チート系男子の攻略
蹄鉄の塔と色彩の街のメインストリートである砂色レンガ通り。
伸びる先は街の中心部に近く、白い屋根の連なる住宅街。
そこに、マルム・レイタンの姿があった。
「あの人、スゴイところに住んでるんだ……」
彼女は右手にメモを持って、そこに書かれている『レインネストに関する
情報』を見ながら歩いていた。
メモ以外にも、お礼の品と食材を入れた紙袋。
背中には掃除用具一式を詰め込んだリュックサック。
左手には洗濯用薬と水の入った筒を持っていた。
彼女の思い描く恩返しの方向性が、その手荷物に現れている。
フラフラして、止まってはメモを確かめて……
どうやら足はスッカリ良くなっているようで、青アザもない。
元気に歩き回った彼女は、やがて一軒の家の前で足を止めた。
白いタテモノが多い中で、目立たない程度に異質なベージュの外観。そこに
巻き付く植物のツル。屋根には三角帽子がいくつも並んで、中心に神秘錬金術の
店である証、ガラスの釜が看板として掲げられていた。
「ここ?」
彼女は呆然と呟く。
そして、しばし女子の行列を眺めていた。
人が減るまで待つこと、三時間。
この世界においては時計の代わりになっている虫「トキノシラセ」が街中に溢れ
白色に輝き、昼を告げる。と、女の子の行列も少なくなっていた。
昼食の時間だからか。
となると、時間が経てば、また戻ってくる可能性が高い。
「いまのうちに」
行列が完全に途切れた瞬間を狙うも空しく、マルムに先んじて店舗の扉が開いた。
中から白い服を着た男性が出てくる。
「(あの人だ……)」
人の良さそうな、しかし全身に帯びた血がなければ、殺人鬼という印象もない
普通の男性。
レインネストはマルムを見つけると、笑顔に。
人違いではない。
すこし駆け足でマルムの方から近寄っていった。
「君は、たしか成人の日にダンジョンで」
思い出す素振りもなかった。
どうやらお互いに、ちゃんと覚えていたようだ。
マルムも自己紹介を省いて、いきなり頭を下げる。
「先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「困っている人がいれば助ける。当然のことをしたまでです」
マルムは感謝の言葉を口にして、レインネストが応える。
なんとも儀礼的な対応だった。
パチカの街では、恩返しが生活の一部として定着している。
流通のほとんどすべてが物々交換で行れているからだが、決して文明レベルが
低いというわけではなく、錬金術が発達したことによって紙幣も硬貨も、信頼を
大きく損ねたことが理由である。
偽造し放題で、対応策もないお金を使いたがる人間はいない、と。まあ、そう
いうことだった。
いまのところ代替となる通貨が存在しておらず、仕事をした分は物納優先。
パチカは人情で成り立つ街だった。
「立ち話も何ですから、店の中に入りませんか?」
レインネストに誘われるまま、マルムは店内へ。
荷物を揺らして、金属的な音を鳴らしつつ歩くマルム。それを見たレインネス
トは微笑みを深くして、
「こちらへどうぞ」
喫茶店の従業員がそうするように、ひとつしかないテーブルへと案内した。
彼女は荷物を床に置いて、店内を見回す。
部屋の一角には、数人なら余裕で中に納まりそうなほど大きくて透明なガラス
の釜、錬金術の道具があった。
床には磨き上げられた石材が敷き詰められていて、隙間にはゴムが詰められて
いた。水に強そうな作りはお風呂場の床を連想させる。
内装にはこだわりがあるようで、ベージュの壁紙。玄関の扉にはベル。調理場
は見えそうで見ないカウンターで遮られていた。
彼の店はこの世界における一般的な店と比べて、かなり上等なものだ。
天井のシャンデリアと、窓のステンドグラスが、それを証明している。
「これからダンジョンに潜るんですか?」
レインネストは料理をしながら、するりと日常会話を始めた。
「いえ」
「それにしては大荷物ですね」
マルムが答える前に、テーブルの上にボウルが置かれた。
簡単に食べられる量のサラダには、白色の瓜の細切り、赤いメッシュが入って
いる葉物の野菜と、きのこのような束アスパラが、ひとつの皿に収まっている。
チーズ系のにおいがする角切りブロックと、ドレッシングはシーザー系が投下
されていた。
「食べてみてください。味の感想をいただけますか?」
「あ、はい……」
困りながらも、スプーンを手渡されたマルムはサラダをつつき始める。
そういうつもりで来たわけではない、とも言い出せないのだろう。
このタイミングで「実は手料理を振る舞いに来ました」と言えるほど、料理の
腕に自信があるわけでもないようだ。
しかも、食事を提供していることもあってか、店内は綺麗で、清掃の必要がない
ことも明らか。
あとは洗濯、洗い物、ゴミ出し……
マルムは何か自分にできることはないか、と探すも、見つからない。
あまりにも、彼が家事全般すべて高スペックだからだ。
「(こ、こんなはずじゃ……)」
スープ。前菜。メインと、メニューが進んでいくほどに、手の込んだ料理へと
変貌を遂げていく不思議。
マルムは、しばし豪勢な料理空間へと放り込まれた。




