96.好みの色
『遺産』についての話はその夜、ジークの部屋にアマカ以外を集めて説明した。メディは多少驚きながらも調査を進めようということだった。ライガは今まで『遺産』の話をされていなかったため最初は興味深げに聞いていたが、すぐに自分の目的とは関係がないことがわかり、手伝いはする、とだけ言って去って行った。『遺産』の言葉に一番顕著な反応を示したのはファルテアだった。彼女は『遺産』の被害者であり加害者である。その気持ちが複雑なものになるのは無理もない。少しの恐怖と不安があるようだった。そんなファルテアを見かねて、ジークが彼女を優しく膝に乗せて頭を撫でる。
「あまり怖がらないで良いんですよ、あなたはもう一人じゃないんですから。僕達に頼れば、大抵のことはなんとかします」
ファルテアは他人に頼るのが苦手、否、ついこの間までそれをしてこなかった少女だ。困ったこと、怖いことがあっても訴えるということが出来ない。そういった他人の弱い心に敏感なジークが側にいるのは幸運なのだろう。その幸運が今までの不幸と釣り合いが取れているのかは疑問が残るところではあるが。
ジークに言葉をかけられて安心したのか、ファルテアは彼の体に体重を預けた。信頼出来る人物の温もりは心地よいものだ。
「相変わらず仲が良いなお前達」
メディの言下には、私とももう少しスキンシップをしろという感情が込められているのだが、どうにもジークは異性間のそういった感情に疎い。ジークはメディの言葉を聞いてもにこやかに笑うだけである。そんな彼に業を煮やして、メディはジークの背後から覆い被さった。
「うわ!?何するんですか!」
ジークの体はびくともしていないが、それでも衝撃が来たのは間違いない。更に二人分の体温のせいでじわりと汗が滲んでくる。
「メディさん、重くはないんですけど、暑いです」
「うるさい、ちょっとぐらい我慢しろ」
二人の少女の体重を支えたまま、夜は更けていくのだった。
***
翌日、当初の予定通りカジノに行くことになった……のだが。
「メディさん、本当にコレ、着ていかなきゃいけないんですか?」
黒いタキシードを着て、居心地悪そうにジークがぼやく。カジノにはドレスコードこそ無いが、しかし相応の格好をしておかなければならないだろうというメディの意向である。
「ん、嫌がることはないだろう、よく似合っているぞ、サイズも丁度のはずだが?」
「なんだか落ち着かないですよ……」
実際ジークの銀髪とタキシードの黒の色合いはマッチしているのだが、如何せんジークは堅苦しい格好になれていないため、少し動きがギクシャクしてしまっている。対してメディはこれまた黒くスマートなドレスを着ているのだが、こちらは熟れた様子で、違和感無く着こなしている。こういったふとした時の上品さが、彼女は貴族の娘だったのだなということを感じさせる。
「メディさんもそのドレス、凄く綺麗だと思います」
「ジークはこういうのが好みなのか?」
「えっ!?いやその、単純に美醜の話をしていたので、好みかどうかと聞かれると……」
あまり服装の善し悪しに詳しくないジークは返答に困ってしまった。そんな彼を見て、メディはクスリと微笑した。
「そうか、なら好きな色を教えてくれないか、その色の小物でも身につけてみよう」
「えっと、それじゃあ、空色、ですかね」
「わかった、期待していろ」
それだけ聞いて満足したのか、メディはジークの居室から出て外へ歩いていった。長い赤毛が黒いドレスの上を踊る。
ジークがメディに言えなかったことが一つある。メディのドレスは夜空を思わせる黒だった。その黒色は、彼の宿敵である、ドラルゼオンを連想せずにはいられない、と。無論、本人にそんなつもりはないのだろうが。些細な秘め事を胸に隠しながら、ジークも部屋から出た。




