巻き上げ隊のガバン
ガバンは人食い金属を受け取ると、部下二人を店内に招きいれた。
「目的のモノは手に入れたが、それはそれとして。贈答品が余っていることに
違いはないんだぜ?」
部下二人は無言で奥の部屋に押し入る。
脇に抱えた袋に山と置かれている贈答品を勝手に詰め込みはじめた。
「!?」
マルムの理解は、一瞬だが遅れた。
人食い金属を渡せば、取り引きは終了。女子からのプレゼントは守られたはず
なのに。
巻き上げ隊は容赦の欠片もなく袋から溢れるほど物を奪っていく。
彼女にとっては想定外の、許せない裏切り行為だった。
「待って」
四つの袋を手に店外へ出ようとした部下のうちの一人。細い目のキツネ男は、
立ちふさがるマルムを避けて歩いた。
しかし、最後には店の出入り口である玄関をマルムに塞がれて、キツネ男も、
さすがに立ち止まった。
「通れない。どいて欲しい」
「話を聞いて。答えて欲しいだけだから」
キツネ男は強引に、カラダを当てる勢いで押し通る。
「忙しい。失礼したい」
「無視とか――」
さらに言い募ろうとしたマルムの肩に、ガバンの手が置かれた。
「お嬢さん。仕事の邪魔をしてもらっちゃ困るんだ」
「そうそう」
垂れ目の大型犬みたいな男もすり抜け様にそう言って、店外へ。
マルムの心は、この時、完全にレインネストの味方だった。
目が据わり、拳に力が篭る。
彼女は長身のガバンを見上げて、冷たい視線を送った。
「隊長さん。怪我してない?」
「ッ!」
マルムの指がガバンの手首より少し内側をつついた。すると彼は熱したヤカン
へ触れたかのようにビクリと反応して、手を引っ込める。
「痛いところをずいぶんと的確に……。なにをしたんだ?」
マルムは答えず、戻ってきたキツネ男に近づくと、指先を彼のわき腹へ近づけ
ぐりり、と押した。
「ぬふあッ!?」
キツネ男はその場から飛びのくほど悶絶した。
さきほどの無視に対する返礼なのか。こちらには手加減がない。
「「――貴様……」」
部下二人の目が本気になった。
しかし、対するマルムは「ぷくっ」と頬を膨らませる仏頂面だ。
「いまここで怒るくらいなら、私が力を使う前に話を聞いてください」
「「…………」」
マルムのごもっともな言い分に、巻き上げ隊の三人もお互いの顔を見て嘆息
した。
「わかった。今日はこのくらいで勘弁してやる」
「え? あの、私はただ話を聞いて欲しいだけで……」
あまりにもアッサリと退かれてしまって、マルムのほうが引き止める展開に。
しかし、ガバンは苦い顔をして店外へ。
「俺はそういう面倒事に関わらんぜ。あとのことは任せた」
緊急避難だ
彼は荷物持ちの部下二人に挟まれながら『うへー』と舌を出して去っていって
しまう。
実に素早い解決であった。
しかし、結局はなにもわからないままだ。
どうして約束は守られなかったのか。
レインネストは、なぜ彼らを止めないのか。
「あ、その、ええと……」
沈黙が、痛い。
マルムの気は焦るばかりだった。
あとを任された微笑み男は「困り・弱り・笑う」複雑な表情になっている。
「ありがとうございます」
「い、いえ。当然のことです」
お決まりのやり取り。
レインネストはすこし考える素振りをみせて、店外を指差した。
「荷物を置いて、すこし歩きませんか?」
「はいッ!?」
マルムは顔を真っ赤にして、返事とも否定とも取れない声をあげた。
ふたりは砂色レンガ通りに繰り出して、その中でも商売っけの多いメインスト
リートを歩いていた。
特に会話らしい会話はなく、笑み男の視線は何かを探すようにさまよって。
逆にマルムは地面の一点を見詰めたまま。
その姿は壊れかけの自動人形と、そのマスターみたいだった。
レインネストの足が止まる。
「アレを見てもらえますか?」
彼が指差したのは一軒の果物屋だった。
オバサンがひとり、熟成したパイナップルみたいな服装で店番をしているのだ
が……
荷車の陰に隠れている男の子がふたり。
どちらも十歳に満たないだろう。一枚のボロ布を身に纏い、ヒザを抱えて死角に
潜っている。
狙いは明らかに白色バナナだった。
「わたし、叱ってきます」
マルムは「ふー!」と気合の息を吐いて歩き出した。
しかし、レインネストに腕を掴まれ、止められてしまう。
「すみません。もうすこし様子を見てもらえますか?」
「でも……」
荷車は六つも連結した大きいもので。そこには大量の果物が並んでいる。
頻繁に交換の声が掛かっているせいでオバサンは忙しく、彼女に任せていたら
いつかは盗られてしまうだろう。
そして、ついに子供の手が荷台へと伸びた。
白色バナナを手に取り、手元に引き寄せる少年達。
『やった!』という声が聞こえてきそうな笑顔は、しかし――
「アタシの店から盗ろうなんていい度胸だね!」
「「――ッ!?」」
目を向けることすらなく、かなりの大声で咎められて真っ青に。
慌てた少年達は白色バナナを胸に抱えながら逃げていく。
オバサンは店を放置して追うことはできない。
マルムは「どうするんですか?」と問うように、笑み男の顔を覗きこんだ。
「あの子達、逃げましたけど……」
「そうですね。あとを追いましょう」
笑み男はゆるりと子供達の背中を追いかけはじめた。
マルムも動く。
こんなことを許してしまったら、味をしめて、またやるに違いない。そう思う
のが当然だった。
少年達の逃げた方向は、運良くと言うべきか、マルムとレインネストが立って
いた街の中央寄りとは違って、通りの中でも城壁寄りだった。
マルム達が果物屋の軒先を通りかかる。
すると、そこにはオバサンの大声を聞いて駆けつけたのだろう例の三人小隊が
いて……
「貧乏地区の浮浪児か。またメイワクかけて申し訳ありませんね」
ガバンはオバサンに向かって頭を下げて、ケーキを渡している。
レインネストから巻き上げた品だ。
それを手にしたオバサンは「ふう」と溜め息をひとつ。
しかし微笑みながら小隊を歓待しているようだった。
「アイツ等なかなかの悪ガキだよ。昔のアンタといい勝負さ」
「はは。こりゃ手厳しい」
ガバンにも後ろ暗い過去があるようだ。
そして、彼女には頭があがらないらしい。
「本物の悪人はともかく、ガバン達のような偽物の悪は必要です。一見して他人
様のためにはならないことを実践してくれる人間は、人が正しくあるためには
必須ですから」
「そういうものなんだ……」
パチカにおいて、偽悪と善は支え合うモノだった。
悪漢のフリをして物品を巻き上げる小隊は、嫌われ役を買って出る偽悪善人。
住民を活かすためにも必要だ。
レインネストが彼らに怒らなかったのは、悪事を許される理由があったから。
それと同じ、ではないが……
今回の子供達による窃盗は本来なら許されない悪でも、追いかける必要がなく
なってしまうことはある。
白色バナナを盗んだ二人が果物屋のほうに向かって歩いていた。
そのことに、オバサンも三人小隊も気付く。
全員が厳しい顔で睨む中、それぞれボロ布を身に纏った少年達は、全身を震え
させながら、盗んだ果物を荷車に戻そうとしていた。
「やめとくれ。そんな手垢のついた商品は客に売れないよ」
「「――ごめんなさい……」」
大人達の反応は、褒めるでも叱るでもない。
突き放したような冷遇だった。
罪を犯した者に対する当然の態度だが、しかし……
「この子ら、うちで引き取らせてもらえませんかね?」
ガバンからの唐突な申し出に、全員が驚いた。
「「た、隊長?」」
「自首してきたとはいえ、盗人だよ? どうするんだい?」
「面倒を見るんす」
ガバンの目は普段は見せない真面目さをにじませていた。
「立派な『悪人』に育てますから」
「そういうことなら……。まあ、好きにしな」
まだ間に合うと踏んだのか。
心根は清いと見たのか。
ガバンは少年達の手をひねりあげて形式的には捕まえていたが、悪いようには
しないという雰囲気が漂っていた。
結果的に、事件の最初から最後まで見守ることになった二人、マルムとレイン
ネストの雰囲気は明るかった。
特にマルムは、頬がゆるんでいる。
「なんか意外だね」
「あとは彼らに任せて店に戻りましょう。家まで送ります」
レインネストも、今だけは本物の笑みを浮かべていた。
パチカの街が茜色に染まる。
トキノシラセが色を変えて、今が夕方であることを教えていた。




