一歩、ただ一歩踏みだすだけでよい。
思い返すのは初めてひなたと会ったときのことだ。
肌寒くて人肌恋しい季節となり、流行りのマッチングアプリで遊びの約束をこぎつけた。
当日、俺は初めてのアプリでの出会いで緊張していた。顔も確認をしていなかったこともあり、どきまぎしながら、集合場所に早めに来たのだ。でも、待てど暮らせど約束した女性は来なかった。どうやらすっぽかされたらしい。もしかしたら、俺の顔を見て、タイプじゃないと帰ったのかもしれない。
「馬鹿らしい」
俺は一言ぼそっと呟き、帰ろうとすると、俺が来た時からずっと同じように誰かを待っている女性が目に入った。いや、俺よりも前に彼女はいたはずだから、かれこれ一時間以上だろうか。縮こまりながら、身を震わしている彼女と自分の姿が重なった。
「あの、すみません」
気づいたら、声をかけていた。奥手の俺が声をかけるなんてめずらしい、と自分でも思う。
「はい?」
「俺、約束をすっぽかされちゃって、待ち人来ましたか?」
「あー。……私もです。少し気なっていた人と約束をこぎつけられたのですが、彼女さんとのデートが急遽入ったからって。呆然としてたら、こんな時間になっちゃいました」
彼女はうるんだ瞳で、無理に笑おうと今にも泣きだしそうに崩れてしまいそうな顔を我慢して、愛想笑いを浮かべていた。なんだろう、この人には泣き顔は似合わない、俺といるときだけでも、噓偽りのない笑みを浮かべてほしい、そう思った。
「もし、よければ、カフェとか温かいお店に入りませんか? こんなところいたら風邪ひいちゃいますし」
新手のナンパだと思われただろうか、彼女はびっくりしたような顔を浮かべてから、少し考えた後に、「はい」と恥ずかしそうに呟いた。
そこから、ひなたと恋仲になるのに大して時間はかからなかった。楽しいこともうれしいことも辛いことも、共有して愛を育んできた。ひなたが傍にいてくれれば、それだけでよかった。
ひなたを奪ったこの世界は俺にとってはもう必要なかった。思い出が消えることだけは怖かったけれど、死ぬことは怖くなかった。だって、天国でひなたに逢えるんだから。
俺は一歩踏み出した、空に向かって。重力がこの世界の常識として、俺の身体を暗闇へと突き落とし、俺の意識はぷつりと切れた。
*
「ん? ここは?」
どうやら丘の上で俺は寝ていたらしい。そよ風が俺の頭をなでていき、芝もさらさらと揺れている。そこに、足音が聞こえてきた。俺は起き上がり、音の正体を確かめる。
そこには、ヒナタがいた。純白のワンピースに麦わら帽子を風に飛ばされないように抑えている。満面の笑みで俺に話しかけてきた。
「あー、寝ていたなー! って、わ」
あれ、なんだろう、ヒナタの笑顔を見たら、涙が止まらない。ヒナタを失ってしまうような、そんな悪夢をずっと見ていた気がする。
「どうしたの、大丈夫?」
ヒナタは心配そうに、俺の身体を抱き寄せた。心臓の鼓動がちゃんと聞こえる。生きている、この世界は夢で見た世界とは全く違う、正常の世界だ。俺はヒナタのぬくもりを感じながら、ヒナタを失わないように強く抱きしめる。
「ど、どうしたの、ちょっと力強いよ?」
「……俺の傍にいてくれ」
俺はヒナタに伝える、ずっと伝えられなかった言葉をやっと伝えられた気がした。
「うん。私はあなたの傍にいるよ! だから大丈夫。これからもずっと一緒だよ。もし、あなたがいなくなってもその場所まで追いかけるし、あなたが記憶を失ったら私のことを思い出させるし、もし、仮にあなたが死んだとしたら、生まれ変わって、あなたのことを必ず見つけだすから。だから私はいつもあなたの傍にいて、あなたのことを愛し続けるよ!!」
俺の不安は溶けていき、ヒナタの優しさで包まれる。俺は今日この日のために生まれてきた気がする。
「今度は、今度こそ、必ず守るから」
「うん、おねがいね」
頬を赤らめながら、照れくさそうに笑うヒナタと見つめ合う。次第に距離が近づいてき、彼女の唇に俺は口づけをする。
「じゃあ、行こう? 皆、待っているよ?」
「ああ」
俺とヒナタは手をつなぎながら、丘を降りていく。この手を絶対に離さないと誓いながら。雲一つない太陽からの光が俺たちの行く道を照らす。それは長い間叶えることが出来なかった大好きな人とのバージンロードのようだった。
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