魔力と魅力
店の扉が開いた。
マルムが反射的に目を向けると、そこには偉い人の姿が……
通称、巻き上げ隊。
常に三人一組で動き、特定の人物が優遇されることのないよう見張る人々だ。
人気者。世渡り上手。イケメン戦士。
物々交換には人の情が入り込むからこそ、裕福になった人がいる。
そういう人から、余剰品を巻き上げる――もとい、収集して再分配するのが彼ら
の役目だった。
マルムの目の前にも標的になりそうな人物が、ひとり。
微笑む魔人は、突然の来訪者に対しても笑顔を崩さなかった。
「ライフベッター! ガバンだ!」
真面目そうな顔の青年が、後ろに控えている二人を玄関先に置いたまま、店内
へ入ってきた。
短髪。日に焼けた肌。少年のような瞳。
濃紺の制服でなければ、体育会系のユニフォームが似合いそうな男はテーブル
席にマルムを見つけて、ニカッ! と爽やかに笑みを浮かべた。
「こんにちは。冒険者のお嬢さん。食事中に済まんね」
ガバンは断りを入れつつ、レインネストに挑戦的な笑顔をみせ、彼を見下ろす
ようにアゴを上げた。
首をかたむけては、ゴキリ、ゴキリと音を鳴らす。
「さあて、出してもらおうか」
十分に威嚇してから、手の平を差し出した彼の顔に先ほどまでの笑顔はない。
いまや、怒り狂う仁王像のようだった。
借金を取り立てにも見えるが……
「お前ひとりじゃとても処理しきれん。
女子から貰った、プレゼントの数々をなぁッ!!」
叫びにはパチカに住まう男子一同の嫉妬心が。握りこまれたコブシには、
抑えきれない義憤が宿っていた。
男性であれば、あるいはノリノリでガバンを応援したかもしれない。
玄関前で待っている隊員二人は鼻息も荒く、ガバンに同調している。
しかし、女子であるマルムは眉をひそめていた。
声をあげず、全力で気配を消しにかかっている。
このままでは女子からの贈り物が、特に生鮮食品の類は『今日中に消費しなけ
れば無駄になるから』という理由だけで、他者の手に渡ってしまうことを憂えた
のだ。
すべてのプレゼントは”彼に好かれたい”という気持ちの塊。
振り向いてもらえたら、という乙女のロマンだ。
男子の取るべき行動として、ガバンのそれは違うだろうという思いがマルムの
中で渦巻いていた。
いまの彼女は地に伏す虎だ。
いつでも噛み付けるように、事の成り行きを見守っている。
ガバンは、いまこの瞬間も好感度が下がっているとは知らず……。顔には邪悪
そのものと言える片頬だけの笑みを張り付かせていた。
「お前さんには毎日でも『女の子にモテモテ税』を払ってもらわんと。こっちの
気が収まらんぜ」
物納をもとめると共に、物理的にも踏み込んで迫るガバン。
「わかりました」
レインネストは静かにうなずいた。
彼は奥の部屋に引っ込み、贈り物の山を素通りして、冷蔵用の室へと入る。
そこから果物類を手にとった。
白いエプロンをバスケット代わりに、抱えるほど大量の果物を持ってきた彼は、
なぜか、それらをガラスの釜にくべていく。
渡り鳥の翼みたいに白い色のバナナ。まるでサンゴようなリンゴ。サメの歯状
に連なっているネックレスみたいなイチゴが、釜の底に溶ける。
「それは?」
「私の昼食用に、果物屋のイスラベルさんからいただいたものです」
ガバンの問いに、レインネストは普段通りの笑みで答えた。
「いまから”どんなものでも、ひとつだけ作り上げます”。それで良い事にして、
私への贈り物は奪わないことにしませんか?」
自信満々に。受けて立つ構えのレインネスト。
その言葉には「贈り物は私の物です」という強い意志が込められていた。
彼はガラスの釜に向き直る。
透明な釜の中は三層に分かれていた。
下から黒・オレンジ・白。
それぞれが『分解・変成・結合』の役割を持っていて、特に重要なのは神秘
錬金術の根幹でもある変成層だった。
ただの果物であったモノが、黒い泡に変わる。
それは湯気のように立ちのぼり、釜の外へ浮かびだした。
「――『変幻自在の黒箱』――」
それは”魔法の材料”である魔力を作る。
元々は『卑金属を貴金属に変える』という目的で起こった錬金術だが、現在は
進化を重ねて別物になっていた。
金ではなく目的のモノなら何でも作り出せるように、という強欲。
卑金属ではなく、もっと価値の低いものからでも上位置換を果たそう、という
限りない欲望。
その二つを突き詰めた結果として出来上がったものが『目的のモノを作り出す
ために、まずは材料を作る』という魔法だった。
ニンジンから、黒マナを経由して、良く切れる剣を。
ビールジョッキから、硬い盾を。
道端に落ちている砂粒ですら、量さえ集めれば伝説級の鎧にできる。
「さあ、ガバン。何を作って欲しいですか?」
レインネストの「何でも作れます」発言に、ガバンは「ごくり」と息を呑んで
ポケットから一枚のメモを取り出した。
最初から、この展開になることはわかっていたようだ。
「人食い金属。カニバドリウムを作ってくれ」
「なるほど。妖刀の材料ですか……」
あまり一般に出回っていないものだった。
ヒノワと対を成す国家、マガツワノクニに生息している宝石熊ベアドリムの
体内から、一頭につき、一個。大きいものでも拳サイズの原石が取れるのみで
ある。
特産品のような扱いであり、国家レベルの機密であり、貴重品であることは、
間違いない。
普通なら断るところだが……
「わかりました」
ガバンの要求はアッサリと通っていた。
「――『人食い金属の作成』――」
空中の黒マナがレインネストの言葉に反応して、彼の手元に集まる。
すると黒マナから少しずつ色が抜けて……
青紫へ。
手の平にゴツゴツした石の塊ができて、そこから長く横に伸びて箱型に。
最終的には、青紫色をした棒金属へ変化した。
「「…………」」
その出来上がりを見たガバンの顔に、呆れと諦めが漂う。
毒の抜けた表情で、純粋な少年のように青紫色の棒金属を眺めていた。
「こりゃすげえ。貴重な素材を即入手か」
「な、なあぁッ!? なんでッ!?」
その台詞にもっとも強く衝撃を受けたのは、マルムだった。
開いた口がふさがらない。
貴重品を果物から生み出せるという魔法に、ただただ驚いていた。
そして、マルムは気付いてしまった。
彼にとって、すべての贈り物は不要で、無用だ。何でも作り出せるのなら大切
に取っておく必要など微塵もない。
彼が贈り物をカニバドリウムの材料にしなかった理由は――
他人様の気持ちに対する、ただの気遣いだったのだ。
「どうしよう……。まずいかも」
調合のあとも笑って立っているだけの彼に、マルムは少しだけ熱のこもった視線
を向ける。
彼女の対レインネスト用好感度メーターが急上昇していた。




