言葉
座標を戻す。
その前に、たどり着く場所があった。
足元に砂利のような赤い玉が敷き詰められていて、空にも同じモノが無数に
吊ってある世界。
通称、どこでもない場所。
「Q。Y、A、C? O、B?」
いつの間に現れたのか。
唐突に声をあげたのは銀髪の幼女だった。
腰まで届きそうな長い髪には若干のウェーブが掛かっている。ウエディング
ドレスのような豪勢な白い服を着て、両手には同色の手袋。そして右手に弓を、
左手には槍を持っていた。
以前に「手のソレはなにか?」と聞いた時、彼女は”ゲイル・ボウ”と答えて
いる。
神殺しの大槍弓だ、と。
「ク・ラ・チ。テ・セ・ケ?」
そして、この理解不能な言葉は『不通言語』。
神々は万能すぎて、会話をする前に意思の疎通を終わらせてしまう。それでは
面白くないと感じたのか、何なのか。
一音でたくさんの意味を持つ『言葉』を作り、意思が通じないことを楽しむ。
という人間には理解できない暇の潰し方をしていた。
これが『言葉の基礎』として、複数世界共通語となっている。
しかし、それも解読をあきらめた人間には通用しない。
銀髪幼女は「ふぅ」と息を吐き、間を取って肩をすくめた。
「つれないヤツだ。このアニケスが手加減までして話しかけたというのに。解読
してくれないとは」
アンニュイな彼女こそ『神は実在するが無力な世界』の管理人。
主神アニケスだった。
彼女は元部下の邪神に裏切られて、スイルエルケイプの管理能力を失った。
そのせいで、パチカを含む地上は荒れ果て、空は分厚い雲に覆われて、現在も
世界中が天変地異に襲われている。
その上、アニケスの手元に残っていた唯一の力、神殺しの大槍弓を恐れた邪神
が地上へ逃げてしまった。
結果、配下にモンスターを加えた邪神は、神の報復を恐れてダンジョンに引き
篭もっている。
パチカの街に流れるアナウンス。それが示す『神々の戦争』とは、宝力を巡る
争いのことだ。
戦争は継続中であり、モンスターは倒さなければならず、ダンジョン塔は攻略
しなければならない。
それが、スイルエルケイプの現状だった。
「で、神の力たる『宝力』は、このアニケスの元に戻りそうか?」
そんなに心配しなくても、おそらく戻る。
レインネストがダンジョンを攻略し続けるからだ。
さすがに邪神を倒すことは難しいだろうが……
「名も無き魂よ。いまはお前だけが頼りだ」
ただの観測者に、そこまでの期待を寄せられても。世界を見ることにより時間
を動かすことしかできないのだ。
女神様の圧力から逃げるように、座標を変える。
時間は元通りに。
場所はパチカ。
神秘錬金術師の男、レインネスト・ライフベッターの背後へ。




